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今岡がとうとう引退…

数々の人を激怒させてなぜ今まで引退しなかったのか?引退する勇気がなかったのか?



                                 11月12日(土)




とうとう今岡本人により引退の申し出があり無事に受理された

本人は前から引退することにしていたらしいがほぼ100%野球GMによる「俺が辞めるからお前もやめろ」といういわば道連れ、とばっちりであろう

彼は引退試合を希望していたが野球GMは彼を試合にだすことは相手への無礼となるため絶対に許さないと明言

しかし特別な引退試合のため今岡のチームが勝っていた場合に限り最終回への登板を許した

試合は今岡チームが1点差で負けており6回の裏が終了

これで今岡の野球人生は終了のハズだった

しかし本人が野球GMの制止を聞かず無理やり最終回に登板

結果は-   1アウトも取れず入来に3ランホームランを浴びて降板

1点差の試合をブチ壊しにしてまで彼は登板したかったのであろうか?

結局今岡チームは惨敗

試合後に今岡が放った驚愕の一言は野球GMの心を砕いた

「俺たちらしいやん」

いや野球GMは何もしていない、むしろ今岡の登板を阻止しようと必死だった、それなのに…

自分の引退に彼を巻き添えにしたことは正解だったのだ


                                  終わり




今その歴史をたどる

今岡が初登板を果たしたのはいつの日だったのか?それを詳しく知る者もいないし知りたいと思う者もいないしめんどくさいから誰も調べない

彼が投手として活動を始めたのは2010年の後半に入ってからであった

最初のほうこそ球がそこそこ早くみんなからもてはやされていた今岡、だがそのお世辞にまんまと踊らされた彼は転落の人生を歩むこととなる

投手として大事なもの、それは 直球 変化球 コントロールの3つ

では詳しく見て行こう



直球(見かけ)   伊良部>ヤナギ>ガリー≧下山≧今岡≧下記

直球(キレ)    伊良部>>ヤナギ>ガリー>下山≧下記>>>>>今岡

直球総合     伊良部>>ヤナギ>ガリー>下山>下記>>>今岡

これを分かりやすく一番上を100として点数で表そう

伊良部 100

ヤナギ 80

ガリー 70

下山  65

下記  60

今岡  10


変化球についてはもはや論ずるに値しない、なぜなら今岡は変化球が投げられない

変化球総合    伊良部>>ヤナギ≧下山≧ガリー>>下記  

分かりやすく点数に

伊良部 100

ヤナギ 60

下山  55

ガリー 50

下記  15

今岡  0


コントロールに関してはサヨナラ押し出しを記録したことから容易に想像が可能である

コントロール総合  下記>伊良部>ガリー≧下山>>>ヤナギ≧今岡

分かりやすく点数に

下記  100

伊良部 90

ガリー 80

下山  75

ヤナギ 30

今岡  25

以上のように評価をした結果、点数で見る正しい投手総合評価ランキングが算出された


伊良部 90

ガリー 70

下山  65

ヤナギ 60

下記  55

今岡  11

これでは打たれるのも当然であろう ※参考点数 入来=35点 

このようにして今岡は先発で大量失点をして空気を盛り下げたり下山やガリーの力投を1回や2回の投球でブチ壊しにするなど人間とは思えないような所業を繰り返すにいたったのである

これでは引退もやむを得ないだろう

今は彼の心の安静を祈るばかりである


能力で見る今岡の劣化の軌跡

参加表明時


ネトゲ廃人今岡は己の人生に危機感を覚え、引きこもり脱却を目指すべく草野球に参加することにしたのだった。

全盛期


守備はトップレベル、打撃も好調だったあの頃。

2年目終了時


得点圏にもそこそこ強かった。
また、投手をはじめるも派手に炎上する。

3年目


他人のランナーは返しても、自分のランナーは意地でも返さない今岡。
打撃・守備で衰えが見え始める。

末期


走者がいればバントをして打率が下がらないようにしたり、セフティバントを成功させてはしゃいだりと、もう終わってる感が否めなかった今岡。

引退時


野球に道連れにされ引退。