100%中学生  ◆j1I31zelYA



――ちょっと寂しくっても、ちょっとカチンってきても
――ちょっとスベっちゃっても、ドンマイドンマイドンマイドンマイ!



☆   ☆   ☆


学校でも見かけるような、折り畳み式の白い長テーブル。
それを二つくっつける形で、植木耕助と菊地善人は向かい合わせに座っている。
そして杉浦綾乃の席は、菊地の左隣に。
三人が、図書館の別室で情報交換の続きをしていた。
机と椅子、そしてキャスター付きのホワイトボード以外に何も無いコンファレンスルームは、ひどく殺風景でもあり、平和でもある。
ひとたび室外に踏み出せば、壁も半壊され本棚もぐちゃぐちゃになった図書閲覧室があるなど予想もできないだろう。
仲間がひとり欠けた。殺された。
それでも彼ら彼女らは、それまでと同じように机を囲んでいた。
それは『何も変わらない』という意味では冷たいし、『日常』があるという意味では優しい。
会話をして、休息をして、そして食べるための時間だった。

「つまり日野さんとやらの関わってた殺し合いにも『神様』が出て来たってことか」
「ああ。でも日向も、今回その『神様』が関係してるかまでは分かんねぇって言ってた」

主な話題は、植木耕助と碇シンジのこれまでについて、『補修授業』の一件で中断されていた続きだった。
失った仲間について語らせる過酷な行為でもあったが、しかし少しでも多くの情報を集めるために、ひいては皆が生き延びるために共有しておかければいけない。
植木もそれが分かっているから、学校に行きたい気持ちのはやりを堪えて真剣に話し合う。
菊地や綾乃も、碇シンジが綾波レイのことを気にかけていた以上、情報交換が終わったら合流に向かおうという案に依存はない。

「『神様』については、聞いた話だけじゃ判断しようがないな。
その『天野雪輝』と『我妻由乃』はまだ生きてるようだし、今はまだ保留にしとこう」
「二人をぶん殴ってバカな考えを止めさせてから、詳しく聞くってことだな」
「そうしたいところだな。まったく、事情を知ってそうなヤツが乗ってる可能性大ってのは困った話だぜ」

言葉を交わす合い間を利用して、少年たちはぱくりぱくりと支給食料をほおばっている。
菊地善人は、給食に出るようなコッペパンに直接かぶりつく。
植木耕輔は、一口サイズの乾パンをひとつずつ口に放り込む。
食欲旺盛な中学生にとっては粗食だったけれど、戦闘がもたらした心身の疲労を少しでも補おうとするようにもりもりと摂取する。
綾乃はファミレスで間食していたこともあってさほど空腹ではなかったけれど、食欲旺盛にしている少年たちを感心したように見ていた。
こんなことなら、もっと料理を覚えておくのだったかもしれないと思う。
事務室には冷蔵庫があったから、食材でもあれば調理できたかもしれないのに。
そこまで発想したところで、気づく。
突撃銃の他にもランダム支給品として、ちょっとした食べ物がディパックに入っていたことを。
あれを食べるとしたら、今のうちしかないだろう。
膝を打ち、明るい声で言った。

「そうだ、スイカがあったんだったわ。ちょっと切ってきますね」




乾燥したパンの後にスイカというのもおかしな食べ合わせだったけれど、植木たちは十分にうれしそうな(そしてクーラーボックスごと支給されていたことに驚いたような)反応を見せた。
最初にスイカを見つけたときは困惑したけれど、あんな反応をされると心なしかいそいそとする。

「ん、しょ……っと」

バレーボールほどのそれを給湯室に運び込み、まな板の上にのせる。
料理はお母さんの手伝い程度にしか経験していないけれど、スイカを切り分けるくらいはできるはず。
包丁をあてがい、刃を差し込んで真下に押しこむよう思いっきり力をこめる。
『すだん!』と豪快な音を立てて、スイカを両断した包丁がまな板に激突した。

「で、できたっ……」

反動でしりもちをつきかけながらも、ぱっくりと二つに割れたスイカをほっとして落ちないよう支える。
スイカの赤い断面が、切り口を晒していた。

「あ……」

とても濃く赤かった。
黒い種が飛び散った、赤くて紅いスイカの果肉。
切断された衝撃で、まな板の各所に赤い果汁を飛び散らせている。

赤い色。
あんなものを見せられた後では、連想するのは、人間の血でしかなくて――



違う。



しかしその連想は、すぐに塗り換えられた。

本物の血とは、ほど遠い。
碇シンジから流された血は、もっと赤黒くて、粘性があった。
こんな水彩絵の具みたいな色じゃなくて、もっとどろりとしていた。
そういえば内臓から吐き出された血は黒っぽい色をしているのだとか、家庭の医学に関する番組で見た覚えがある。
そして色々と気の付く菊地も、その違いは一目瞭然だったからこそスイカを食べることに賛成したのだろう。

「もう、びっくりさせないでよっ」

ひやりとしたことの責任をスイカに押し付けて、ほっと胸をなでおろす。
その『胸をなでおろす』という行為をする自分が、不思議だった。
そうか、私はもう血が流れるとか死ぬとかに立ち会ってしまったんだと、改めて自覚する。

知り合いが殺されるところを、見た。
だけでなく、その遺体を埋葬するところにさえ立ち会ったのだ。
さっきまで生きていた人間を地面の中に埋めてしまうなんて、そんな経験など日本に住んでいれば中学生どころか大人にだってほとんどありえない。
内臓をひどく損傷させたまま地面に埋もれていく碇シンジを見て、もっとどうにかしてあげられなかったのかと思った。
殺し合いの真っ最中でなければ、遺体をきれいにしてくれる大人だっていただろうに。
盛り土が完成したときは、こんなにあっさりしたものなのかと思った。
死んだ人を埋めるというのは、うまく表現できないけれど、もっと気が狂いそうになるような作業じゃないかという想像があったから。
もっとも、そのすぐ後には号泣することになったのだけれど。

友達が死んだときに泣かないでどうするんだ、と菊地は言った。

半分になったスイカを、まる一個は食べられないかとひとつ脇にどけ、ひとつをまな板の中央に戻した。
包丁をあてがって、悲しかったことを綾乃は反芻する。

友達が死んだ。
友達、でいいのだろうか。
どうしても、綾乃は首をかしげてしまう。
過ごした時間は、短かった。
しかし植木にも菊地にも、泣く理由はあった。

たとえば、植木が泣かないのは嘘だと思う。
植木は人の善意を強く信じているし、誰とでも仲良くなろうとする。
綾乃のことも、大切な仲間として認めてくれている。
出会ったばかりなのに、バロウという襲撃者から守ろうとしてくれた。
同行することになったから。碇シンジとの口論をとりなしてくれたから。
たったそれだけのことでも、菊地と綾乃をも『仲間』として守るには充分な理由となるようだった。
そんな情のあつい植木が、最も長くともに過ごし、果てには互いの信念をぶつけ合った友達の死に涙を流さないはずがない。

菊地にとっても、植木との交流はあった。
中学生としては抜きんでて聡明な菊地にとって、教師はともかく同年代の男子に、それも技能ではなく精神に、『敵わない』と思わされたことなどあまりなかったのだろう。
碇シンジは『植木を置いて逃げる』という合理的な判断に一石を投じ、どこかお気楽だった菊地の根っこを叩き直していった。
きっとその印象は強烈だった。
植木や菊地と碇の間には、時間では測れない絆が育つに足るものがあった。

半分になったスイカをさらに半分に切り分ける。
四分の一になったスイカを真横に90度回して、右から左へと包丁をいれていった。
種を取りやすく切る方法もあるらしいけれど、料理に詳しくない綾乃はそこまでは知らない。

そんな2人に比べて、綾乃とシンジの関係はあまりにも薄い。
たった数十分ばかり、情報交換をしただけの関係である。
もし綾波レイに会って、あなたと碇くんはどんな友達だったのかと聞かれたりしたら、答えられないだろう。
よくも悪くも馴れ馴れしい歳納京子と違って、一度や二度の会話を交わした段階で友情を抱けるほど綾乃の『友達』の基準は軽くない。
と言うかたいていの中学生の基準はそうだろう。
穏便に出会った。自己紹介をした。
綾波レイについて(主に菊地が)説明した。これまでの経緯を少し聞いた。
シンジと綾乃の交流は、ほぼこれだけに終始してしまう。
彼と植木との間にうまれた剣呑さを見てつい口をはさんだりもしたけれど、そのきっかけも注目も、植木の歪みに向いていた。
もちろん、殺し合いに巻き込まれた同士の連帯感とか、アスカ・ラングレーが殺し合いに乗ったことを心配する気持ちはあったけれど。
例えば、シンジと植木が本当にこじれそうになった時も、植木に対して複雑な感情を抱くだけで、仲裁はすっかり菊地を頼みにしていた。
例えば、菊地とシンジの間で植木を助けに戻るかどうか議論になった時も、黙ってことのなりゆきを見ていただけだった。
例えばシンジたちが心配で戻った時も銃は構えていたけれど、それを撃って救援ができたかは怪しく、場に流されていただけだった。
これだけ傍観者に徹していたような薄さで『共にいた時間は短かったけれど、固い友情がありました』などと言えば、シンジの元からの友達に怒りを買ってもおかしくない。

でも、綾乃は悲しいと思った。
その気持ちに嘘はない。
それは、植木から最後に交わしたシンジとのやり取りについて聞いたから。
シンジが植木に教えたことについて、知ったからだった。
何も、植木とシンジの友情にもらい泣きをしたわけじゃない。
ただ、そんなことを人に教えられる碇シンジという少年が、永久に失われたことが悲しかった。
そんな少年に対して綾乃は傍観者の立場しか果たせず、そしてもっと彼のことを知ろうとしても、死んでしまってはそれがかなわないことが悲しかった。
もうその距離を埋めようとしても埋められない、そんなありえた『これから』が失われたことが悲しかった。
シンジにとってはただの知り合いでしかなかっただろう自分がこうなのだから、元からのシンジの友達とか、家族とか、綾波レイという少女はもっと辛い想いをするのだろう。



だから、だれかが死ぬことは悲しい。
だから、人を殺さないですむ方法がほしい。

大きな深皿を探し出し、ひんやりと冷たそうな果肉をみせるスイカをすとんと並べる。
きれいに並べられてこれから胃袋の中に入るスイカは、さっきとは真逆に、生きているという実感を与えた。




『だーかーらっ!! 未来日記とゲームのルールに関する質問以外は受け付けんと、何度も言っておるじゃろうがっ!』
「いや、こいつは未来日記に関する質問だぜ? だってそうだろ?
具体的にどうすれば首輪が爆発するか知ってなきゃ、前触れも無しに『DEAD END』が出たりして日記の信頼性を損なうかもしれないんだから――」

『こ、じ、つ、け、る、なっ!』

激しい苛立ちのこもった電話越しの少女の声が、拡声ボタンでも押したかのように閲覧室に響いた。

『契約するつもりのない冷やかし電話はお断りじゃっっ!! お主はしばらく電話をかけてくるなぁっ!』
「おいおい誰も契約しないとは言ってな――」

――ブツン。

質問責めにあって我慢の限界に達したムルムルが、とうとう通話を切る。
ためしに再び電話をかけてみたが、ワン切りで済まされる。
別の携帯電話からかけてみても、菊地が「もしもし」と一声しゃべるだけで、通話主は警戒したようにブチっと切ってきた。
どうやら『しばらくかけてくるな』という罰則はただの脅しではなかったらしい。この『しばらく』がいつまでを指すかは不明瞭だが。

「ちっ、我慢の短いヤツだなぁ。こちとら勝手に殺し合いに呼ばれてるんだから、クレームつけられるぐらい予想しとけってんだ」

愚痴をこぼして携帯電話をテーブルに置くと、向かいの席には目を点にした植木耕助がいる。

「すごいな菊地。しつこいクレーマーのおばちゃんみたいだった」
「……褒め言葉だと受け取るよ」
「それで、色々聞いてたけど、なんか分かったのか?」
「ゲームの裏側に関することは口が固かったよ。でも、この『日記』に関することは色々と分かったぜ」

ちら、と目を落としたテーブルにあるのは、碇シンジの残した探偵日記(が登録された携帯電話)と植木の契約した友情日記、そして菊地自身の携帯電話だった。

「おお! たとえばどんなだ?」
「そうだな、まず、俺の携帯にも『友情日記』を同時契約できるか聞いてみたんだが……これはアウトだった。
ゲーム中に動かしていい未来日記は、一種類につき一台のみ。特殊な例外をのぞいて、複数の携帯電話で同じ日記を動かすことはできないんだとさ」
「そういやシンジが、契約できる日記は一つの携帯に一種類までだって言ってたな。その逆もそうってことなのか」
「ああ。『特殊な例外』ってのは今のところ不明だが、もしかしたら予知するために二台以上の携帯が必要な日記があるのかもしれないな」
「あれ? でも待てよ。そうなると『友情日記』の番号を知ってるヤツが、俺の知らないところで電話して契約したらどうなるんだ。
契約は上書きされるんだから、携帯がいつの間にか契約切れてるってこともあるのか?」
「それについても聞いてみた。上書きの契約が可能な条件は、ふたつあるんだそうだ。
ひとつは前の所有者が亡くなってしまった場合。
もう一つは『その時点で契約している携帯電話』から電話をかけて契約した場合」
「……ってことは。所有者から携帯を奪い取って、契約するのはアリ。
でも、番号を知ってるだけじゃ、すでに所有者がいると契約できないってことか。
あ、そういえば! 俺とシンジが友情日記を交代で契約してた時も、携帯を交換してから電話してたな。だから上書きで契約できたのか」
「そういうことだな。なかなか頭の回転が早いじゃないか。
実際問題、そういう制限をつけたのは懸命だと思うぜ?
電話番号を教えるだけで契約できたり、同じ日記を複数の携帯で動かせるなら所有者が増やし放題だからな。
みんながバンバン日記を増やしてるようじゃ、ゲームを管理運営してる側だって把握が面倒になるだろうさ」
「じゃあ、これから日記で知り合いを探すときも、携帯を交換してから予知し合ったほうがいいんだな」
「そういうことだな。俺はしばらく電話禁止みたいだから、お前と杉浦に交代で使ってもらおう。あと、その予知できる知り合いについても詳しく聞いたよ」
「?」
「この『友情日記』の『友情』の定義についてだが。
まず、『お互いに協力できると信頼し合ってる関係』ぐらいになれば、予知ができるってことだ。
つまり、厳密な意味での『友情』じゃなくてもいいってことだな。
ただし、それでもある程度の深い関係は必要らしい。ちょっと会話をした程度じゃアウトなんだと。
ある程度は関係を深めた参加者でないと予知できないそうだ。
こんなことなら、綾波さんたちとはもっとじっくり時間を取って付き合っておくんだったよ」
「気にすんなって。合流場所が決まってるってだけでも安心してるんだからさ」
「ありがとよ、植木……それで、もうひとつの前提だが。
『友情』については『双方向』じゃなきゃいけない。そうでなきゃ『信頼関係』とは呼べないから当然だな。
一方が、『アイツなら大丈夫だ』と思ってるだけの片思いじゃ足りないってことだ。
ムルムルは『参戦時期による』のがどーたらとぼやいてたけど、この言葉の意味はよく分からない。
ただ、この条件だと、俺の知り合いでは『渋谷翔』はアウト。『相沢雅』と『常盤愛』は微妙になっちまうな。
相沢は付き合い長いけど、最近は向こうから距離を取ってるところがあるし。
常盤とは和解したけど、『仲良くなった』かって言うと……あんなことやらされちまったしなぁ」
「どうした菊地、顔が赤いぞ?」
「なんでもない。とにかく常盤との関係は、ちょっと特殊なんだ」
「ふーん? でもその条件だと、俺のチームの仲間は、まず大丈夫だな」
「元からのチームメイトって意味じゃ植木たちは盤石だろうな。
そうだ、ここまでは『友情』の定義の最低ラインについてだけど、上限についても確認しておいた」
「上限?」
「関係がさらに発展しちまった場合、たとえば男女で恋愛関係に突入した場合だな。
これも普通は『友情』と言いにくいだろうけど、こっちも問題なく予知されるそうだ」
「恋愛感情になったらって。菊地、もしかしてお前、綾乃のことが……」
「い、一般論としてだっつーの。『吊り橋効果』って言葉もあるぐらいだし、こんな状況じゃそういう関係の連中が生まれてもおかしくないだろ?
……って、そう言えば杉浦のやつ、遅いな」




スイカだけじゃ物足りないかと、飲み物を探そうとしたのがよくなかった。
冷蔵庫を開けたところで、見つけてしまったのだ。
それが、綾乃を猛烈に悩ませていた。

「うぅ~…………」

杉浦綾乃は、プリンが好物だった。
人からはツンデレと言われる綾乃でも、プリンに対する好意だけは隠そうとしないぐらい好きだった。
しかもフルーツプリンだった。
ちょっと高そうなケーキ屋さんの、おしゃれなデザインのカップに入っていた。
普段食べているプリンの、倍の値段はする高級プリンだった。

一個しかなかった。
これがもし三個あれば『せっかく見つけたからついでに持ってきました。ついでですから』とよそおい、スイカに添えて三人一緒に食べただろうに。
しかし、一個しかないのである。
これを綾乃だけが食べるということは『一人じめしちゃうぐらい、私はプリンが食べたいんですよー』とアピールすることであって。

これがいつもの生徒会の冷蔵庫ならば、ラッキーとばかりに素直に誰の目もはばからず食べていただろうに。
しかしここにいるのは、仲間とはいえ知り合ったばかりの男の子二人なのだ。
しかもうち一人は、年上なのだ。

なんだ、杉浦ってそんなにプリンが好きなんだな。子どもっぽいところもあるじゃないか。

呆れたような、もしかすると微笑ましいものを見るような目でそう言われることを予想して、ぐっと気恥かしさがこみ上げてきた。
女子校に通う綾乃にとって、『男子中学生』とは事前データのない種族である。
歳納京子に馴れ馴れしくされるのとは、また別種の緊張感がある。

こんなこと、気にするのもいちいち大げさなのかもしれない。
別にプリンが好きだなんて恥ずかしいことじゃないんだし、好きなんですとひとつことわっていただいてしまえばいいだけのこと。
そうは言い聞かせてみたけれど、いざ『実はプリン大好きなんですよー、えへ』とか言ってみて、
『実はオレも好きだったんだー』『なに、植木もなのか。よし、じゃんけんだな』なんて展開が起こってしまったらどうしよう。
ほかの2人にこのプリンを取られてしまったら、ちょっと泣ける。
意地汚い。こんな時に。さっきまで死を悼んでいたのに。
そうは思ってみても、美味しそうなものは美味しそうに見えてしまう。

……ちょっと考えすぎだろうか。
世の中には『ドーナツが大好き』という一点だけでキャラ立てをしているアイドルもいるらしいけれど、さすがに綾乃はそこまで極端な方向性を進みたくはない。

そう言えば。
最近もこんな風に、冷蔵庫の中をずっと覗き込んで、悩んでいたことがあった。
もっともあのときは、食べたいんじゃなくて、食べられなくて悩んでいた。
歳納京子からプレゼントされた、アイスクリーム。
冷凍庫を開けて、そこにあるのを見つめるだけで頬が『にへら』と緩んで顔が紅潮して。
けれど、食べることは絶対にできなかった。食べてしまったら、なくなっちゃうから。

歳納京子。
自称『杉浦綾乃のライバル』。
あいつは今頃、どうしているだろうか。
痛い目にあってないだろうか。人に迷惑をかけてないだろうか。
最初は後者の心配ばかりしていたけれど、今では前者のほうが気がかりだった。
さっきの綾乃たちみたいに殺し合いに乗った人に襲われたらひとたまりもないし……それに今となっては、後者はあまり心配いらないとも思える。
確かに歳納京子にはお調子者で空気を読まないところがあったけれど、たとえば生徒会の大室櫻子のように真の意味で空気が読めないわけじゃなかった。
決してバカではなかったし、不思議な安定感みたいなものがあった。
ライバルと呼んでくれたことは嬉しかったけれど……いや、変な意味じゃなくて。
実のところ綾乃は、ずっと負け越しのままだった。(一度だけ同人活動の締め切りのせいでおじゃんになったけれど)
それは、数値化される成績だけに限らない、あえて言葉にすれば強烈な『個性』のようなものだった。
歳納京子にも杉浦綾乃にも、植木のような戦闘力や菊地のような考察力はない。
戦いとは縁のない日常を過ごしているという点ではいずれも等しく『一般人』に過ぎない。
それでも、歳納京子は『一般人』ではあっても『普通』ではなかった。

歳納京子ほど強烈な女子中学生は、(綾乃の贔屓目を差し引いても)日本中探したところでそうそう見つからないだろう。
ひとたび口を開けばぶっとんだ発想を次々と思いつき、自由奔放かつ意味不明な言動で、絶えず周囲をツッコミに忙しくさせるようなトラブルメーカーかつ企画立案者。
『恋人ごっこやろーぜ!』とか、そんな突飛なことを次々に言って、みんなを引っ張る。
でもそれだけ騒がしいのをなぜか許してしまうというか、かく言う綾乃もそういう騒がしいところを見ているのが何だか安心するというか、ときめくところもあって……違う、今のは無し。
とにかく、ごらく部でもクラスの友人同士の交流でも、常に輪の中心にいるような少女だった。
そしてほとんど勉強しないのに成績学年トップを維持するような不可思議なおつむの持ち主であり。
趣味として打ちこんでいる同人誌の方面ではイベントの完売必須な売れっ子作家だと聞く。
そんな女の子が、杉浦綾乃のライバルだった。
とても尖っている。際立っている。

その一方で、杉浦綾乃は『普通』なのだと気付く。

周囲からは、ツンデレだと言われる。
親友からは、純情で一途で可愛いと言われることがある。
生徒会の後輩からは、しっかりした人だと言ってもらえる。
ツンデレや純情呼ばわりには言い返したいこともあるけれど、その『ツンデレ』も『純情』もつまるところ、特定の人物に対する反応でしかないものであって。
『そいつ』がいなければ成り立たない。
それに、『しっかり』しているのだって別に綾乃に限ったことじゃない。
中学生にして1人暮らしなんかしていて、お泊まり会にごらく部や綾乃たちをしょっちゅう自宅に招いて面倒をみてくれて、
家事全般も余裕でこなしてしまう船見結衣なんかの方が、ずっとしっかりしているし中学生離れしている。
よく影が薄いとか普通のいい子という扱いを受けている赤座あかりにしても、実は普通じゃない。
あれだけ『特徴を言ってみて』と言われても『いい子』と『普通』しか浮かんでこない女の子なんて、逆にぜんぜん普通じゃない。
それを長所と解釈するかは人によるだろうけど、とにかく彼女も別の方向に尖っている。
ごらく部の彼女らだけじゃない。
池田千歳の想像している独特の発想(エッチなこと含む)と鼻血も。そしていつも綾乃を助けてくれるという絶妙なフォローの神がかりも。
大室櫻子の突拍子もないおバカさも、古谷向日葵が持つ13歳とは思えないほどの母性も。
松本生徒会長のミステリアスな存在感も、西垣先生のマッドサイエンティストっぷりも。
みんな『普通』ばなれしたところを持っていた。

みんなが、そういうのが無い杉浦綾乃を友人として認めてくれていることは知っている。
菊地や植木だって、綾乃のことを仲間として認めてくれている。
おかげでちょっとぐらいは自信も持てるようになったし、『宿題』を成し遂げるという決意だって揺るがない。

だから、この悩みは、ぜいたくな無いものねだり。
心配はノンノンノートルダムと言ってばっさり切り落とせるような、ちょっとしたトゲでしかない。
それでも、とびっきり感傷的な言い方をするなら、こういうことだ。

綾乃ができることは、他の人にだってできる。
綾乃にしかできないことは、何もない。
そして綾乃に提示された『宿題』は、はっきりした模範解答の無い、たくさんの人が確たる答えを持てないような考えごとだ。
それはつまり、皆が考えてもわからないことなら、綾乃にもわからないということにならないか。

「……って、たかがプリンひとつで、私はなんでそこまで考えてるのよ!」

深く考えたところで自分を客観視して、ついセルフ突っ込みをいれた。
いや、そもそも、こんな冷蔵庫の前でプリンを凝視して考え込むことなんてなかったんだ。
二人の前で食べるのが恥ずかしいなら、給湯室でこっそり食べてさっさと戻ればよかったんだから。

「ちょ、ちょっと食べて戻るだけ……ばれなきゃいいのよ。ばれなきゃ……」

我に返り、いそいそとフルーツプリンを手に取る。
さて、スプーンはどこだったかしらと給湯室を見回し、

給湯室の入り口で、菊地と植木がじっと見つめているのと目があった。







                !?







杉浦綾乃。
生徒会副会長なのに、人から注目されるのには弱い。
ずっと見られていた。もしかすると、独り言をつぶやいたところまで見られていた。
そんなシチュエーションに遭遇すれば、言葉を返すこともできずに固まるしかない。
菊地と植木は、形容しがたい表情をしていた。
しかしやがて、植木耕助がその状況を理解する。
納得したという顔をして、手をぽんと叩き、言った。

「なんだ、綾乃はプリンが食べたかったのか」

悪意のない、しかし『かいしんのいちげき』に匹敵する攻撃。
ぼっと、首から上で火事が起こったように顔が熱く紅潮した。
菊地が『あちゃー』と声には出さずに、心中でつぶやく。

「……っ!」

プリンを持ったまま、窓の方へと、走った。
カーテンを体にぐるぐると巻きつけて、隠れる。

「綾乃?」
「おい、杉浦、大丈夫だ、大丈夫だって!」





「……………さがさないでください」



逃避に走った綾乃をカーテンのうらから呼び戻すのに、菊地たちはずいぶんと労力を要した。




どうにか三人仲良くスイカを(そして綾乃はプリンを)食べて。
情報の共有もすべて終わって、植木は『探偵日記』の契約を、綾乃は『友情日記』の契約を済ませる。
そして、図書館を出発するときがやってきた。

色々な出来事が起こった建物を、がれきを踏み越えて抜け出していく。
桜の木を一度だけ振り返る、三人の表情は静かだった。

「さて、これから仕事は山積みだな」
「ああ、殺し合いに乗ったヤツから、オレも含めてみんなを守る。
それにシンジから頼まれた、二人の女の子も護る」
「はい、海洋研究所に行って、その前に学校で綾波さんたちと合流して、碇くんのことを教えてあげなきゃ。
そして、私は宿題の答えを見つけるんです、絶対に」

綾乃はもう一度「絶対に」と繰り返した。
そんな綾乃を見て、菊地がふっと真剣な表情を崩す。

「なぁ杉浦。真剣なのはいいけど、あんまり難しく考えることないんだぞ?
ここに来てからお前だってずいぶん特殊な経験をしてるんだから、そのうち自然と答えが出ることだってあるさ」
「え……?」

どきりと、綾乃の心臓が不穏な音をたてる。
まさに不安に思っていたことを、見抜かれたような気がしたからだ。

「な、なんで分かったんですか…?」
「いや、さっきから宿題宿題って繰り返してたから、気負ってるのかと思ってさ」

菊地は表情をくずして、にやりと笑ってみせた。
その気遣いに感嘆していた綾乃も、あれ、と首をかしげた。
それは、いつものニヒルな笑い方ではなかった。
どちらかと言えば――そう、魔女っ子ミラクるんのコスプレを人に勧めたりする歳納京子の、いたずらっぽい笑みに似ていた。

「例えばいっそのこと、『戦いをやめてくれるたびに一枚脱ぎます』ってのはどうだ?
男子連中は全員、それで止まるかもしれないぜ?」





              !?




綾乃の表情が凍りつき――赤面に転じる。

菊地善人にとっては、『いつもの悪ふざけ』の延長線上だった。
言っていいことと悪いこともわきまえているし、杉浦綾乃が初心なことも把握している。
しかし彼もまた健全な男子中学生であり、『あの3年4組』の一員だったのだ。
純粋無垢な野村朋子に『鬼塚先生にサービスしたいなら下着を脱げ』と提案する(そして実行までさせてしまう)ぐらいには悪ノリするし、クラスの女子もそんな男子たちにけっこう寛容だったりする。
例えば文化祭で『きわどい服』を着たコスプレ喫茶が出し物に提案されるぐらいにはフランクである。

しかし、ゆる(い)ゆり時空の住人に、GTO(グレートティーチャー鬼塚)時空のジョークは刺激が強すぎた。



「へ……へっ……へんたあああああぁぁぁぁぁぁぁいぃっっっ!!」



『コスプレしろ』ならばまだともかく、『脱げ』は完全にアウト。
悲鳴をあげて全力でダッシュし、図書館の建物の陰に隠れる綾乃。
さっきと既視感のある反応だった
前回と違うのは、前回は味方だったもう一人が、そうじゃないということだった。

「菊地……お前、それは無いんじゃ……」

植木耕助も好意を持つ女の子だっている(らしい)健全な男子中学生とはいえ、数か月前までは小学生だった身分である。
この年代で二歳の違いは大きいし、しかも植木自身もそうとうに品行方正な学生だった。
よって菊地に対しても、例えば道で会った男から『どうかぼくを眼鏡好きにしてください』と泣いて頼まれたような、そんな性癖の相手を見るような目になっている。

「いや、その…………謝ってくるよ」

植木のフォローは期待できないぞと、観念して建物の裏手へと向かった。
どうなだめたものかと考えあぐねて、足が重たくなる己に気づく。

(もしかしてオレ、この手の反応をする女子には慣れてないのか?
相沢や飯島は、もっとキャンキャン噛みついてくるタイプだったし)

鬼塚や村井国男たちクラスの三バカともよくつるんでいるのだから、女子からバカだスケベだと言われることに耐性はあった。
しかしギャーギャー騒ぐのではなく、いちいち初心な反応で恥じらうような女子は新鮮だった。
……もし己が自室ではエロ本を片手に女体の合成写真を作っているとばれたら、もう口をきいてもらえないかもしれない。
そんなことを想像して苦笑すると、建物の角を曲がる。

「えいっ!」

すぱん、と警戒な音がして、菊地の頭頂部が叩かれた。

「うおっ――」

角を曲がったとたんの不意打ちだった。
菊地は驚き、鈍痛に額を抑える。
その右手にハリセンを高々と掲げた綾乃が、くすりと笑う。

「杉浦……もしかして、わざとか?」
「わ、私だって十二時間も一緒にいれば、ちょっとは慣れますよ!
でも、次からはほどほどにしてくださいね!」

どこか勝ち誇ったような顔でびしっとハリセンを向ける綾乃に、菊地も『いっぱい食わされた』と嬉しいくやしさがこみ上げる。

「あーあ。一本取られたな」
「綾乃……なんか、たくましくなったなぁ」

二人のやり取りを感心したようにつぶやく植木に、綾乃も得意げに言い放った。



「もちろん! もう心配ないないナイアガラの、余裕ありまくり有馬温泉だから!」



ひくっと。
菊地の頬が、反応にこまって引きつる。

(だ、ダジャレか? でも『ないないナイアガラ』って、洒落って言うよりただ韻を踏んでるだけなんじゃ……)

「ぶっ……!」

しかし、もう一人の聞き手である植木は噴出した。
綾乃にとっては幸運なことに、ツボにはまってしまったらしい。
両こぶしをぐっと握って、綾乃流の景気づけに同調するように言う。

「その意気だぞ綾乃! ファイトファイト、ファイファイビーチだ!」
「ぶっ……!」

返されたダジャレはこれまた綾乃のツボを刺激したらしい。
顔を横に向けて、笑いをこらえるように口元を抑える。

(え、ちょっと待て。これってダジャレネタの流れか……?)

とっさに上手い返しの出ない菊地だったが、ほかの2人が元気を出したというのに1人で白けているわけにもいかない。
あわてて『それっぽいセンス』のダジャレをひねり出す。

「ダ、ダジャレかー。そう言えば、授業でもよく暗記に使ってたよなー。メソメソメソポタミア、とか……」

しかし2人は、これに青い顔をした。

「メソメソ……?」
「それはちょっと……」
「待て! お前らがその反応は理不尽じゃないか?」

ショックを受けた菊地に、綾乃と植木がはっとする。

「な、なかなかいいセンスだったぞ。どんどんぼけロンドンだ!」
「そ、そう、もっと聞きたいですよ! お笑い推奨、水晶浜海水浴場です!」

(き、気を使われたのか……?)

相変わらずよく分からないセンスのダジャレによる畳みかけだったけれど、必死そうにフォローしようとする2人はおかしかった。
気づけば「ぷっ」と小さな笑いが漏れる。



まだ、目に涙の跡を残しながらも。
三人ともが笑っていた。


【G-7/図書館付近/一日目 昼】

【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:ハリセン@ゆるゆり、友情日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。
2:学校を経由して、海洋研究所へ向かう。
3:と、歳納京子のことなんて全然気になってなんかないんだからねっ!
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※『友情日記』の予知の範囲は自身がいるエリアと周囲8エリア内にいる計9エリア内に限定されています。

【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊
基本行動方針:生きて帰る
1:学校を経由して、海洋研究所へ向かう。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)

【植木耕助@うえきの法則】
[状態]:全身打撲
[装備]:探偵日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×3、遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書
    ニューナンブM60@GTO、乾汁セットB@テニスの王子様
基本行動方針:絶対に殺し合いをやめさせる
1:自分自身を含めて、全員を救ってみせる。
2:学校へ向かい、綾波レイを保護する。
3:皆と協力して殺し合いを止める。
4:日記を使って佐野とヒデヨシとテンコも探す。
[備考]
※参戦時期は、第三次選考最終日の、バロウVS佐野戦の直前。
※日野日向から、7月21日(参戦時期)時点で彼女の知っていた情報を、かなり詳しく教わりました。
※碇シンジから、エヴァンゲリオンや使徒について大まかに教わりました。
※レベル2の能力に目覚めました。

【加持リョウジのスイカ@エヴァンゲリオン新劇場版】
杉浦綾乃に支給。
特務機関NERV所属の加持リョウジが、任務の片手間にジオフロント内の畑で栽培していたスイカ。ほどよく冷やされた状態で支給。
碇シンジも収穫を手伝わされている。

【ハリセン@ゆるゆり】
杉浦綾乃に支給。
歳納京子の人格転換をもとに戻すために、『頭部に衝撃をあたえるもの』として用意したうちの道具のひとつ。



Back:探偵と探偵のパラドックス 投下順 救われぬものに救いの手を
Back:探偵と探偵のパラドックス 時系列順 救われぬものに救いの手を

1st Priority 植木耕助 ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-
1st Priority 菊地善人 ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-
1st Priority 杉浦綾乃 ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-


最終更新:2021年09月09日 19:44