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 私には昔友達がいた。もう顔も思い出せないが、確か女の子だったと思う。そこには私とそのこの二人だけが
いた。私たちは向かい合わせの小部屋に入れられ、二人の間には鍵の掛かった扉があった。いつの頃からか、
女の子が度々私の部屋を訪れるようになった。私より僅かばかり年上だった女の子は、私と色々なことを話し
た。私に様々なことを教えてくれた。
 けれど私には、女の子のする話をなにひとつ理解することが出来なかった。でも、それで良いと思った。彼女
が私の部屋のドアを叩き、鍵を開け、笑いながら入ってくる。私はそれを喜んで迎え入れたし、私にとって友人
とは、世界とは彼女だけだった。
 女の子は私になんでも教えてくれた。当時の私は飲み込みが遅かったから、女の子にとってはとても簡単な、
施錠された鍵を解錠することすら出来なかった。彼女は笑った。笑って、頑張ればその内出来るようになると言
った。私にはその自信がなかった。だから彼女に尋ねた。どうしてそう言い切れるのかと。すると彼女は、女の
子は答えた。
「想い続けていれば、叶わない夢なんてないんだよ」
 私にはやはり、彼女の言っていることが理解できなかった。理解できなかったが、彼女がそのように言うなら
その通りだろうと思った。

 何故なら私にとって、彼女こそがすべての答えなのだから。

 幾日が過ぎ、幾月が過ぎ、女の子が私の部屋を訪れる回数が減った。たまにやってきても膝を抱えて蹲るばか
りで、いつも見せてくれた笑顔はそこになかった。
 私は尋ねた、君はどうしてそんな悲しそうな顔をしているの? と。

 女の子は答えた。

「次は私の番だから」と。

 私にはやはり、彼女の言っていることが理解できなかった。理解できなかったが、彼女が悲しんでいることは
事実だった。だから、元気づけてあげたいと思った。
 また幾日かが過ぎ、女の子が来ない日々が続いた。そんなとき、私はとあることを閃いた。いつもいつでも彼
女を待つだけの自分だが、今日は自分から彼女の元を訪れたらどうだろうか? 彼女には言っていなかったが、
失敗ばかりしていた解錠の技術は既に完成させている。私が突然彼女の元を訪れビックリさせれば、彼女の暗く
悲しみに満ちた表情も吹き飛ぶのではないか?
 凄い名案のように思えたが、それは同時にとても勇気のいることだった。私はそのときまで、自分のいる小部
屋から外へ出たことがなかったのだ。しかし、最初の一歩が彼女のいる部屋に行くことなのだとすれば、それは
とても素晴らしいことなのではないか。
 私は勇気を出して、自分の部屋の鍵を外して外に出た。何年振りなのか、それとも初めてなのか、それすら判
らなかったが、そんなことを考えるよりも先に私は彼女の顔を見たかった。目の前にある部屋、その扉の鍵を外
す。コツさえ覚えてしまえば、確かに簡単なことだった。

 そして私は、扉を開いた。

 部屋は、私のいるところとあまり変わらない作りをしていた。いや、すべてにおいて同じであったと言っても
間違いではないだろう。違いがあったとすれば、それは一つだけ。

 その部屋には、誰もいなかった――



          第二三話「作られし者たち」


 フェイト・T・ハラオウンにとって、時の庭園とは幼少期を過ごした家であり、かつての家族との想い出が残
る場所だった。想い出とは必ずしも良いものばかりではないのだが、少なくとも時の庭園がフェイトにとって貴
重な存在であることには代わりがない。母と過ごした部屋、教育係と勉強をした図書室、使い魔と共に駆けた庭。
どれもがフェイトにとっては大切な、かけがえのない記憶であった。
 もう二度と巡り会うことはないと思っていた。しかし、庭園は再びフェイトの前に現れた。主を変え、外装を
変え、フェイトの敵として立ちはだかったのだ。
「懐かしいな……」
 塔を駆け上りながら、フェイトは呟いた。もう十年以上前になるのか? 自分が母親や、使い魔などと共に庭
園で暮らしていたのは。気付けば随分な月日が流れ、庭園での生活が遠い、遠い昔のことのように思えてならな
い。
 昔もこうして、使い魔と共に塔を駆け上ったことがある。どちらが速く屋上までたどり着けるかを競い合った
挙げ句、階段から足を踏み外して転がり落ちかけた。教育係が間一髪のタイミングで助けてくれたが、後でこっ
ぴどく叱られたのを今でも憶えている。
 ここはフェイトにとって、そういう場所なのだ。フェイト・T・ハラオウンの、いや、フェイト・テスタロッ
サの人生は、確かにここから始まったのだ。それが幼少期における僅かな期間であったとしても、その事実が覆
ることは永遠にない。誰がなんと言おうと、時の庭園はフェイトの家だった場所だ。
「けど、庭園は私が旅だった家であって、帰るべき家じゃない」
 想い出は過去であり、現在ではない。庭園にいくらフェイトの想い出が埋まっていようと、過去が新たな未来
を作り出すことはないのだ。
 フェイトのこうした考えをゼロが聞けば、彼は多少のほろ苦さを憶えて首肯したことだろう。彼もまた重い過
去を背負う者の一人だが、それを振り切るべくオメガと戦う道を選んだのである。決して似た境遇とは言えない
が、過去を背負う者として思うところがあったのだろう。フェイトと彼の関係性を知るゼロは、敢えて彼女を先
に行かせたような気がしてならない。そして、ゼロ自身は過去ではなく現在、今というときに向かい合わなけれ
ばいけない相手との戦いを選んだのだ。
「この扉を開ければ、大きな広間が広がっている」
 屋上の一つ下にある広大な空間。なんのためにあるのか、どういう目的で作られたのか、フェイトはそれを知
らない。昔の彼女にとっては使い魔との遊び場であり、今の彼女にとっては……

「戦いの、場所だ」

 フェイトは息を吐くと、両手に力を込めて扉を開いた。室内は広く、閑散としていた。装飾も調度品もない、
吹き抜けのような空間。その中央に、ジェイル・スカリエッティがいた。小さな檻のようなものを傍らに置き、
無言で宙を見つめていた。いつもの白衣は着ておらず、瞳はどこが虚ろに、物思いに耽っているようにも見える。
「……シエルさんっ!」
 よく見れば小さな檻の中には人影があり、フェイトはそれがシエルであること確認した。フェイトが声を上げ
たことで、スカリエッティはやっと彼女の存在に気付いたらしい。
「来たか……どちらが来るかと思ったが、なるほど、ゼロはドクター・シエルではなく、彼女との決着を選んだ
か」
 皮肉でも嫌みでもない、淡々と事実を確認するかのようにスカリエッティは言った。半ば予期していたのだろ
う、ここに現れたのがフェイトであるという事実に、彼は驚きを憶えていないようだった。むしろ驚いたのはシ
エルの方であり、何故ゼロではなくフェイトが来たのか、その訳を考えずにはいられなかった。オメガと戦って
いるから? いや、スカリエッティは彼ではなく彼女と言った。戦っている相手は女性だろう。だとすれば――
「卑怯で姑息な奴だと思っていたけど、人質を使うなんて……」
 軽蔑しきった視線と声で、フェイトはスカリエッティを睨み付けた。シエルが連れ去られた時点である程度は
覚悟していたことだが、こうもあからさまに示されると腹立たしくなってくる。しかし、これがもっとも効率よ
く敵に勝つ方法なのであり、スカリエッティがそれを選ばないわけがないのだ。
「人質か。それは違うな。彼女はこれから行われるゲームの観客に過ぎない」
「観客?」
「私が戦うんだ。勇姿を見て貰いたいと思うのは当然だろう」
 出来ればルーテシアが良かった、という本心は口に出さずにスカリエッティは笑う。
「ゼロとの再戦も考えていたが、まあ贅沢は言っていられない。君で我慢しよう」
「馬鹿にして! 私を舐めるな」
 声を荒げながら、フェイトはデバイスを構える。いつだってそうだ。いつだってスカリエッティは、自分のこ
となど眼中にない。こちらがどれほど因縁を感じていようと、彼にとって自分は興味や関心の対象に、敵になら
ないのだ。
 黄金の雷光がほとばしり、膨大な魔力が辺りへと放出される。スカリエッティは魔力計測器を持ち合わせてい
なかったが、持っていたとしても針が振り切れていただろう。最大魔力保有量ではやてに劣るものの、フェイト
もまた管理局では最高位に位置する魔導師である。それが今、すべての制約や制限を解除して、全力を持って敵
に挑もうとしているのだ。
「判らないな。ドクター・シエルのために命を賭ける理由が、君にはないはずだ。どうして彼女を助けるために、
勝てもしない相手と戦うことが出来るんだい?」
「シエルさんを助けるためだけじゃない。私がお前と戦うのは、私自身の因縁に決着を付けたいからだ」
 フェイトには、少なくともスカリエッティと戦うだけの理由はある。彼がプロジェクトFの技術を作り出した
張本人であり、自身が放棄した研究を外へと流出させた張本人である以上、フェイトとスカリエッティの間には、
消えることのない因縁が存在するのだ。
「プロジェクトFか……確かに君の出自を考えれば、こうして私の前に敵として現れるのも、運命の巡り合わせ
なのかも知れないな」
 かつて捨て去った技術の集大成が、戦闘機人をも上回る強さを得たこと自体、奇跡としか言い様がない。スカ
リエッティはこれに対し感心するべきなのか、それとも悔しがるべきなのか、容易に判断できなかった。ただ、
例え自分があのままプロジェクトFの研究を続けていても、フェイトのような作品が作れたとは思えない。元々、
そういう目的で研究していた技術でもないのだ。彼は自分の欲望の儘に研究をしていただけに過ぎないが、フェ
イトの母親、プレシア・テスタロッサは執念で完成させた。出来映えに不満があったとはいえ、その差がスカリ
エッティにフェイトのような完成作を与えなかったのだろう。
「良いだろう、君に戦う理由があるというのなら、君は私の敵だ、フェイト・テスタロッサ」
 言葉に、フェイトは息を呑んだ。彼女は初めて、スカリエッティから自身を敵として認められたのだ。
「君に見せてあげよう、私の新たなる力、そのすべてを」
 スカリエッティが指を鳴らした。乾いた音が辺りに響き渡り、途端に空間を揺らすような震動が巻き起こる。
フェイトの放出する魔力を押し戻すかのように、スカリエッティの周囲に巨大な装甲が出現した。
「それは、あのときの!?」
 オメガアーマー、スカリエッティが再生した最強のレプリロイド装甲。以前フェイトが見たのは右腕だけだっ
たが、今やすべてのパーツが完成し、スカリエッティへと装着されていく。その身をオメガアーマーに包み込み、
巨大な姿持ってフェイトの前に君臨するスカリエッティ。巨体から来る圧倒感を否定することは、フェイトであ
っても難しいだろう。
「フェイト・テスタロッサ、プロジェクトFの申し子よ。お前にはこの創造者ジェイル・スカリエッティが、
直々に引導を渡してやろう」


 その頃、時の庭園の外では時空管理局クロノ艦隊が接近しつつあった。オメガの攻撃によって態勢を崩した彼
らであるが、やっと艦隊の再編を済ませ再進撃を開始したのだ。
「そうか、グレアム提督がな……」
 旗艦クラウディアの医務室に、八神はやてがいた。オメガとの戦いに敗れ、瀕死の重傷を負った彼女であるが、
高町なのはによる応急処置と、収容されたクラウディアの医療スタッフの力によって、なんとか一命を取り留め
ることが出来たのだ。並の魔導師なら三回は死んでいる、医務官はそのように言いながらはやての“しぶとさ”
に驚いていた。はやて自身も、我ながら“しつこい”と思ってはいたが、折角助かった命である、素直にありが
たがっておくとしよう。
「提督は電撃作戦を持って管理局の上層部を掌握した。しかし、表向きには三提督を人質にしたクーデターに過
ぎない。反感を持つ奴もいるだろうし、提督が退役してからの帰還を考えれば、彼を知らない奴らも少なくはな
い」
「つまり、反撃が開始される可能性があると?」
「ないとは言い切れない。オーリス・ゲイズの会見によって世論は動いた。上層部の行いに疑問や叛意を持った
連中もいるだろう。けど、それでも忠義面を捨てきれない奴もいるのさ」
 そうした連中による反撃が開始される前に、スカリエッティを倒さねばならない。クロノの言い分はもっとも
であるが、ならば何故クラウディアを初めとした艦隊は陸戦要員を派遣し、時の庭園へ突入させないのか? は
やての疑問に、クロノは首を横に振った。
「オメガに撃沈された艦があるだろう? あれ、陸戦要員の揚陸艦だったんだ」
 クロノの言葉に、はやては絶句してしまった。運が悪いとか、そういうことでは済まされない問題だった。無
論、他の艦にも戦闘用の魔導師や騎士はいるのであろうが、あくまでそれは艦の護衛役である。
「艦砲射撃を行おうにも、アースラを始め六課面々が突入しているからな」
「だから、手の出しようがないと?」
 それでは単なる役立たずではないか、とはやては言いそうになったが、仮にも命を助けて貰った身である。
軽々しい発言は控えるべきであろうと判断し、深いため息を吐くに留めた。クロノはそんなはやての心境を察し
たのか、取り繕うように口を開いた。
「エース・オブ・エース、高町なのはは既に庭園へと突入している。フェイト立ちと合流すれば、かなりの戦力
アップになるはずだ。それに……」
 言葉を切ったクロノに、はやては視線を向ける。疲労により顔色は優れなかったが、クロノの表情には確かな
覇気があった。
「それに、庭園に向かったのはなのはだけじゃない。彼女たちもまた、スカリエッティとの決着を付けるべく出
撃している」
「彼女たち……? まさか!」
 確かに、彼女たちは既に自由の身となっている。どのように身を振ろうと、管理局はそれを制限することは出
来ない。けれど、だからといって……
「僕たちにとってスカリエッティは犯罪者だが、彼女たちの場合は違う。彼女たちにとって、これは家族の問題
なんだそうだよ」
「家族、か。あいつ等がそんなことを?」
「あぁ、片目の少女が言っていた。自分たちを行かせて欲しいと、僕に頭を下げに来たときにね」
 クロノとしては少しでも六課の援護をしたい状況であったし、管理局の上層部が乗っ取られたからと言って、
赦免状が無効になるわけでもない。二つ返事で了承する以外、選択肢はなかった。
「クロノ、アンタ最近家族とはどうしてる?」
「……しばらく会ってないよ。この戦いが終わったら、一度地球へ行こうと思ってる。事後処理もあるんだろう
けど、休暇ぐらい貰えるだろうし。いや、違うな、もしかしたらクビになってるかも知れないな。事情がどうで
あれ、僕も反逆者の仲間入りだ」
 自虐的に笑うが、そのときはそのときだ。妻から三行半を突き付けられる可能性もある。受け入れるしかない
と思っている一方で、彼女なら自分の行いを理解してくれるのではないかと期待している心もある。
「どちらにせよ、家族と再会するのはこの戦いに勝ってからだ。生き残らないことには、僕たちに先はない」
 そのためにどれほどのものを犠牲にしなければいけないのか? これから流れるであろう血の量を、クロノに
想像することは出来なかった。願わくば、これが最後の流血であろうことを祈るだけだ。どちらにせよ管理局の
時代は終わる。であれば、それを証明するためにも戦いや流血は必要なのだ。

 オメガを追撃し、そのまま庭園へと突入した高町なのはであるが、今のところ敵との遭遇もなく、順調に内部
を突き進んでいた。オメガはよほど庭園内に精通しているのか、あっさりとなのはの視界から消えてしまった。
一緒にいたはずの連れもいつの間にか姿を消しているが、これは割と良くあることなので気にならない。
 時の庭園はなのはにとっても懐かしい場所であるが、今は懐かしさ以上に正確な内部見取り図でも欲しいとこ
ろであった。なにせ十年以上前に一度来たきりであり、実際に暮らしていたフェイトならまだしも、なのはにと
っては迷路にも等しく思えた。
「魔力反応は確かにしている。上の方で、みんなが戦ってるんだ」
 大廊下を飛行魔法で駆け抜けながら、なのはは呟いた。いつもならば天井や壁を砲撃魔法で貫いて、敵を探し
て飛び抜けるところだが、味方の正確な位置がわからない以上、やたらめったら砲撃も行えない。
 もどかしさに耐えながら進むなのはだったが、ふいに視界へ人影が映った。前方で、誰かが蹲っている。
「フェイトちゃん!?」
 そこにいたのはフェイトだった。戦闘で負傷したのか、ボロボロになったバリアジャケットを身につけながら、
微動だにしない。なのはは飛行魔法を解除し、慌ててフェイトへと駆け寄った。
「なのは……」
 弱々しい声で、フェイトは呟く。動けないのか、今にも力尽きそうな姿をなのはは助け起こそうとして、そし
て――
「――っ!?」
 寸前のところで、フェイトの指から生えたかぎ爪の一閃を避けた。バリアジャケットが軽く薙がれ、直撃して
いれば肉を削ぎ落とされていただろう。距離を取るなのはに対し、“フェイト”はゆっくりと立ち上がった。
「今のを避けるなんて、なかなかやるわね。でも、どうして判ったの? 私が偽者だって」
 フェイトの姿が崩れ、別の女の姿が現れる。ナンバーズ二番ドゥーエ、偽りの仮面を持つ女。
「さあ、しいて言うなら匂いかな」
「匂い?」
「フェイトちゃんはもっといい匂いがするのに、あなたからは血の臭いしかしなかった」
 なるほどね、とドゥーエは呟いた。確かに染みついた血の量で言えば、ナンバーズの中でも自分は相当なもの
だろう。偽りの仮面も、染みついた臭いまではごまかせなかったと言うことか。
「残念だけど、ここを通すわけにはいかないわ」
 爪形の固有武装、ピアッシングネイルを鳴らしながら、ドゥーエが挑戦的な視線を送る。
「私に勝てると思ってるの? 見たところ、あなたは戦闘タイプじゃなさそうだけど」
 なのはの指摘は正しい。ドゥーエは戦闘機人ではあるが、その専門は戦闘ではなく潜入や諜報活動などが主で
ある。戦闘能力が皆無なわけではないし、それなりの力も持ってはいるが、なのはほどの実力者と比較できるわ
けもない。確かに、まともにぶつかっては勝負にすらならないはずだ。
「どうかしら? 世の中、やってみないと判らないこともあるわ」
 余裕の色を崩さないドゥーエの態度は、なのはにとって不快だった。こんなところで道草を食っている暇はな
いのだ。さっさと倒して、先に進まねばならないのだから。
「通さないというのなら、力ずくで通して貰う!」
 アクセルシューターが速射され、ドゥーエに襲いかかる。ドゥーエは軽い身のこなしで中空へと避けるが、な
のははすかさず距離を詰め、ショートバスターによる砲撃で一気に勝負を付けようとした。
「あらあら、勝ちに急ぐなんて……弱く見えますよ?」
 呟きながら、ドゥーエの姿が変化していく。それに構わずなのはは砲撃を放とうとしたが、ドゥーエの方が早
かった。変化を遂げた姿を前に、なのははの攻撃が止まる。
「えっ――?」
 一つ結びにした金色の長髪、黒を基調としたバリアジャケット、すべてに覚えがあった。
「また私を殺そうとするの? なのはママ」
 偉大なる聖王が、いるはずのない少女がそこにいた。
「ヴィヴィ、オ……」
 動揺し、攻撃できなくなったなのはを見て、ヴィヴィオの顔が歪んだ。目を見開くなのはに右手を突き付け、
衝撃波を放ったのだ。

 避けることは、出来なかった。


「ナックルバンカー!」
 リボルバーナックルに魔力が高まり、硬質のフィールドが生成されていく。ギンガはその鉄をも砕く拳の一撃
を、ゼロへと打ち込んだ。ゼロはとっさにシールドブーメランを展開したが、硬さが違った。この技は敵の武器
破壊を前提とした、カウンター攻撃としても使うことが出来る。耐えきれず、破損したシールドブーメランは、
もはや盾としても武器としても使用不能であった。
 ゼロはバスターショットを連射してギンガを牽制するが、ナックルスピナーの回転に弾き飛ばされ、動きを止
めることすら出来なかった。
「ストームトゥース」
 すかさず距離を詰めたギンガによって、格闘技法シューティングアーツによる連続打撃が叩き込まれる。まと
もに食らったゼロは吹っ飛び、体勢を大きく崩す。追い打ちを掛けるように魔力光が放たれ、赤と紫の光がゼロ
へと降り注いだ。
 オメガを除いて、ゼロがここまで一方的に敵に打ちのめされることは早々ない。ゼロが弱いのではなく、ギン
ガが彼に匹敵するほどの強さを見せつけているのだ。
「どうしたのゼロ? あなたの力はこの程度!?」
 挑発の叫び声を上げるギンガに対し、ゼロが仕掛けた。受けたダメジーをものともせず中空へとジャンプする
と、チェーンロッドを振り放った。チェーンがリボルバーナックルへと絡みつき、ゼロは着地と共にギンガの左
腕を締め上げた。
「こんなもので、私の腕を封じられるとでも?」
 強制的に回転を止められたリボルバーナックルであるが、締め上げられたところで傷一つ付かない。ギンガは
空いている右手でチェーンをつかむと、魔力を込めて力任せに引きちぎった。そのまま千切れたチェーンをつか
み取り、放り投げるようにギンガはゼロを投げ飛ばす。
「チッ――!」
 ゼロは武器としての力を失ったチェーンロッドに固執せず、再度バスターによる連射を行った。ギンガはアブ
ゾーブグリップを駆使してこれも避けると、ゼロとの間に一定の距離を保つ。
「ゼロ、なんのつもり?」
 苛々したように、ギンガは床を蹴り叩いた。
「ぬるいのよ、あなたの攻撃は。そんな手加減したままで、私に勝てると、私を殺せると思ってるの!」
 ゼロが本当に手加減しているかはともかく、確かに彼の攻撃は苛烈さに欠けていた。小手先だけの小細工にな
んの意味があるというのか、命を賭けてこの戦いに挑んでいる自分をなんだと思っているのだ。
「あなたが自分の世界に帰ってから、私はずっと覇道を歩み続けた。すべてに絶望し、あらゆるものを捨て去り、
その果てに私は辿り着いた。そして私は魔導師と戦闘機人を超えた存在になったのよ」
 そうしなければ、この血と汚物にまみれた身体に生きる価値など無かったから。ギンガの言葉に対し、ゼロは
静かに口を開いた。
「だったらお前は何故、全力を出さない」
「なんですって? 私がいつ」
「お前はどうして、スバルを倒さなかった」
 ゼロの指摘に、ギンガは言葉を詰まらせた。彼の口からその名が出てくるとは、思っても見なかったのだろう。
「お前はかつて妹のスバルと戦った。だが、お前はスバルを殺さなかった。それだけの力がありながら、倒すこ
とすらしなかった」
「それは……それはあの子が」
「スバルはオレに、お前を頼むと言った。彼女はまだ諦めていない。諦めるわけがない。自分自身が生きている
事実こそが、お前を信じるだけの理由になるのだから」

 ならば、オレもそれに賭けるだけだ。

 ゼロの強い瞳を避けるように、ギンガは顔を背ける。
「くだらない、くだらないわそんなの! 現実に、私とあなたは殺し合いをしている。この戦いはどちらかが生
きるか死ぬか、それ以外の結末なんてないのよ!」
 ブリッツキャリバーを加速させ、ギンガは一気にゼロとの距離を詰めた。そしてキャリバーショットによる蹴
りと拳の打撃を放つ。ほとんど無意識に放った攻撃だったが、ゼロはギンガの蹴りを捌き、拳の一撃を片手で受
け止めた。
「なっ――」
 驚くギンガに、鋭さを増したゼロの表情が飛び込んでくる。
「ギンガ、全力で来い。お前の言う覇道の先で得た力を、全部オレにぶつけろ。お前のすべてを斬り裂いて、オ
レが勝つ!」


 ゼロとギンガが激しい攻防を繰り広げる中、フェイトとスカリエッティの戦いも開始されていた。
「プラズマバレット!」
 まずは小手調べと、無数の誘導弾がスカリエッティへと撃ち込まれてゆく。スカリエッティは特に回避行動も
取らず、オメガアーマーの硬さを持って弾き飛ばした。当然の如く、アーマーには傷一つ付いてはいない。
「そんな豆鉄砲、この装甲に通用するものか」
 アーマーの瞳が輝き、高出力のレーザー砲が発射される。フェイトはブリッツアクションでこれを避けると、
距離を詰めてハーケンスラッシュによる斬撃をお見舞いした。巨体が揺れるも、やはり損傷はしていない。レー
ザー砲が再び放たれるが、フェイトはこれも避けると今度は一転して敵との距離を取った。
「ハーケンセイバー!」
 叫び声と共に、ハーケンフォームから魔力刃が射出された。高速回転しながらスカリエッティへと迫るこれは、
鋼鉄をも切断する威力を持っている。あるいは、この攻撃ならば……
「甘いな、その攻撃は計算済だ」
 アーマーの左腕を突き出し、スカリエッティはあろうことか手の平で魔力刃を受け止めて見せた。リング状の
ビームであるフープショットのエネルギーを利用し、ハーケンセイバーはあっさりと相殺されてしまう。
「君の攻撃など、私に効くものか」
 勝ち誇るスカリエッティであるが、フェイトは一切無視していた。それどころか、彼女はハーケンセイバーを
囮に更なる強力な一撃を放とうとしていたのだ。
「なにっ!?」
 フェイトの左腕に雷撃の魔力が結集する。その力はプラズマスマッシャーのパワー軽く超えていた。
「トライデントスマッシャー!!」
 魔法陣から放たれた三本の光条。それらは直射砲となってスカリエッティへと迫り、オメガアーマーへと着弾
することで結合、大威力の雷撃砲となって炸裂した。トライデントスマッシャー、かつてのプラズマスマッシ
ャーを凌駕する、フェイト最強の砲撃魔法である。
「す、凄い……本当に強い」
 フェイトの畳み掛けるような怒濤の猛攻に対し、檻の中のシエルが感嘆の声を漏らす。魔導師による戦闘を間
近で見たのは初めてだが、機動力と多彩な技の数々を見せつけるフェイトの姿は、シエルにとって羨望に近いも
のがあった。自分にもアレだけの力があれば、いつもゼロを送り出すだけにはならないものを。無い物ねだりに
過ぎないが、そう思わずにはいられないほどフェイトは強かったのだ。
「しかし、オメガアーマーは更にその上を行く」
 轟く声に、フェイトとシエルが目を見開いた。砲撃は確かに直撃したはずなのに、煙が晴れた先には変わらず
無傷のオメガアーマーが立っていた。回避も防御もせず、硬さのみで砲火を受けきったというのか。
「言ったはずだよ、“豆鉄砲”など私には通用しないと」
 フェイトは強い。シエルが感嘆するまでもなく、彼女は管理局でも有数の実力者であり、魔導師としても完成
された存在である。フェイトは決して弱くなどない、スカリエッティが、オメガアーマーが強すぎるのである。
 アーマーの中で、スカリエッティは勝ち誇った笑みを浮かべ続けていた。戦いが開始されてから、彼はこの笑
みを崩してはいない。
「さて、そろそろ私が攻撃する番かな」
 呟くと、スカリエッティはアーマーの背中に下げた大剣、ピアッシングソードに手を掛ける。フェイトのザン
バーよりも巨大な、オメガアーマー最強の武器。身構えるフェイトに、スカリエッティは笑いかけた。それは敗
者に対する同情であった。

「跡形もなく、消し去ってくれる」

 引き抜かれたい剣を構えるスカリエッティ。その身体が、オメガアーマーが、光り輝いていく。
 これは、これはまさか――!?

「フルチャージ完了……終わりだ」
 アーマーの前進が光り輝くと同時に、スカリエッティが駆け出した。その速さは、フェイトすらも目を見張る
ものだっただろう。

「砕け散れぇっ!!」

 オメガアーマーのチャージ突きが突き出され、巨大な大剣による突撃がフェイトへと襲いかかった。

                                つづく