ゼロとはやてがナンバーズ六番セインへの面会を取り付けたのは、なにも彼
女が施設内で特別な存在だったからではない。そもそも管理局員であっても相
応の地位と理由を持つ者でないと、隔離施設に足を踏み入れることすら難しい。
地上における後ろ盾が多いとは言えないはやてにとってもそれは同じ事で、こ
こまで手早く済んだのはやはり最高評議会が許可証を出したからだろう。
最高評議会に申請してみてはどうかといったのは、頭を抱え悩み混んでいた
はやてを見かけたなのはが、事情を訊くなりそう助言をしたからだ。ダメ元で
もする価値はあるといわれ、本当にダメ元で申請してみたら、あっさり許可が
下りた。というのも、最高評議会はこのところジェイル・スカリエッティの捜
索に熱を上げており、連続魔導師襲撃事件との結びつきが判明してからは、躍
起になって直接命令を飛ばすことが多くなった。はやてはそれがなにか焦って
いるようにも見えて仕方がないのだが、最高評議会は大小様々な地上部や陸士
隊を各地に派遣し、網の目の捜査を行わせている。はやてに対する許可証も、
それでスカリエッティに繋がる道が見出せるならと、そういった理由からだっ
たのだろうか。
「そういうわけで、お前さんらに会いに来たわけだが……おーい、自分、聞い
とるか?」
はやての言葉は、面会したセインの耳に入っていなかった。区切りもなにも
ない応接室で引き合わされた三者だが、セインは面会に訪れた二人のうち、一
人しか見えていなかった。
「本当に……戻ってきたんだ」
信じられないものを見るかのように、これが現実であることを認識できない
かのように、セインは夢心地だった。
「久しぶりだな」
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ゼロは極めて簡潔な挨拶をした。
元が無口とはいえ、もう少し感情の籠もった挨拶は出来ないのだろうか、そう
思ったのはセインでなくはやてであったが、挨拶をされた当人は全く気にして
いなかった。それどころか、
「……ゼロォっ!!!」
はやてがいることを本当に無視して、セインはゼロに飛びついた。いや、彼
女に言わせれば抱きついたつもりなのだが、はやてには犬が飼い主に飛びつく
ような、そんな印象を受けた。
「もう、もう二度と会えないと思ってたのに! なんで? どうして?」
ゼロがどうしてここにいるのか、セインはそれが理解できないのだろう。も
ちろん順序立ててこれまでの流れを説明してやるつもりだが、説明役となるの
はゼロよりもずっと多弁で話し上手なはやてである。
「でも、これは……なぁ?」
セインの嬉しさや喜び、それらが混じり合った取り乱しっぷりに苦笑しなが
ら、はやてはそれを邪魔することもないとコーヒーの入ったカップに手を伸ば
した。
一頻りの抱擁、抱擁と言うには随分一方的なものだったが、それを終えた後
にはやてはセインに事情を説明した。連続魔導師襲撃事件のことをセインが知
らなかったのは、隔離施設がその名の通り外界と遮断されており、外の情報が
遅れて入るからだろう。魔導師や騎士が襲撃を受けたと聞いても、イマイチピ
ンと来ないセインであったが、裏でスカリエッティが糸を引いているとなれば
話は別だった。
「そう、ドクターが……今度はそんなことしてるんだ」
ゼロのオリジナルボディを操り、再び世界を混乱と破壊の渦に巻き込んでい
る。スカリエッティは、まだ夢を諦めていないということだろうか? 彼の夢
がなんなのか、それはセインにも未だわからないが、ゼロの世界に赴いてまで
始めた新しい企み、ろくでもないことでは済まされないはずだ。
「スカリエッティは、私らに言わせれば頭のイカれた狂人や。思考も、発想も、
行動も、なんの予測も予想もできへん」
だから、ナンバーズを訪ねてきた。スカリエッティを父に持つ彼女らなら、
あるいはその行動パターンも読めるのではないか? 希望的観測に過ぎないが、
あながち的外れとは言えなかった。
「まあ、ドクターのことだしね」
スカリエッティにかんしては、彼によって作り出されたセインらでも理解しかねる
部分が多く、彼との繋がりや関わりの薄い常人では、確かに狂人の域に達してい
ると思われても仕方がないのかもしれない。
「それで、わざわざ私たちにその情報を伝えに来たわけじゃ……ないんだよね」
ゼロと再会したことで心は半分以上舞い上がっていたが、だからといって冷
静な部分が残っていないわけじゃない。ここにいるのがゼロと自分だけなら時
間の許す限りベタベタしていたかも知れないが、はやての軽薄そうに見えて余
談を許さない圧迫感に、セインは少し萎縮していた。
「単刀直入に言おう、六課に協力して欲しい」
スカリエッティの捜索と、その逮捕に力を貸せと言っているのである。セイ
ンらナンバーズがスカリエッティの部下であったことを考えれば、普通は承諾
されるわけがない頼みである。
それなのにすぐ断らなかったのは、スカリエッティとナンバーズの関係が昔
に比べ、決して良いものではなくなっている証拠だろう。セインはスカリエッ
ティに見捨てられた事実も合ってか、彼に対する忠誠心が欠如し、信頼は地の
底に落ちていた。
「私は……みんなに相談してみないと。協力って、私だけじゃないんでしょ?」
「いや、まずはお前さんだけや」
「へっ?」
ナンバーズに協力を取り付けるのは、本人たちの意思だけで決まるわけでは
ない。収監中、拘禁中の身であるからには簡単に外に出すわけでもいかず、唯
一拘禁する必要がなかったセインだけは例外として扱えたのだ。
「そんな、私だけなんて……そんなの」
「お前さんの働き次第で、まあ、上を説得することも出来るかも知れへんよ?」
セインの協力に成果が出れば、有効性を認めた上層部が他の姉妹を外に出す
許可を与える可能性がある。セインを外に出すことが出来たのだから、まるき
り嘘というわけでもない。
はやての言葉に戸惑うセインは、寡黙を貫いているゼロへと視線を向けた。
「ゼロは……えっと」
なにを言おうとしたのか、セインは特に決めていなかった。彼に協力を請わ
れれば、彼の言葉で頼まれれば、自分は首を縦に振っただろう。けれど、それ
ではまるでゼロを言い訳にしているようで嫌だった。
「ゼロは、なんでこの世界に戻ってきたの?」
必ずしも訊きたい質問ではなかったが、興味がないといえば嘘になる。スカ
リエッティなどにかかわらず、自分の世界で安寧とした生活を送ることも可能
だったのではないか? そういう選択肢も、あったはずだ。
「オレは、オレの過去に決着を付けたい」
「過去に……?」
「でないと、オレは前に進めない」
オメガと、その仲間を自称するスカリエッティ。ゼロにとってオメガは自分
自身であり、過去だ。過去と決別し、今に決着を付けることで、先への道が開
けるのではないか。
「前に進むために、か」
セインはゼロの言葉を呟き、目を閉じた。そしてすっと息を呑み、吐いた。
「とりあえず、みんなに話してみるよ。私一人だけの問題でも、ないから」
機動六課からの協力要請を受けたナンバーズの姉妹らであったが、その反応
は様々だった。セインはゼロと再会できたこともあってか一応協力する気満々
なのだが、反対意見も当然あった。
「あたしは嫌ッスよ。管理局は機動六課、それもゼロの味方をするなんて。あ
んな英雄気取りの手助けなんて、ごめんッスね」
口火を切ったのは、ウェンディだった。片手で彫刻細工を弄びながら、ゼロ
に対する不快感を口に出した。
「なんてこと言うんだよウェンディ! ゼロに失礼じゃないか」
反論するセインであるが、それはどちらかといえば理性より感情に左右され
たものだったかも知れない。
「アイツが! アイツがこの世界に現れて、ドクターがアイツに興味を持って、
それですべてが変わった! あたしはゼロが許せないッス。ゼロのせいで、ド
クターやナンバーズはダメになった」
言いがかりもいいところだ、とゼロが反論するかは判らないが、ウェンディ
の意見はそのようなものだった。再反論を試みようとして、セインは止めた。
一側面から見ればそれもまた事実であり、自分のようにゼロに好意的なことが
稀なのだと気付いたからだ。
「ディードはどう?」
一人、一人、意見を貰うことにしたセインは、次にディードへ視線を向けた。
「……協力することに対して、私はやぶさかではない」
彼女の場合は、単にスカリエッティを嫌っているだけだろう。個人的な理由
から彼を倒したくて堪らないのだ。
「そうだね、協力もいいかもしれないね」
そのように言葉を続けたのは、ディエチであった。ディードと似た理由で、
彼女もスカリエッティに良い感情を持っていない一人だ。
だが、全員が全員、スカリエッティのことを嫌っているというわけでもなく、
「でも、ドクターと戦うのは……嫌な感じがする」
ノーヴェが控えめに、そのように呟き漏らした。他の姉妹ほどスカリエッテ
ィを嫌っていない少女は、父親としてのスカリエッティに健気にも僅かな期待
を寄せているのだ。
「ノーヴェは、やめとく?」
そのことを知っているセインは気を使うが、ノーヴェは首を横に振った。
「いや、あたしはチンク姉の意思に従う。それだけだ」
名を呼ばれ、セインを含めた全員の視線がチンクへと集中した。ナンバーズ
五番、稼動歴は十年以上。この場にいる姉妹では文句なしの最年長だ。そんな
姉に決定権をゆだねるのに疑問はないが、チンクは黙ってセインや他の姉妹の
言葉に耳を傾け、未だ口を開いていなかった。
「……正直な話、私は管理局が好きじゃない。ゼロのことも、戦士としては尊
敬に値するが、今でも敵であると思っている」
チンクの言葉に、姉妹は様々な表情を見せながら聴き入る。
「けれど、現実的な話をすれば、ドクターが見つからない限り私たちはずっと
この隔離施設の中、無為に過ぎる時間をただ浪費するだけの毎日を送ることに
なるだろう。私やセッテはそれでいいかもしれないが、お前たちがそれに付き
合う必要はない」
セッテは独房に入ったまま、話し合いに参加しようともしなかった。セイン
やチンクの言葉にも耳を貸さず、彼女だけは絶対に協力することはないだろう。
「ドクターと別れてから数ヵ月、そろそろ私たちもお互いに決着を、ケジメを
つけるべきなのかも知れない」
管理局やゼロのことを抜きにしても、それはしておくべき事だろう。チンク
の言葉に反論はなく、誰もが納得をしていた。チンクは視線をセインに向ける
と、軽く笑みを向けた。
「行ってこいよ、セイン。お前は元々、私たちを気遣ってこの施設に一緒に入
ってくれたんだ。お前には外へ出る権利があるし、そのことに対して文句を言
う姉妹はいない。いたとしても、私がそれを許さない」
「チンク姉……」
姉の言葉に、セインはまぶたが熱くなるのを感じた。ディードやディエチは
黙って頷き、ウェンディは複雑そうに顔を背けるも、明確に反対はしなかった。
唯一、ノーヴェだけが興味深そうに、好奇の視線をセインに向けていた。
「みんな、ありがとう」
こうしてセインは数ヵ月ぶりに施設の外に出ることとなった。準備があるか
らと足早に駆けていったセインを見送りながら、ノーヴェがウェンディに声を
掛けた。
「なぁ、ウェンディ」
「ん? どうしたッスか」
まだ少し不満が残っているのか、彫刻細工を弄びながら投げやりな口調で
ウェンディは答えた。
「セインってさ、ゼロって奴のことが……その、なんだ、好きなのか?」
問いに、ウェンディは思わず彫刻細工を落としそうになった。
「な、なんッスか。いきなり」
「なにって、気になったから……」
あれだけ判りやすい態度もないだろうにとウェンディは思ったが、ノーヴェ
が真顔で訊いてくるので、彼女がそれなりに真剣に質問していると気付いた。
「まあ、好きなんじゃないッスか?」
「どうしてだよ?」
「えっ? どうしてって」
そりゃ、好きになる部分、惚れ込むだけの魅力がゼロにあったということだ
ろう。まあ、ゼロが好きではないウェンディからしても、顔は良い方だと思う
顔が良ければ力も強い、かといって熱血漢ではないとびきりクールな性格……
いかにも年頃の娘が好きそうなタイプではないか。
「そうか……そうなのか」
「ノーヴェも、ゼロのことが気になるんスか?」
「ん? いや、まったく」
ハッキリ否定するノーヴェ。どうやら、彼女はゼロに欠片の興味も抱いてい
ないらしい。確かに色恋に現を抜かすノーヴェなど、なかなか想像できるもの
ではないが。
「ただ、なんかセインは凄いんだなって」
「凄い? なにが?」
「戦闘機人なのに、誰かを好きになったり、恋って言うのか? それをしたり
さ、あたしにはよくわからないんだよ……だから、少し羨ましい」
戦闘機人という存在でありながら、《人並み》に恋をすることが出来た姉が、
ノーヴェはとても羨ましかった。ゼロも人間ではないとか、そんなことはどう
でもいい。セインが誰かを好きになった、その事実にノーヴェは興味を抱き、
新鮮な驚きを感じていたのだった。
港に停泊するボートのキャビンで、シエルが一人ノートパソコンを広げて作
業をしていた。フェイトと違って当然の如くゼロに同行したシエルであるが、
この世界では異世界人であっても民間人でしかない彼女は施設内に入る許可が
下りず、こうしてボート内でゼロの帰りを待っているのだ。
「セルヴォったら、こんなものまで考えてたなんて」
持ち込んだノートパソコンの画面に映っているのは、ゼロやシエルの世界の
技術者であるセルヴォが、彼女が異世界へと旅立つ前に託した各種データだっ
た。セルヴォは次元航行艇の修理や、ゼロの武器の再製作など時間が許す限り
技術者としての腕を振るったが、それでもまだ不満があったらしく、「時間さ
えあれば」と唸っていた。そこで、せめてデータだけでも持って行ってくれと
託されたのが、今画面に映っているものだった。
「ゼロ用の支援機……確かにこの世界の技術レベルなら、これを作り上げるこ
とは可能かも知れない」
必要なのは、資材と人員か。いや、形となった資材さえ揃っていれば、自分
一人でもなんとかできるかも知れない。とはいえ向こうの世界から持ってきた
パーツで作れるものではないし、本当に製作するなら現地調達をするしかない。
「誰かに頼むしかないのかしら」
ゼロを介して頼むという方法もあるだろうが、シエルはそれをなるべく避け
たかった。彼が六課や管理局に、必ずしも好意的に迎えられていないことを悟
ってから、そう無理を強いることは出来ないと控えているのだ。それでなくと
も、あまり人と関わることが得意ではない自分に気を使わせてしまっているの
だ。
「このままじゃ良くない、ゼロに甘えてばかりじゃ……私は」
そんなことでは、ゼロの最良のパートナーになることは出来ない。エックス
に言われてから、密かにそうなりたいと思い続けているシエル、ゼロの隣に立
つには、自分も変わらなければ、成長しなければいけない。
「やっぱり、招待を受けよう」
昨日、八神はやてから誘われた夕食の件は、なにせゼロが戦闘を行ってきた
と言うこともあって、お流れとなった。それにシエルは内心ホッとしてしまい、
そう思ってしまった自分に軽く自己嫌悪を感じていた。
「頑張らないと、私も」
はやてとは、ここに来る間にそれなりに会話をした。というより、彼女が積
極的に話しかけてきたので、釣られてシエルも話をしてしまったのだ。はずむ
会話、というほどではなかったにしろ、ぎこちなさは少なくなったかも知れな
い。普通に会話をするぐらいなら、もう大丈夫だろう。
「後は……フェイトさん、だっけ」
フェイト・T・ハラオウンという女性、金の絹糸を束ねたような長髪に端麗な
容姿、綺麗な人だと、シエルは素直に感じていた。まだ会話をしたことはない
が、仲良くなれるだろうか。招待された食事会に、出席するとのことであった
が。
考え込むシエルだが、ボートの揺れと僅かな話し声が聞こえて顔を上げた。
ゼロが戻ってきたのだろうか?
「ゼロ――?」
呟くシエルだが、キャビンの扉が開いて、そこに現れたのはゼロではなかっ
た。
「へぇー、ボートって言うから小さいのかと思ったけど、洒落たヨットだね。
あれ、そういえばボートとヨットってなにが違うんだろ?」
明るい声と、それに負けないぐらい明るい色をした水色の髪。シエルの知ら
ない少女だった。
「えっと……?」
戸惑うシエルに対し、少女はワッと素で驚いていた。シエルがいることを知
らなかったのだろう。
「一人で勝手に入るな」
遅れながら、ゼロが姿を見せた。どうやら、ゼロの知り合いらしい。
「ねぇねぇ、ゼロ、この人誰? ゼロの彼女?」
「か、彼女って!」
慌てふためくシエルを後目に、セインがゼロに問いかけた。
「……シエルは、オレの元いた世界の仲間で、科学者だ」
「科学者!? ドクターみたいな?」
「あんな奴とシエルを一緒にするな」
やや強めの声で、ゼロは否定した。それがおかしかったのか、セインはクス
リと笑み浮かべた。
「そっか、科学者さんか……いいなぁ、私基本的に馬鹿だから頭のいい人って
憧れるんだよねぇ」
言いながら、セインはシエルへと向き直り、手を差しだした。
「私はナンバーズ六番セイン、よろしくね!」
快活で、底抜けに明るい笑顔がそこにあった。シエルがこの世界であった誰
よりも明るく、可愛らしい笑顔、何故だか、シエルも自然と顔がほころんだ。
「シエルよ、よろしく」
微笑み返しながら、シエルがセインの手を握りしめた。
シエルもセインも、不思議と互いに対して好感を覚えたらしい。それは意外
で、実に不思議な出会いの瞬間だった。
つづく