赤きレプリロイドが、爆光を纏わせながら佇んでいる。鮮烈なる赤、強烈なる光。重厚感溢れる装甲に、
不釣り合いなほど繊細な金髪。かつて伝説の英雄ゼロとして世界を守るために戦い、後に救世主オメガと
して世界を滅ぼした最強のレプリロイド、そのすべてが今、奪われた。英雄でもなく、救世主でもない、
存在そのものが変貌を遂げたのだ。
英雄の鋭さも、救世主の覇気も消え失せた表情に浮かぶのは、紛れもない狂喜。歪んだ笑みを浮かべな
がら、手に入れた力を誇示するかのように、レプリロイドは声を上げる。
「遂に、遂に私は夢を叶えた……これだ、この力こそ!」
目の前にあるのは絶望か、それとも変革か。なにが起こったのか、なにが行われたのか、即座に気付く
ことが出来たのは僅か数人。だが、事実は波打つように周囲へ広がり、全員が状況を理解するまでに長く
は掛からなかった。
レプリロイドが動いた。右腕をバスターへと変形させ、最初の砲火を放ったのだ。けれど、それは敵へ
の攻撃ではなかった。放たれた一発は、地面に倒れた、中身のなくなった抜け殻を、ジェイル・スカリエ
ッティを吹き飛ばした。作られた天才の身体が、粉微塵に破壊される。ルーテシアが息を呑んで顔を覆い、
ナンバーズの姉妹らも一部で顔を背ける者がいた。
「最初から、これが目的だったのか……!?」
混乱の渦から抜け出し、ゼロがなんとか言葉を発する。絞り出すような声には、普段のような冷静さは
ない。彼の問いかけに、今や完全に自分自身を変格させた男が、伝説の英雄となった〝スカリエッティ〟
が答えた。
「そうだ。これこそが私の真の目的。君のことを調べ上げ、救世主オメガの存在を知ったときから、私が
心に決めていたことだ」
ジェイル・スカリエッティという作られた存在から、別の存在へと成り代わる。スカリエッティがずっ
と思い描いていた真なる解放。最高評議会を抹殺したことなど、その始まりに過ぎなかったのだ。スカリ
エッティという肉体を捨ててこそ、彼は本当の意味で変わることが出るのだから。
「だが、ドクター・シエルの協力がなければ、ここまで上手くはいかなかっただろうな。予定では、もう
少し時間が掛かると思っていた」
吹き飛ばされた死体の残骸から、小さな小箱を拾い上げる。エネルギー転換・転移装置。小型であるが、
対象の物質エネルギーを転換し、別の場所へと送り込むことの出来るこの装置は、確かに理論的上では一
人の人間の精神エネルギーそのものを転換させ、一つの機械へと移すことも不可能ではないが、それを現
実にやる者はまずいない。自分自身を精神エネルギーに変革するなど、常人には考えられないことだ。第
一転移が成功したところで、その内部で自己を保てる保証など、どこにもない。失敗すれば、自らの意識
が四散するだけであり、リスクはあまりに大きすぎた。スカリエッティにしたところで、自分の技術だけ
では成功の確率が低いことは知っていた。
だから彼はシエルを利用した。エネルギー研究の専門であり、自身と同一の天才科学者に、不完全で未
完成だった装置を託したのだ。その結果、完成した装置は新たにエネルギー増幅機能を備え、それによっ
て精神エネルギーを飛躍的に増大させたスカリエッティは、オリジナルゼロのボディに存在したオメガの
意識を消し飛ばし、ボディそのものを乗っ取ることに成功したのである。
「英雄を超える救世主、コピーを超越したオリジナル。いずれにせよ、それは全部私のものになった。英
雄でもない、救世主でもない、創造者として生まれ変わったのだ!」
気迫と共に爆光が炸裂し、周囲の空間を震わした。その圧倒感に、ゼロを除くすべての人々が衝撃を受
ける。勝てるわけがないと、戦う前から実感させられる理不尽さ。フェイトやなのはでさえ、動揺に足を
掬われかけていた。
赤きレプリロイドが、いや、レプリロイドとなったスカリエッティが咆えた。バスターを突き付け、破
壊の一発を撃ち放ったのだ。今度こそ紛れもなく、敵に対する攻撃として。
放たれた砲火は、庭園の外壁を易々と貫いた。爆発が巻き起こり、飛び交う破片から皆が逃げ回る。砕
かれたのは外壁だけではない。その場にいる魔導師や騎士、戦闘機人でさえも、スカリエッティに対する
戦意を砕かれてしまった。もう誰にも止められない、止められるわけがない、と。
「さすが、オリジナルゼロのボディは違うな。どうやったらここまでの戦闘兵器を作れるのか、折角自分
の身体になったんだ。今度じっくり調べてみるのもいいかもしれないな」
だが、その前に……と、スカリエッティは言葉を続ける。バスターの砲口を眼前に立つレプリロイドへ、
ゼロへと向けながら。
「先に、済ませておくべきことがある」
「スカリエッティ……!」
「違う、私はゼロだ。そして、ゼロはこの世に二人いらない」
睨み合う両者、視線の火花が飛び散る中でゼロがゼットセイバーを引き抜いた。まさか、このような形
で自身のオリジナルボディと決着を付けることになろうとは思わなかったが、戦いを避けることは不可能
だ。次元の低い話だが、スカリエッティはゼロを倒すことで自身を完全なる存在に仕立てようとしている
のだから。
「……場所を変えるぞ。ここには負傷者も多い」
「今更守りに入るのかい? だが、まあいいだろう。ゼロとゼロの戦いだ、全力で来て貰わねば意味がな
い……この塔の屋上はどうかな?」
ゼロが頷くと、スカリエッティはそのまま駆けだし、瞬く間に階上へと消える。ゼロも後を追い、その
場にはシエルと魔導師、戦闘機人だけが残された。誰も彼も、激流のように流れすぎた出来事から、我を
取り戻せないでいる。
そんな放心状態もいうべき沈黙から、最初に抜け出したのはルーテシアだった。
「ガリュー、ドクターを追って。早く!」
ルーテシアとて完全に現状認識が出来たわけではないのだが、彼女は考えるよりも先に動くことを選ん
だ。例え姿形が変わろうと、あれがスカリエッティであるならば、自分はその戦いを見守りたいと、そう
思ったのだろう。
ガリューの方にはやや躊躇いもあったようだが、拒んだところでルーテシアは一人でも戦いの場に赴く
ことは明白だった。であるならば、少しでも自分が側にいた方が対処もしやすいと判断し、ルーテシアを
連れて階上へと上っていった。
「……ゼロっ」
次に行動を起こしたのはシエルだった。彼女もまたゼロの後を追いかけようとするが、生身の人間であ
るためルーテシアよりもはるかに動きが遅かった。
〈ドクター・シエル、乗ってください!〉
すかさずルクリュがプログレスを動かし、シエルは機体に飛び乗った。そして、ゼロの戦闘を見届ける
ためにその場を後にする。そんな彼女に続いたのはナンバーズの姉妹らだった。
「追うぞ。私たちにもドクターの戦いを見届ける義務がある」
チンクの言葉に、異を唱えた姉妹はいなかった。もっとも一人だけ、セインだけはスカリエッティより
もゼロのことを気にしていたのだが、それは単に捉え方の問題であった。
ナンバーズの姉妹まで動き出し、釣られるように機動六課の若手たちも動き出した。無論、スバルも一
緒に付いていったが、彼女は姉を失ったという事実を受け入れる間もなく、このような状況下に放り出さ
れ、とりあえず周囲の流れに乗っただけのようである。
そして、フェイト・T・ハラオウンと高町なのはの二人だけが残った。
「行かないの? ゼロの戦いを見に」
「……なのは」
実に数ヵ月ぶりの再会であるが、そこには感動の欠片もなかった。このなのはが本物であることは、彼
女に扮していたドゥーエと戦闘を行ったチンクの証言によって証明されているが、本物なら本物で、フェ
イトとしては顔を合わせづらいところであった。偽物の正体を見抜けなかったことは、フェイトの中で相
当の負い目になっていた。
片やチンクによって応急処置が施され、失明こそ免れたなのはであったが、それでも身体中が傷だらけ
であることには変わりない。全身の痛みで立っていることも辛いはずなのに、彼女はそれを感じさせない
口調でフェイトに語りかける。
「行きなよ。きっと、これが最後の戦いになる」
「けど、私は……私はシエルさんを。それに貴女と話す資格だって本当は……」
「いいじゃん、そんな細かいことはさ」
あっけらかんとした口調でなのはは言い、その軽さにフェイトは面食らった。
「フェイトちゃんがここでなに考えようと、どれだけ思い詰めようと、結果を出すのは上の二人で、結末
を見せてくれるのもあの二人なんだから……それとも怖い? 戦いを見るのが」
なのはの言葉に、フェイトは顔を背ける。図星かはともかく、それに近い感情をフェイトが抱いていた
のは事実であり、彼女はオメガの身体を乗っ取ったスカリエッティに対し僅かな恐怖感を持っていた。ゼ
ロに対する信頼は揺るぎないが、それでも彼は勝つことが出来ないのではないかと、そう考えてしまった
のだ。
親友の偽者を見抜けず、シエルを殺しかけ、ゼロを信じ切ることも出来ない。フェイトは自己に対する
自信を失いかけていた。そもそも、何故ゼロはオメガと、スカリエッティと戦うことが出来るのか。自分
の身体を取り戻したいとは、思わないのだろうか。それすらも判らないからこそ、すぐに動けたシエルと
違い、フェイトは動くことが出来なかったのだ。
「なにを大切にするかなんて人それぞれだよ。命を賭けて守りたいものもあれば、すべてを賭けて倒した
いものもある。昔の私たちだって、そうだったじゃない」
「それは……」
「答えはゆっくり探せばいい。考えるのは後からだって出来る。だから、今は悩みより先に行動しよう?」
フェイトの腕をつかみ、なのははそれをそっと引いた。フェイトは抵抗せず、親友に手を引かれて歩き
出す。
「なのは、少し変わったね。前はこんなに積極的じゃなかった」
変わったと言うよりは戻ったと言うべきか、以前までは無気力で無関心を貫いていた親友だが、久しぶ
りに会ってかなり律動的になっていると感じた。地球に戻ったことで、心境が変化したのだろうか?
「まあ、人の影響かな。興味深い人と知り合いになって」
「興味深い人?」
「そ、青色がよく似合ういい男、だよ」
第二六話「逆襲の救世主」
時の庭園、塔の屋上にゼロとスカリエッティは立っている。場所が次元空間内であるから風の一つも吹
かないが、双方が発する波動めいたものが周囲の空間を震わせ、言い様のない圧迫感を生み出していた。
「この庭園で、私は色々な本を読んだ。多くはくだらない、なんの知識にもならないようなものばかりだ
ったが、気まぐれで読んだ少年物の冒険譚がとても面白くてね」
刃を発生させていないビームサーヴァ-の柄を弄びながら、スカリエッティは語り始める。
「少年はその物語の主人公、ヒーローとなって世界を冒険する。あるときは嵐の大海原で宝島を探し求め、
またあるときは剣を手に悪を倒す勇者となる。単純明快だがそれだけにわかりやすい、冒険譚にして英雄
譚……正直、憧れたよ」
それはどうしたって、ジェイル・スカリエッティにはなれない存在。どんなに頑張ろうと、どれだけ努
力しようと、悪なる天才が英雄になることなど出来はしない。
「今だから言うとね、ゼロ、私は前々から君に我慢ならないところがあるんだ」
一つ一つ、手に入れた身体の感触を確かめるように、スカリエッティはゆったりとした動作で喋る。
「君は英雄と呼ばれるだけの力があったくせに、それを否定して、ひたすら我が道を歩んできた。英雄と
いうものは誰にでもなれるものじゃない。なりたくてもなれないものなんだ。それなのに君と来たら、君
には欲がないのかい? 名誉は、地位は、名声は? 英雄という存在はそれらすべてを手に入れることが
できるのに、君は自身が英雄であることを否定し続けた」
「それがどうした。オレは正義の味方じゃない。誰かがオレを英雄と呼ぶのはそいつの勝手だが、オレが
自らを英雄と称することはない。オレは所詮、戦うことしかできないレプリロイドだ」
だからこそ、ゼロはギンガと戦った。彼は自分がどこまでも戦士でしかないと実感していたから、戦い
の先にある勝利でしか答えを見いだすことは出来ないと思っていたのだ。答えは導きだすものではなく勝
ちとるものであると、やや武断的な思考がゼロにもあったことが伺える。
ゼロには元より英雄願望などなかったが、それ以前に戦士である自分に対する自戒の念が強かったとさ
れている。彼は自身の中にある優しさを信じていなかったし、所詮は大量破壊者でしかない自分が英雄な
どであるわけがないと、本気で思っていたのである。
「まあいいさ、英雄の字名など君を倒せばそのまま付いてくるものだ……さて、それじゃあ」
ビームサーヴァーに光刃が発生し、切っ先がゼロへと向けられる。突きつけられた刃の光は、禍々しい
までに輝いていた。
「そろそろ、始めようかぁっ!?」
叫び声と共に、スカリエッティからの斬撃が斬り込まれる。
ゼロは自身のゼットセイバーでこれを受けるが、叩き込まれた斬撃の重みは彼が想像していたよりもは
るかに重い。一撃、二撃と立て続けに斬り込まれ、ゼロは僅かに体勢を崩した。そこへスカリエッティが
強烈な三撃目を斬り上げて、ゼロの身体は後方へ飛んだ。
「中身が変わっても、サーヴァーの出力は同じか」
当たり前のことを口にしながら、ゼロはバスターを構えるとスカリエッティ目がけて速射した。対する
スカリエッティも左腕を瞬時にバスターへと変形させ、圧倒的火力による連射を撃ち込んできた。弾速、
威力、連射力、すべてにおいてゼロはスカリエッティに劣っており、撃ち合いは一方的なまでにゼロが撃
ち負かされる結果となってしまう。
「まずいな、ドクターの、いや、オリジナルゼロの力は……」
戦いが開始され、階下のギャラリーが集結し始める中、チンクが表情に苦味を浮かべながら呟いた。彼
女はオリジナルゼロの戦いを見るのは初めてだったのだが、その圧倒的な性能を前に戦慄を覚えずにはい
られなかった。
「どうしたんだよ、チンク姉」
若く戦闘経験も浅いノーヴェが不思議そうな表情を向ける。戦闘はまだ始まったばかりだが、セインは
緊張で身体を震わせており、他の姉妹も食い入るように戦いへ見入っている。
「オリジナルゼロは、コピーゼロの力をはるかに超えている。まともにぶつかっていたら勝ち目はない
ぞ」
「なっ、それってもしかしなくてもヤバイんじゃ……」
ノーヴェはセインの方を見るが、彼女は最初からそんなこと承知の上だった。彼女は実際にゼロがオメ
ガに敗れたところを目撃しており、両者の間に圧倒的な性能差があることを知っている。オメガはスカリ
エッティとなり、その内容は大きく変化したはずだが、だからといってパワーが落ち込むわけでもない。
斬撃に耐えかね、撃ち合いに撃ち負けたように、基本的性能はオリジナルがコピーを圧倒している。
それに加え、裂光覇によってほぼ無傷に再生したオリジナルと違い、ゼロはギンガやそれ以前における
戦いの損傷と疲労を引きずっている。満身創痍ではないにしろ、最初から条件が互角ではないのだ。
「ハハハッ! どうしたゼロ? 反撃しないのか」
容赦なくバスターを撃ち込むスカリエッティに対し、ゼロは徹底的に回避行動を取った。連射されるシ
ョットを避け続け、その機動力と運動性に駆けつけた六課の魔導師たちが目を見張る。
更にゼロは間断ないと思われていた砲火の隙間をぬってスカリエッティとの距離を詰めると、左腕のゼ
ロナックルを打ち込もうとした。
「ほう、拳闘も使うのか」
顔にぶち当たる寸前で避けたスカリエッティであるが、ゼロの反撃はまだ終わらない。右腕に握られた
バスターは、とうにエネルギーがチャージされている。ゼロはその銃口を、スカリエッティへと押し当て
た。
「――ゼロ距離!?」
閃光が炸裂した。避けようのない距離で砲撃を撃たれ、スカリエッティはまともに直撃して大きく吹き
飛ばされた。ゼロはゼットセイバーを引き抜きさらなる追撃をかけるが、スカリエッティが体勢を立て直
すのも早かった。
「させるか!」
拳を地面に打ち付け、裂光覇の輝きがゼロの追撃を阻んだ。攻防一体の光の柱を打ち破ることは、今の
ゼロには不可能だ。攻撃を回避すると同時に損傷を修復し、裂光の消え去る頃にはスカリエッティは完全
に体勢を立て直してしまっていた。
「無駄だよ、君がどんな攻撃をしようが私には通じない。このオリジナルゼロには……」
スカリエッティが言葉を言い終える前に、彼の眼前にゼロが出現した。なにが起こったのか、驚くべき
速度で接近したゼロに対し、スカリエッティは唖然として即座に対応することが出来なかった。
「少し、黙れ」
ゼットセイバーが振りかざされ、斬撃にスカリエッティが沈む。ルーテシアが悲鳴を上げるが、続けざ
まに斬り込まれた一撃を防御すると、スカリエッティは慌てたようにゼロとの距離を取った。
「馬鹿な、今の速度は……」
チンクがゼロの反撃に驚きを交えた声を発する。パワーもスピードも負けているはずなのに、あそこま
で的確な反撃を加えることが出来るものなのか。如何にゼロが歴戦の勇士であろうと、埋められない差は
存在するはずなのに。
――心さ
声に、チンクが顔を上げた。チンクだけではない、響き渡ってきた声はその場にいたほとんどの人々に
聴こえたらしい。戦闘中であるゼロとスカリエッティには届いていないようだが、これは一体?
「まさか……でも、そんな」
シエルだけはその声に聴き覚えがあったのだが、姿が見えぬことも合ってか確証を持てずにいた。それ
に、幻聴かも知れない声を気にするほどの余裕もなかった。
スカリエッティが再反撃を開始したのである。
「こしゃくな真似もこれまでだっ」
一跳びで宙へと跳んだスカリエッティが、ビームサーヴァーを振り下ろす。
「アークブレード!」
放たれた五つの斬撃破がゼロへと襲いかかり、その動きを封じ込めた。ゼロはゼットセイバーで応戦す
るが、とても捌ききれる攻撃ではない。機を逃さず、スカリエッティはそのまま攻撃を続行させる。
「断地炎!」
炎を纏ったビームサーヴァーが突き落とされ、地面に刺さり爆熱の炎をまき散らした。
「ユニゾンも無しに、炎が使えるのか!?」
アギトが驚愕の声を上げるが、スカリエッティは爆熱の炎を剣にまとわせたまま、次なる技を繰り出し
た。
「龍炎刃!」
斬り上げられた炎の斬撃を、ゼロはゼットセイバーの上段斬りで受け止めた。炎が飛び散り、両者の視
界を焼き尽くす。威力は、やはりオリジナルのほうがはるかに上だ。打ち負かされ、ゼロは損傷を負いな
がら後退する。
ほとんど初めて見る多彩な技の数々に、六課の魔導師やナンバーズの姉妹らは声も出なかった。彼女ら
はオリジナルゼロ、もといオメガに対して圧倒的なパワーのみで敵を駆逐する破壊者という印象を抱いて
おり、それは必ずしも間違いではないのだが、ここまで強烈な戦技の数々を持っているとは思わなかった
のだ。
「さすが、私とはやてちゃんを退けたほどのことはある」
屋上へと姿を見せたなのはがポツリと呟き、傍らのフェイトに眼をやる。彼女もオメガと戦ったことの
ある一人だが、オリジナルゼロがこのような技を使えるとは知らなかった。剣技などの技巧であればゼロ
にも勝算があるのではないかと、そんな甘い考えさえ吹き飛ばされるかのような技の破壊力。フェイトは
声もなく戦闘を見つめていた。
「ゼロ、今の君にはオリジナルのみが持つ技という技を使えないだろう? それこそが君という存在が偽
者である証であり、この私が本物となった証拠だ!」
その断言に衝撃を受けたのは、ゼロ本人よりもむしろ周囲の人々であったろう。力にしろ、技にしろ、
ゼロはなに一つオリジナルに勝るものがないと証明されてしまったのである。このまま一騎打ちを続けて
いても、彼の敗北は火を見るより明らかだ。
「見ていられない、加勢する」
ゼロの窮地を悟り、ディードが動いた。双剣ツインブレイズを構え、二人の戦いに割って入ろうという
のだ。
「待て、ディード。お前にどうこうできる相手じゃ……」
「待てません!」
チンクの制止を振り切り、ディードが飛んだ。一度ISを発動させてしまえば、瞬殺の双剣士である彼
女を止められる者などいない。瞬速の斬光と化したディードはそのまま一直線にスカリエッティへと迫り
――
突如現れた青き光によって、弾き返された。
「ぐっ、これは!?」
衝撃に弾け飛び、ディードは体勢を崩しながら地面へと着地する。戦闘に割ってはいるつもりが、逆に
こちらが止められてしまった。馬鹿な、ツインブレイズの瞬速は、一部のナンバーズの姉妹を除けば、ゼ
ロ以外見切った者はいないはずなのに。
突然の出来事に、ゼロとスカリエッティも戦闘を中断して、現れた青い光を注視する。光は輝きとなっ
て人の形となり、それを見たなのはが薄笑みを浮かべて口笛を吹いた。
――二人の戦いの邪魔をしないで欲しい
光と同色の青い神官服に身を包み、頭に輝く輪を乗せた青年。その全身から放たれる神々しさに、誰も
が息を呑んだ。
「この声、さっきの」
温かみのある声を耳に響かせながら、セインが小さな呟きを漏らす。幻聴などではない、先ほどの声は
確かに彼から発せられたものである。
「エックス……」
ゼロが険しい表情で青年を、かつての戦友の名を呼んだ。
サイバーエルフエックス、古き異世界において、ゼロを超える戦士として存在した、最高のレプリロイ
ド。信念のために戦い、信念のために命さえも投げだし、それでも世界を見守り続けた心優しき英雄。
そしてゼロが唯一、友として認めた男。それがエックスだった。
「これはこれは、意外な人物の登場だね」
スカリエッティにとってもエックスの登場は予想外だったらしく、興味深げな視線を送っている。もち
ろん、攻撃を仕掛けられる可能性もあることから、いつでも応戦できるように逆撃の態勢を取ってはいた
が。
エックスはそんなスカリエッティの言葉を無視し、その場にいる全員に向かって声を発した。
――こういうことを言うのは得意じゃないが、〝ゼロ〟と〝ゼロ〟の戦いを邪魔する者はボクが許さない。
加勢も、援護も、ボクは認めない
宣言に、辺りが騒然となった。唐突に現れた謎の精神体が、突然そのようなことを言い出したのである。
戸惑わないわけがない。しかも、まともにエックスと面識があったのはゼロとシエル、それになのはだけ
であり、強い口調ではなかったにせよ押しつけとも言える言葉には若干の反発が巻き起こった。
「突然現れた奴が偉そうに、何様のつもりだよっ」
ノーヴェはそう言うとガンナックルの銃口を突き付けるが、それに対してエックスが行ったのは、彼女
に向かって視線で一瞥しただけであった。特に言葉を発したわけでもない、にもかかわらず、ノーヴェは
眼光に貫かれたかのようにその場で膝を突いた。
「あっ……くそ、なんだよ、これ」
力を失い、肩で息をするノーヴェ。そんな妹の姿を見ながら、まさか一睨みしただけで相手を戦意ごと
圧倒したのかと、チンクが自らの想像に戦慄を憶えた。ゼロの知り合いのようだが、まったくどうした、
まるで次元の違う存在のようにチンクの目には映った。仮に自分や他の姉妹がゼロに加勢するべく行動を
起こしたら、それを全力で排除出来るほどの実力がこの青年にはある。
チンクは後ろ手に構えていたスティンガーから力を抜き、抗戦の構えを解いた。妹たちに手を出してく
るならまだしも、そうでないのなら戦う必要はない。少なくとも、自分には。
「なんのつもり、エックス?」
不満げな声を、なのはがエックスにぶつけた。明らかに彼を知った上で話しかける彼女に対し、フェイ
トをはじめとした周囲が驚きの視線を向ける。だが、なのははそれを無視して、エックスだけを見つめた
上で言葉を続けていた。
「数を持ってオメガを、もといオリジナルゼロを破壊することがアナタの当初の計画だったはず。アナタ
はその戦力として私をミッドチルダに連れてきた……それなのに、今更一騎打ちに拘るっていうの?」
なのはとエックスは、共に親友を助けるためにミッドチルダへとやってきた。性差による考えの違いは
あるにせよ、目的は同じであり、そこにある想いも同じだとなのはは思っていたし、多少なりともエック
スに共感も覚えていた。
――少し見ない間に随分ボロボロになってるね。大丈夫なのかい?
「誰かさんが、女の子一人残してホイホイ先に行っちゃったからね。おかげで酷い目に合ったよ」
――女の子?
「そこに疑問を覚えないでよ……や、まあ、いいけどさ」
仮になのはが現実よりも早く六課に合流できていれば、この最終決戦の形も大きく変わっていたのでは
ないか? なのは、フェイト、はやてという強力な魔導師のサポートを受けたゼロは、苦戦はするにして
もオメガに勝利することが出来たはずだ。オメガは確かに最強のレプリロイドではあるかも知れないが、
無敵を超越した究極や絶対の存在ではない。現にはやて相手に敗北寸前まで追い込まれていたように、彼
は最強であっても倒せない敵ではなかったのだ。
今のこの場にしたところで、負傷者は多いかも知れないが戦力が皆無なわけではない。ナンバーズの姉
妹などはほとんど無傷であるし、自分やフェイトだってまだ戦える。にもかかわらず、当初の計画を捨て
去ってまでゼロとスカリエッティの一騎打ちに拘る理由はなにか? まさか、今更になって多勢に無勢は
卑怯だとでも言うのだろうか。
――事情が変わった、というしかない。こうなってしまった以上、結末は変えられない。変えられないの
なら、せめて犠牲の少ない方法を取りたいだけだ
犠牲という言葉に、シエルが反応を示す。まさか、エックスはオリジナルゼロの力を手に入れたスカリ
エッティには勝てないと思い、ゼロだけを犠牲にしてこの場を切り抜けるつもりなのか。以前、エックス
はゼロがオメガに勝つことは出来ないと言った。その予言めいた言葉は真実となり、現実となってゼロを
打ち倒したが、今尚エックスはその考えを捨てていないのだろうか。
いや、それとも……
――ゼロ、一〇〇年に及ぶ因縁、最後は君の手で決着を付けるんだ。君はもう、その方法が分かっている
はずだ
エックスの言葉に、ゼロは答えなかった。とある事情から、彼は戦友の顔を直視することが出来ないで
いたのだ。今の自分には戦友の、本当の英雄の姿は遠すぎた。
――さあ、最後の戦いだ
言葉に押されるように、ゼロとスカリエッティが前に出る。