救世主……それは、あるレプリロイドが持つ称号。
 誰に与えられたわけでもなく、誰に認められたわけでもない、自らがつかみ
取った証の一つ。

 オメガ、その名に終わりの意を持つ絶対者。

 世界に破滅と終焉をもたらし、自身はその導き手として存在する。それが、
救世主によって行われる救済。誰も抗うことが出来ない、誰も逆らうことが許
されない、運命の結末。ねじ曲げられた世界に逃げ場などなく、人は、破壊と
混沌がもたらす破滅に、身をゆだねるしかない。
 そんな救世主の救済を止めるべく、二人の英雄が起ち上がった。青き戦士と、
赤き戦士。異なる光りを放つ英雄たち、青き戦士はすべてを破滅させようとす
る救世主から世界を守るため、赤き戦士はまた別の理由で、救世主と戦うこと
を決めていた。
 激闘は死闘となり、互いの力と力、技と技、持てるパワーを全力全開でぶつ
け合う三者。青と赤の閃光が、救世主を打ち砕く。

――いいのか、破壊してしまって

 青き戦士は、赤き戦士に尋ねる。

――ボクは、救世主から世界を守るために戦っていた。けど、君は違う

 問いかけに、赤き戦士は無言を貫く。

――取り戻したかったんじゃないのか、君は、君自身を?

 奪われたのは、過去と未来。そして、現在。

 けれど、赤き戦士は躊躇わなかった。

「アイツは……オレの身体は破壊するべきだ。あれは元々、この世にあっては
ならないものだったんだ。そうだろう? エックス」
 不敵な笑みを浮かべ、赤き閃光の英雄ゼロは、ゼットセイバーを構えた。
「お前は世界を守りたい。オレは、そんなお前と一緒に戦いたい。なら、迷う
必要がどこにある?」
 断言に、迷いは感じられなかった。少なくとも、彼の友はそう思った。

 ゼロは、駆けた。ゼットセイバーを手に、自らの身体を持つ救世主を倒すた
め、駆けだした。



         第6話「ゼロとオメガ」


 緑色の光刃が、赤紫色の光刃を弾き飛ばした。鋭い斬撃が、救世主を斬り裂
かんと迫る。救世主はこれを避け、後方に跳んで、新たなる敵、赤き英雄との
間に距離を作った。
「ゼロ……!」
 魔導師フェイト・T・ハラオウンが声を上げた。彼女がその再会を夢にまで
見た彼女の英雄、ゼロが目の前にいる。赤き閃光と、光り輝くゼットセイバー
の刀身、そしてヘルメット被った頭部から伸びるのは、美しい黄金の頭髪。な
にからなにまで、フェイトが思い描いていたその姿の通りであった。
「フェイト、下がっていろ」
 彼女に背を向けたまま、ゼロは言葉を紡いだ。そして返事を待たず、ゼット
セイバーを構えて駆け出した。その身体に光を纏いながら、必殺のチャージ斬
りを救世主オメガに向けて叩き込む。
「フン――」
 オメガは鼻で笑い飛ばすと自身が持つ光刃、高出力ビームサーヴァーの刀身
で迎え撃った。刃が激突し、エネルギー粒子が火花となって飛び散る。片手で
敵の必殺剣を受け止めたオメガであるが、その余裕は長く続かなかった。
「セァッ!」
 力押し、ほとんど力押しであったが、ゼロは全身の力を込めて斬撃を押し切
った。衝撃がオメガを揺らし、その身体を更に後退させた。自身が力負けした
ことに表情を変えるオメガだったが、ゼロは敵が体勢を立て直す前にチャージ
ショットを撃ち放った。
「小賢しい……」
 斬光一閃、ビームサーヴァーの一撃で斬り飛ばすオメガであったが、ゼロは
即座に距離を詰め、二撃目のチャージ斬りを放った。避けることも防ぐ間も与
えられなかったオメガは、あろうことか指針距離からのバスターショットで迎
撃を行った。
 爆発と爆光、しかし、ダメージを受けたのはゼロではなくオメガだった。必
殺剣の斬撃をまともに食らい、僅かな怯みを見せた。
 怒濤の猛攻に、オメガの感情は高ぶるばかりであった。彼の眼には既にそれ
まで戦っていた魔導師のことなど映っていない。ただ正面の、救世主の前に立
ちはだかる英雄に、焼き付くような眼光を向けている。
「英雄気取りが、我を追いかけてきたか?」
 幾分かの落ち着きを取り戻しつつ、オメガはゼロに問いかける。それに対す
るゼロの答えは簡潔すぎた。
「あぁ、お前を倒しにな」
 対峙する二人の姿を、フェイトは声もなく見つめていた。つい先ほど前は自
分が戦っていた、その事実も忘れたかのように、二人の戦闘に見入っている。
ゼロは、彼女の英雄はさすが強かった。フェイトでは手も足も出なかった敵を、
圧倒しているのだ。やはり本物は違う、違いすぎる。
「ゼロ、頑張って」
 加勢する気力はあるが、それを行うべきか否か、フェイトは判断に迷ってい
た。手負いの自分などが加勢し、却ってゼロが不利にならないかという心配と、
今や敵を追いつめているようにも見える彼に、加勢など必要であろうかという
疑問もあった。


「己……貴様如きが、救世主である我に……!」
 凄まじいエネルギーが、オメガの左腕に集まっていく。チャージバスターで
はない、それを更に超える強力な一発。
「フルチャージで撃つつもりか」
 最大出力でバスターを放たれれば、ゼロには防ぐ手立てがなかった。避ける
ことは出来るかも知れないが、砲火の破壊力を考えるとフェイトに害が及ぶ可
能性もある。
 ゼットセイバーを握る手に、一層の力が込められた。
「良いだろう――来い!」

 ゼロの身体が三度の輝きを放ち、光に包まれる。

 オメガは左腕のバスター、エネルギーをフルチャージした砲口を向けた。

 ともに必殺の一撃、今や単なる観戦者でしかなくなったフェイトは、これか
ら巻き起こるであろう技と力のぶつかり合いに身を震わせた。
 だが、それは彼女の目の前で実現はされなかった。

「オメガ、その辺にしておけ」

 響き渡った声に、フェイトは自身が現実に引き戻されるような感覚を味わった。

 それほどまでに、その声は唐突に響き渡ってきたのだ。

 夜闇照らし出すかのように、白衣の姿がボウッと浮かび上がってくる。ゆっ
たりとした歩調は律動的だが、不思議と質感や重量感、その場にいるという存
在感に欠けるように思えた。
「どうして……お前が」
 フェイトは驚きの声を上げるが、それに同調する者はいなかった。彼女の前
で激闘を続けていた赤き戦士たちにとって、その男の登場は意外ではなく、驚
きを憶える必要もなかったからだ。
「ジェイル・スカリエッティ……!」
 かつてミッドチルダに破壊と混乱を招き、首都クラナガンを壊滅させた張本
人。天才でありながら、優れた頭脳や偉大な業績ではなく、犯した罪によって
犯罪者として後世に名を残すことが確定してる、狂信的科学者。
 それがこの白衣を着た男、ジェイル・スカリエッティ。
「プロジェクトFの子供、フェイト・テスタロッサか。久しぶり、というべき
かな?」
 不敵で、薄気味悪い笑み。フェイトが嫌いな、スカリエッティの笑い方。ス
カリエッティは傷つき、ボロボロとなったフェイトを一瞥すると、すぐに興味
を失ったように視線を逸らした。
「帰るぞ、オメガ」
 スカリエッティは、ゼロと対峙するオメガに声を掛けた。その言葉に、オメ
ガは不快感を顔に滲ませる。
「何故、邪魔をする」
「今日だけで、君は幾人もの魔導師を殺しただろう? これ以上の戦闘は無用
だ」
「断る。我はゼロを破壊し、決着を付ける」
 二人の会話に、ゼロの表情が僅かに変わった。
「お前らは、一体」
 オメガの復活、それ自体に疑問はなかった。犯罪者とはいえ天才科学者であ
るスカリエッティならば、残骸と化していたレプリロイドの修理ぐらいは出来
るだろう。だから、問題はそこではない。
 問題があるとすれば、何故スカリエッティはオメガと対等の立場で話してい
られるのか、ということだ。
 修理の際に洗脳し、部下にしたわけでもないらしい。オメガはスカリエッテ
ィの言動に不快感を見せてはいるが、話を聞くという姿勢も見せているのだ。
「そう気味悪そうな顔をするものではないな、ゼロ」
 訝しげな視線に気付いたのか、スカリエッティはゼロに視線を向けた。
「ご覧の通りさ。私はオメガを修理し、彼と手を組んだ」
「手を組んだ……だと?」
 慄然としたものをゼロは感じていた。彼はスカリエッティがオメガを修理し
復活させるだろうとは思っていたが、必ず洗脳の類を施し自分の手駒として使
用してくるだろうと思っていた。
 それなのに、まさか徒党を組んだというのか。
 ゼロの驚きに、スカリエッティは笑いながら口を開く。

「救世主オメガが世界を破滅させ、創造主スカリエッティが新たな世界を創り
出す。素敵だと思わないかい?」

 オメガとスカリエッティ、最強と天才によって行われる世界の救済。

「とはいえ、オメガも復活して日が浅く、この世界については知らないことが
多い。知識を与えることは出来ても、経験を積ませることは出来ない」
 だから、スカリエッティはオメガを夜のクラナガンへと放った。彼の救済の
前に立ちはだかるであろう、魔導師や騎士といったこの世界の戦士の存在を覚
え込ませるために。
「そんなことのために、なんの罪もない管理局員たちを……」
 非難というには、怒気が籠もりすぎた声をフェイトが発した。オメガと呼ば
れる存在については判らないことの方が多い彼女であるが、スカリエッティが
なにを言っているか、オメガになにをさせていたのか、それを理解することは
出来た。
「まあ、結局魔導師や騎士如きではオメガの相手にはならなかったがね。そこ
にいるフェイト・テスタロッサ、オメガと戦って生きているのは彼女ぐらいだ」
 既にオメガが多くの命を奪ったことを知って、ゼロは激情に身を震わせた。
遅かった、しかし、なにもかもが遅かったわけではない。
「これ以上の凶行は、オレがさせない。オメガはここで倒す」
 ゼットセイバーを構え直すゼロに対し、オメガも交戦の意思を示すが、スカ
リエッティの表情と視線は冷たいものに変化していた。
「無駄なことは辞めろ、オメガ。もうすぐここには管理局の魔導師が大勢来る
だろう。今はまだ、目立つ行動はしたくない」
 それに……と、スカリエッティは付け加える。

「そんな安っぽい偽物など、君ならいつでも破壊できるだろう?」

 スカリエッティが言葉を発したとき、その身体を雷光が貫いた。

「はぁっ……はぁっ……」
 フェイトの放ったプラズマランサーはスカリエッティの胸に直撃し、その身
体をすり抜けた。貫いたように見えたのは、胸部を中心にその身体が歪んだよ
うに見えたからである。
「あぁ、言い忘れていたが、いつかのように今の私は立体映像だよ」
 愕然として、フェイトはゼロの方を見た。彼は気付いていたのか、スカリエ
ッティに攻撃を仕掛けなかったのはオメガを警戒していたからだと思っていた
が……
「さて、夜明けが近い。私たちはこれで退散するとしよう」
 スカリエッティの姿、その映像が薄れていく。
「……まあ、いいだろう。我の力を持ってすれば、破壊などいつでも出来る」
 バスターの砲口に集束されていた、恐るべきエネルギーの波動が静まってい
く。対するゼロは構えこそ解かないが、ここで戦闘継続をすることが無意味で
あることは悟ったようだ。
「ゼロ、貴様は我が必ず破壊する。必ずだ……」
 憎悪が込められた声を発すると、オメガはゼロに背を向け地面を蹴った。ビ
ルとビルの壁を蹴り上げ、夜空へと消え去った。

 追撃する気は、ゼロにはなかった。

「オメガはもう、完全に戦闘が出来るようになっていたか」
 ミッドチルダに来る前は、あるいは起動前か、直後のオメガを倒すことが出
来るかも知れないと考えていた。スカリエッティとて一日やそこらでオメガを
修理できるものではないだろうし、僅かな望でもあったのだが……
「戦うしかない。オメガと、もう一度」
 呟いたところで、ゼロは人の気配を感じた。振り向けば、フェイトが傷つい
た身体を引きずりながら、ゼロの元に歩み寄ってきたのだ。痛ましい姿をして
はいるが、その顔には笑みが、スカリエッティなどとは全く違う種類の、暖か
い微笑みが浮かべられていた。
「ゼロ……戻ってきてくれたんだ」
 助けられたことへの嬉しさより、敗北という醜態を見せたことの恥ずかしさ
の方が上であったものの、ゼロと再会できたという喜びがフェイトの身体を満
たしていた。
「久しぶりだな、フェイト」
 軽く、本当に軽くだが、ゼロが笑ったように見えた。
「会いたかった、ずっと会いたかった」
 言いたいこと、話したいこと、それは山のようにあるのだが、いざ本人を目
の前にすると、なにから話せばいいのかが判らなくなる。
「ゼロ、私……」
 それでもフェイトがなにかをゼロに伝えようと口を開いた、

 その時だった。

「ゼロ―――――――!」

 少女の声が、その場に響いてきた。

「シエル」
 ゼロはフェイトに背を向けると、声がした方角を見た。フェイトも視線を向
けるが、その先には一人の少女がいて、こちらに向かって駆けてくる。ピンク
を基調とした衣服に大きなゴーグルが特徴的な、可愛らしい、そう、フェイト
の眼から見ても可愛いと断言できるだけの容姿を持った少女だった。
「ゼロ、怪我はない?」
「シエル、危険だから機体から降りるなと言っただろう」
「敵の撤退は確認済みよ。もっとも、追跡は出来なかったけど」
 怪我や損傷の類はないかと、シエルは素早くゼロの身体をチェックしていく。
その手慣れた動作と仕草に、フェイトはポカンと眼を見開いていた。
「あっ、あの……そちらは?」
 なんとか声を絞り出し、フェイトはゼロに尋ねた。シエルはその声ではじめ
て、この場に自分とゼロ以外に人がいたことに気付いたようである。無論、無
視していたのではなく、ゼロしか見えてなかっただけだが。
「彼女は――」
 ゼロが説明しようと口を開いたが、シエルがそれを手で制した。
「はじめまして、私はシエル。科学者です」
 スッと、シエルは右手をフェイトに差し出した。
「科学者……?」
 差し出された手に戸惑いながら、フェイトは自分よりも確実に若く、幼いで
あろう少女を見つめていた。
「こうみえても、ですけどね」
 笑顔が輝くほどまぶしく映る。シエルと名乗った少女がこの世界の住人でな
いことは一目でわかった。となれば、答えは必然的に一つとなる。
「オレの元いた世界での……仲間だ」
 その表現は決してシエルにとって不満なものではなかったが、少しだけ物足
りなさも感じた。
 けれど、その程度の表現でさえフェイトには衝撃的だったらしい。
「あの、どうしたんですか?」
 フェイトの身体が震えていることにシエルは気付いたが、それが言い知れぬ
ショックによるものだとはさすがに判らなかった。ゼロに至ってはオメガとの
戦いで負った傷が痛み出したのではと思ったぐらいだ。事実フェイトは今も体
中が痛いわけだが、それを凌駕するなにかが身体の奥底でうずき始めていた。
「私は、その……」
 差し出されたままの形となったシエルの手を見つめながら、フェイトがそれ
を握るか、掴むか、決断に迷っていたとき、

「なんや、随分と懐かしい顔やな」

 軽快な声が空から落ちてきた。

「は、はやて!?」
 意外と言えば意外な人物の登場に、フェイトは思わず顔を上げた。見上げれ
ば、そこにはバリアジャケット着込み、デバイスを片手に持った完全装備の八
神はやて、機動六課総隊長にしてフェイトの友人が浮かんでいた。
 ゼロは微妙に表情を変え、シエルは中空に浮かぶはやてに好奇の視線を向け
ている。はやては、そんな三者を見下ろしながら口を開く。
「一人はさっきぶり、もう一人は久しぶり、最後の一人は初めまして……ふむ、
なにやら揉めとる最中か?」
「なっ! そんなこと、ない」
 図星であることは丸わかりだったが、はやてはシエルのほうに眼を向けると、
なにかを心得たように頷いた。
「ま、とりあえず隊舎に戻ろか。立ち話も難やし、再会を祝して一杯……」
 言いかけて、はやてがふいに眼を細めた。フェイトは勿論、ゼロやシエルも
彼女の視線の先を見た。

「夜明けやな……」

 朝日の光が、射し込み始めていた。


 次元の挟間にある時の庭園へと帰還したオメガは、調整と整備を目的とした
メンテナンスシステムに入り、一時的な≪休眠状態≫となっていた。
「やれやれ、あそこまで桁違いの力を持っていると、対等の立場を貫くのも難
しいものだ」
 動く破壊衝動ともいうべきオメガには、自制心というものがほとんど存在し
ない。暴れるか戦うか、行動原理は単純明快だが、溢れかえるパワーはとても
制御しきれるものではない。
「洗脳だけが、オメガの使い方ではないさ。洗脳してその絶大な力を抑制させ
るよりも、自由を与えて最大限に力を振るわせた方がいい。今は、まだ」
 オメガには破壊衝動のままに動き、暴れ回させるべきだ。敵である管理局の
魔導師や騎士の排除は当然として、それ以上のことも期待して良いはずだ。そ
れだけの力は持っているし、その為の環境は与えている。

「また、眠らせたの?」

 眠りにつくオメガを見つめながら思案するスカリエッティの背に、声が掛か
った。

「ルーテシアか……仕方ないさ、オメガは日常生活に適さない存在だ。戦闘以
外は、こうして眠らせておいた方がお互いのためだろう?」
「別に、眠らせることはどうでもいいよ」
 元より、ルーテシアはオメガの存在に興味など持ってはいない。そして、オ
メガが「自分とスカリエッティの生活」に関わって来るというのなら、寝て貰
っていて全然構わないのだ。
「私が訊きたいのは、これからどうするかってこと」
 現在、この時の庭園は大規模な改修作業が行われている。次元の狭間に隠し
てあるから見つかりはしないだろうが、次のオメガ出撃までずっと閉じこもっ
ているのだろうか。
「オメガと共に拾い集めた≪コア≫との融合が終わるまでは、時の庭園は動か
せない」
 完成するには、今しばらくの時間が必要だろう。だが、完成をじっと待って
いるのではそれこそ時間の無駄というものだ。
「ミッドチルダに行こう。あそこで直接、これからの指揮を執る」
「ドクターと人形の関係は、管理局にばれた。警戒網と監視体制は強化される
と思うよ?」
「問題ない。私に考えがある」
 それだけいって詳しい話をスカリエッティはしなかった。ルーテシアは不審
そうに表情を伺うが、すぐに興味をなくしたように彼に背を向けた。
「……疲れたから寝る」
 こんな空間に居続けると昼夜の感覚が鈍ってしまうが、地上では夜が明けた
頃だろう。つまりルーテシアは昨晩徹夜だったわけで、魔導師とはいえ彼女の
年頃ではキツイものがある。現に、彼女の目蓋は重くなっていた。
「あぁ、おやすみ」
 スカリエッティはそのように答えてルーテシアを見送るが、少女は彼に背を
向けたまま動かず、数秒の間を置くと、首だけ彼の方に向けて口を開いた。
「疲れたから、部屋で、寝るよ」
 一語一語、強調するようにルーテシアは呟くと、そのまま視線をスカリエッ
ティの眼に固定した。スカリエッティはしばらく言葉の意味を考えていたよう
だが、軽くため息を付くとルーテシアの元に歩み寄って、

「そうだな」

 その身体を、抱き上げた。

「私も丁度、眠くなってきたところだ」


 八神はやてがフェイト・T・ハラオウンと、他二名を連れ立って帰還したこと
は、既に起床し、隊長たちの帰りを待ちかねていた機動六課の隊員たち、その
ほとんどに知られることとなった。
 まして、共に帰還してきたのが件のゼロというのだから、衝撃も一入だった
ろう。
「あー、いっとくけどこいつに危険はないし、問題もない。それは私が保証す
る」
 はやてはそのように述べ、隊員たちに広がる動揺と混乱を制そうとしたが、
隊員たちのほとんどはゼロに不審や不満いった視線を向けながらざわめいてい
る。
「話は、応接室でしよう」
 反応から、シエルはゼロがあまり歓迎されていないことを知った。フェイト
の話しではオメガのやったことは、すべてのゼロによるものだと誤解を受けて
いるらしい。それを解けば、安心して貰えるのだろうか?
「ゼロ……」
 不信感を向けてくる人々を前に、シエルはゼロの腕をつかんだ。少し、怖か
ったのかも知れない。
「大丈夫だ」
 ゼロ本人は、自分が元々好かれていなかったことを知っていたから、大して
気には止めていないようだ。ただ、シエルの不安な気持ちは理解できるようで、
彼女に言葉を返した。
「お前が気に病む必要は、どこにもない」
 そんなゼロに気遣いにシエルは微笑し、フェイトは複雑そうな表情をしなが
ら顔を背けた。
 当のゼロは視線を泳がせ、隊員たちの中にティアナ・ランスターと、スバル・
ナカジマの姿を見つけた。ティアナは軽い笑みを見せてゼロに向かって頷いて
みせるが、スバルは眼を向けようとはしなかった……

 通された応接室はそれなりに広い部屋で、ゼロとシエルは来客用のソファを
勧められた。「飲み物と、適当になにか甘いもの」というはやての注文に応え、
紅茶と柚ケーキが運ばれてくる。
「さて、と。なにから……いや、誰の話から訊こうか?」
 紅茶を一口飲みながら、はやてが言った。お互い、訊きたいこと、知りたい
ことは山のようにあるだろう。
「先に、そちらから話してくれ」
 現状を確認するまで、情報を開示するつもりはないと言うことか。ゼロの態
度は、はやてにとって不快なものではなかった。楽しむような駆け引きではな
いにしろ、つまらないものではない。
 はやてはこの数ヶ月の間にミッドチルダはクラナガンで起こったこと、主に
連続魔導師襲撃事件についての話を始めた。はやてが率先して口を開くのは、
同席しているフェイトが無言を貫いているからである。隊舎へと戻る最中、そ
して戻ってからも、フェイトの口は普段の彼女からは考えられないほどに重く
なっており、はやては僅かながらに同情していた。
「詳細は後で紙資料を渡すけど、酷いもんやで」
 ゼロと思われていた存在による襲撃と、それによる被害。数多の魔導師と騎
士が殺され、破壊し尽くされた。襲撃を受けて無事だったのはフェイトと、公
式には伏せられているが、はやての守護騎士シグナムだけだった。それでも前
者は敗北寸前まで追いつめられ、後者は完膚無きまでに負けている。

 圧倒的な力の差が、そこにはあった。

「単刀直入に訊こう……あれは、お前さんとよく似たあの赤いのは……?」
 質問にゼロの表情が曇った。どのように説明するべきか、元々多弁でもなけ
れば口が上手いわけでもないゼロにとって、オメガの存在と自分との関係、そ
れをどう話すべきなのか、口は開くも言葉が出てこなかった。
「ゼロ、私が話すわ」
 見かねたシエルが、助け船を出した。
「あぁ、えーっと、あなたは」
 故意に無視していたわけではないが、シエルとはやての間で自己紹介はまだ
行われていなかった。シエルは立ち上がると、改めて自己紹介をする。
「科学者のシエルです。ゼロの……パートナーです」
 この表現を使うには、シエルの中で少々の勇気を必要としたが、ゼロは特に
反応を示さなかった。彼女がそのように自分を紹介することに、違和感を感じ
ないからだ。
 反応を示したのは、むしろ紹介を受けたほうである。
「パートナー……」
 すっかり口数が少なくなったフェイトが、その部分だけ繰り返すように呟い
た。はやてはそれを気にしないように努力すると、立ち上がって挨拶を行う。
「八神はやて、時空管理局は機動六課総隊長や」
 はやての差しだした手を、シエルはしっかりと握り返す。
「ほら、フェイトちゃんも」
 促され、フェイトは渋々といった感じに立ち上がった。シエルに対して、思
うところがあるのだろう。
「フェイト・T・ハラオウンです……その、よろしく」
 お辞儀で済ませた辺り、はやてはフェイトが精神的にかなり動揺、いや、混
乱していることを見抜いたが、それに触れたところで意味はない。今はそれよ
りも、解決すべき疑問がある。
「それで、あのゼロみたいな存在は?」
「あれは、オメガという名のレプリロイドです」
「オメガ?」
 その名は、フェイトも知っている。ゼロがあの敵に向かってそのように呼び
かけていたのを聞いたからだ。
「私たちの世界で、最強と呼ばれたパワーを持ったレプリロイド、それがオメ
ガ」
「そいつの偽物が……最強?」
 この時点で、はやてはオメガがゼロの偽物であると認識している。それはフ
ェイトも同じであったが、彼女はあることに気付いてハッとなった。彼女は以
前、聞いたことがあるのだ。ゼロの、身体についての秘密を。
「オメガは、偽物じゃありません。少なくともその身体は」
「良く意味がわからんな。じゃあ、そこにいるゼロが、オメガって奴の偽物な
んか?」
 それは違う。フェイトは叫ぼうとしたが、口を挟むのは憚られた。
「ゼロも……偽物なんかじゃありません。オメガは、オメガと呼ばれるレプリ
ロイドは……」
 シエルも、さすがにこの事実に触れることには躊躇いを憶えてらしい。ゼロ
の方に目配せし、話していいものか尋ねる。

「オメガは、オレのオリジナルボディを持っている」

 ゼロが、自ら口を開き説明し始めた。

「100年前、ゼロと呼ばれたレプリロイドは目覚めることのない深い眠りにつ
いていた」
 英雄は眠りにつき、本来それは誰にも妨げられることのないもののはずだっ
た。
「その深い眠りの間にオリジナルのゼロは身体と魂を切り離され、オリジナル
ボディは奪われてしまった」
 狂乱の科学者ドクター・バイルは、オリジナルボディを我が物とし、究極の
のレプリロイド、オメガを誕生させてしまった。強烈な破壊衝動と、他者を倒
すことしか頭にない戦闘兵器。
「じゃ、じゃあ、今ここにいるお前は……」
 はやての疑問に対し、再びシエルが口を開いた。
「バイルという科学者は、オメガという破壊人格は用意したけど、それをその
ままゼロの身体に組み込むことは出来なかった。オメガがゼロの身体を乗っ取
るには、まずゼロの魂をどうにかする必要があった」
「魂……」
 概念的な言い方だとは、シエルも理解している。けれど、それ以外には表現
しようがないのだ。
「そこでバイルは今あるゼロの魂を、そっくりそのまま違う身体に移し替える
という方法を思いつき、実行した。別の身体に魂を移し、空っぽになったオリ
ジナルボディにオメガの魂を入れたんです」
 本物のゼロの魂は、バイルによって制作された精巧な、彼に言わせれば「安
っぽい偽物の身体」に入れられた。
 つまり、今この場にいるゼロとは……

「コピーの身体に、本物の魂を持つレプリロイド、それがゼロです」

 シエル言葉に、ゼロは黙って頷いた。

「コピー……」
 思わず、はやてはフェイトの方を向き、すぐにそれを後悔した。はやてはコ
ピーという言葉から、フェイトの出生を連想してしまったのだ。しかし、当の
フェイトはゼロの真実に対してあまり驚いているようには見えなかった。知っ
ていた、ということだろうか。
「つまり、向こうは本物の身体に偽物の魂を持つレプリロイドか」
 冗談ではないとはやては思った。今目の前にいるゼロでさえ相当な実力者だ
というのに、その本物? もはや、彼女の想像の範疇を超えている。
「けど、それがどうしてミッドチルダに、スカリエッティの仲間に?」
 当然の疑問に対し、ゼロとシエルはスカリエッティが自分たちの世界に現れ、
オメガを回収した事実を告げた。彼はなんらかの方法でオメガの存在を知り、
それに強い興味を持ったのだろう。好奇心や探求心から来る物欲は人並み外れ
て強い男だ。わざわざ異世界を訪れるだけの価値があったはずである。
「スカリエッティはオメガと対等な協力関係を結ぶことで、その力を最大限に
発揮させている」
 なんの制約も受けず、破壊衝動のままに暴れ回るオメガ。その戦闘能力はか
つてゼロが戦ったときよりも、確実に強かった。
「けど、お前は勝ったんやろ? なら、もう一度……」
「100年前も、そしてその次も、確かにオレはオメガと戦い、勝利した」
 だがそれは、一人での戦いではなかった。100年前はゼロがもっとも信頼す
る友が共に戦い、その次は友の魂と、それを受け継ぎし戦士たちが一緒だった。
彼らとの共闘がなければ、ゼロはオメガに勝てはしなかっただろう。
「なるほど、一人だと勝ち目も勝つ自信もないか」
「……だとしても、オレはオメガと戦う。その為に戻ってきた」
 勝ち目があるかないかとか、勝つ自信があるかどうかとか、そんな問題では
ないのだ。ゼロはオメガと戦い、これを倒さなくてはいけない。100年前の因
縁に決着を付けるのだ。
「それなら話は早い。今回、共に戦う仲間は目の前におる」
 はやての向けた笑みに、ゼロは一瞬の戸惑いを憶えた。彼の記憶では、はや
てという女性は自分に対してここまで気さくではなかった。
「どういう意味だ?」
「機動六課は、これよりそのオメガを敵と認定し、ゼロと共に戦うってこと」
 ゼロは元より、フェイトですら驚いた。はやてが自ら、ゼロに協力すると言
ったのだ。
「おっと、勘違いはあかんよ。なにも好意で言ってるんやない。オメガとスカ
リエッティが繋がってるなら、それは奴の行方を操作している私らにとっても
重要なこと。それに……オメガにはシグナムがやられ、フェイトちゃんもやら
れかけた。戦う理由は十分ある」
 前者はともかく、後者は完全な私怨だが、それを指摘する者はこの場にいな
かった。
「礼を言う」
「アホ抜かせ、気持ち悪い」
 ゼロの言葉を、はやては笑い飛ばした。
「お前と……シエルさん、やったか? 六課に部屋を用意するから、ここに居
てくれてえぇよ」
「良いんですか?」
「部屋は余っとるし、その方が都合もいいやろ」
 どうせ行く当てなどないのだろうし、共闘を決めたからにはすぐに連絡が取
れ、動ける場所にいて貰った方が良いのである。
「フェイトちゃんも、異存はないな?」
 総隊長と部隊長、二人の承認があれば隊内の反対も押さえ込めるだろう。は
やての言葉に、フェイトは一瞬だけゼロの隣にいるシエルを気にするような仕
草を見せたが、
「うん、問題はないと思うよ。ゼロ、とシエルさんはなにか必要なものとか、
そういうのがあったらなんでもいって」
 あくまで日用品や雑貨類のことを言ったフェイトだったが、ゼロは顔を上げ
て、こう尋ねた。
「それは、本当になんでもいいのか?」
「えっ……私に揃えられるものなら、いいけど」
 言葉の意味がわからず、フェイトはそのように答えるしかない。
「スカリエッティを相手にするには、奴の行動パターンや思考パターンをより
正確に理解する必要がある」
「確かに、あんな男の思考回路なんて私らにはサッパリやな」
 けど、それが今なんの関係があるのだろうか。
「……ナンバーズは、今どうしている?」
「ゼロ、貴方まさか!」
 フェイトは、ゼロがなにを求めているのか気付いた。
「逮捕されたナンバーズは全員、海上の隔離施設に収容されとるで」
 フェイトに代わって、はやてがその問いに答えた。
「そうか、なら、会える手筈を整えてくれ」
 必要なのは、物ではなく人だった。

 そして、それは明るい水色の髪をした少女との再会を意味していた。


 誰も辿り着けない、辿り着いてはいけないミッドチルダの奥深く。場所も存
在もすべてが秘密、神秘に包まれた空間。
「ドクターが、動く」
 金褐色の髪をなびかせながら、女は自分に届いた命令書を読んでいる。誰も
訪れるはずのない、訪れてはいけない空間に、女は当然のように居座り、存在
している。
 女は、この空間の数少ない住人であった。
「今度は私も、最初から参加できる……」
 読み終えた命令書を焼却しながら、女の口元には隠しようのない笑みが浮か
んでいた。

「偽りの仮面は、すべてを隠す」

 呟きと共に、女の身体が光に包まれる。

「身も心も、魂さえも包み込み、隠し通す」

 身体が変貌し、変化し、変格する。

「それが、私の役目」
 光が消えた跡に、同じ女は存在しなかった。全く違う、別の存在がそこにい
た。
「新たな争乱の幕開け、フフ、ドクターと私に不可能はないわ」
 それは願望ではない、確信であった。

 ナンバーズ2番、ドゥーエの高笑いが響きわたった。新たな戦い、争乱を期
待して、彼女は行動を開始した。

                                つづく