「んっふっふ~♪」

職場から久しぶりに自宅に帰るスバル・ナカジマの顔は盛大に綻んでいた。
明日が休みと言う事も勿論ある。だがそれ以上にその休みが姉であるギンガ・ナカジマと重なっている事が重要なのだ。
人命救助を任務とするスバルの仕事は、一定の休みがある種義務付けられているが、ギンガはそうでは無い。
捜査官としても、地上のトップに出世した父のサポートにも、ギンガは奔走していた。
故に休日数は少なくなるし、それがスバルと重なると言う事も滅多に起きない事態。

「明日は如何しよっかな~ただいま~」

スバルが楽しい予定、夢想を巡らせていると眼前には何時帰ってきても嬉しい我が家。
既に明かりが灯っている事から、ギンガは帰ってきている事が彼女には直ぐ解った。
本当ならここに父親であるゲンヤ・ナカジマも居る事が望ましいのだろうが、スバルはゲンヤが休みを取ったという話を耳にしない。

「あれ?」

確かに大きな声で言ったわけでは無いが、何せ他人様よりも鋭い姉妹の内でのこと。
直ぐに姉の返事があると思っていたスバルは首を傾げ……何かを思いついたようにニマッ!と笑った。

「驚かせちゃおう~」

実に少女らしくてスバルらしい思考なのだが、彼女にも増して鋭い姉のギンガには感づかれてしまうのは明白。
それも計算の内としてしまいのスキンシップを楽しむと言うのならば、特に問題は無いのだが……スバルは真剣である。

「そ~と……そ~と……」

静かにしたい気持ちが口から漏れる矛盾。ギンガの居る場所をリビングだと定め、ヒッソリと歩く。
近づくにつれて聴こえてきた声にスバルは首を傾げる。話し声だが、玄関には見た事が無い靴は無かった。
ギンガの声は聴こえるが、他の声がしない事から電話をしているものと推測できる。
特に深い意味も無いのだがスバルは足を止め、漏れ聞こえる声に耳を凝らしてみた。

「うん……お父さんとは話をしたの……そうね、簡単に分かり合えることじゃないけど……」

スバルは首を傾げた。『姉と父の間で何かあったのだろうか?』
どちらとも、特にゲンヤとはサッパリ会えていない彼女には解らない。
しかしそれでも二人は今までどんな諍いもない親子であり、その間で何かがあったこと自体が大きな衝撃。

「納得はできなくても理解はしてるつもりよ……なに? 『馴れない事はするな』って……」

更に言えばその電話の相手には、妹である自分にも伝えられていない事を、相談しているという事実がスバルの胸に炎を宿す。
そう、浅ましくも消える事が無い嫉妬の炎。誰なのかも解らない電話の先に誰かに。

「だいたい貴方だって!……え? いや……その……あぁ~切らないで!! おかしいでしょ?
 『僕も女の人と電話で話すのは馴れてないから切る』ってどういう事よ!?」



嫉妬が勢いを増したのを確実。慌てたり、怒ったり……そんなギンガを見たのはスバルとて久しぶりだった。
ナカジマ家の全員集合率は昨今恐ろしく低下している。それでも中の良い家族、中の良い姉妹だと思っていた。
そんな関係を無力と感じさせるほどギンガが楽しそうに話す相手とは……

「まっ……まさか!?」

辿り着いた恐ろしい想像にスバルは若干声まで出してしまった。
『ありえない……あの姉に限ってそんなこと……』
必至に嫌な予感を振り払おうと、静かに頭を抱えて振り回す妹には気付きもせず、ギンガは遂にその言葉を口にした。

「ところで明日はヒマでしょ?……解ってるんだから! お父さんに確認したもの。
 職権乱用? 情報筋の有効活用よ。明日は……その……」

その言葉が放たれる前、空気が変わった。少なくともスバルにはそう感じられた。
春風のような花の香り。顔を赤らめるギンガの顔が容易く想像できる。その顔はきっと『恋する乙女』のソレ。


『デートしましょう』


スバルの脳内で明日の予定が瞬時に組み変わる。楽しみにしていた姉との食べ歩きは延期するしかない。
何せ彼女にはギンガのお相手を確認し、デートの内容を観察する必要があるからだ……妹として。





そこは寂れた工場地帯の一角。周りには目的とされた年数を超えて稼動するオンボロ達の群れ。
その群れの中にありながら……コッソリと大きく脈動している工場があった。
作っているのは違法な品。魔道師の地位を危うくする誰でも扱える強力な殺傷兵器。
質量弾丸発射式銃器、魔道師殺しと知られるAMB 対魔力弾丸。

「さて、最終確認といこか?」

そしてソレを狙う狩人の群れ。

「作戦開始時間は予定通り」

狩人の名は時空管理局本局 上層部直属 特務監査部。
監査部と名乗ってこそいるが、内外共に強権を振るう独立部隊。
向かいの廃工場内に響くのは微妙なイントネーションを示す女性の声。
それに聞き入る20人近い人影。手元には情報が羅列するポータブルウィンドウ。

「A班、B班は正面から突入。掃討しつつ、反対側の搬出口に追い込みます。
 私、トリエラは搬出口から侵入し挟撃するっちゅう方向で……」

「敵の戦力については?」

「魔道師は皆無や。けど……AMB装填可能な銃器で武装している」




その言葉で人影たちにざわめきが走った。
『アンチ・マギリング・バレット』
対魔法鉱石で作られ、バリアジャケットや簡易障壁を貫通する実体弾が、火薬の反動で容易く高速を獲得して襲い掛かってくる。
公表こそされていないが、既にいくつかの管理世界では犯罪組織や反管理局団体に出回り始め、死者も出ていた。

「静かにせえ!」

そこで響くのは一括。説明していた少女 八神はやての声が空間を揺らす。
彼女の倍近く生きている者も居る屈強な人影 魔道師達からざわめきが消えた。

「私たちはなんや? そう、特務監査部や。
多くの予算、多くの権限、優秀な人材によって構成された本局の懐刀。
 貴方達はそこら辺に転がっている才能も装備も無い可哀想な陸士やない。
本局、地上本部、正規、非正規を問わない管理局の栄え抜きや……ピーピー喚くな」

沈黙が降り、はやては頷く。言葉は無いが理解されていると確信した。
自分に集まる視線には既に覚悟がある。魔道師ランクSSのエリートであるはやても、戦歴では周りの面子には勝てない。
だからこそ相応の答えが返ってくることは確信していた。

「ほな……逝って来いや」

「「「「「了解!!」」」」



「はやてさん、背後から突入するのは私たち二人だけですか?」

多くの人気を失った廃工場の中、残されたはやてに話しかけるのは浅黒い肌に金髪の少女。
はやて以上にこんな場所にいるのが似つかわしくない人物だ。

「なんや? 不安なん?」

「いえ、与えられた仕事はします。しかしはやてさんを守りながらだと少々……」

トリエラがしているのは自分の心配では無い。彼女は義体、戦うために弄られたお人形。
本来のメンテを受けられなくなって時間が経つが、今のところ心身共に不備は無い。
故にしているのは暫定的な主であるはやての心配。

「私だってそれなりの魔道師なんよ? それに……」

グリグリ~とトリエラの金色の髪に覆われた頭を撫でながら快活に笑った。
何時もの濁った瞳は細められ、皮肉で飾られる事が多い口元には本物の笑顔。

「それに『兄妹 フラテッロ』は信頼しあうモノやろ?」

フラテッロとはトリエラの生まれた国で言う兄弟、如いては義体とその担当官をセットでいう言い方。
はやては最近飲酒に続いて手を出したタバコを懐から取り出し魔法で火をつけた。

「兄妹だからって仲睦まじいとは限らない……です」

トリエラのツンとした返答に、肺の中を満たした甘い香りを吐き出し、はやては苦笑する。

「私らも逝こか」

点けたばかりのタバコが宙を舞った。


スバル・ナカジマは隠れていた……植え込みに。
誰がやっても変な人決定なのだが、管理局の局員が行っている事に大きな問題を感じずに居られない。
ガサゴソと動く植え込みとその隅から覗く好奇心で爛々と輝く双眸。どう見ても不自然です、本当にありがとうございました。

「さて……ギン姉のお相手はと」

通り過ぎる人が自分へと降り注いでいく奇異の視線に気付く事も無く、スバルは辺りを見回す。
場所はクラナガンの中心地であり、多くの商業施設に囲まれた広場。
待ち合わせの名所として知られるこの場所の名前が、ギンガの口から漏れたのをスバルはしっかり聞いていた。
『せっかくだから二人でどこか行く?』
そんな風に聞いてきた姉を誤魔化すのは難事だったとスバルは回想。
微妙な表情で(妹と恋人どちらを優先するべきか?という)葛藤を滲ませながらでは、嬉しさ半減。
何とか元の予定を優先させる事ができたが、嬉しいやら悲しいやら……

「って……男の人多すぎ!!」

そして眼前に横たわる問題にスバルは憤慨の表情。
待ち合わせの名所となれば人は多い。そして人間の半分は男である。
更にその中からあんまり小さな子供と老人と呼ばれる人々、そして女性と一緒に居る人を除外。
しかし『お父さん位の年齢はギン姉的にはストライクなんじゃまいか?』と言う妹的名推理により、中年男性は含まれたまま。


「だけどアイツだけは無いな……」

多すぎる候補の中で独りだけ、スバルはすぐさま除外した者が居た。
ベンチに浅く腰掛けた金髪の青年。仕立ての良い服を着て、口にはタバコを咥えている。
しかしもっとも問題なのはやる気の無い表情。まるで世界がどうなっても構わないと言いたげな気だるげな顔。
咥えているタバコも随分前に燃え尽きているのに、未だに咥えたまま。何処を見ているのか解らない視線がフラフラしている。

「やっぱりギン姉が選ぶくらいだからね~歳がちょっとくらい上でも驚かないけど、あぁ言う人は無いよ。
 やっぱり仕事がバリバリ出来る人さ、うんうん!」

勝手に姉の恋人像を組み立てていたスバルの視界にギンガの姿が入った。
その姿に妹である彼女も息を呑む。良い服を着ているし、化粧も当然の如く。
だけどそれ以上に……表情が違う。喜びや期待でキラキラと輝いている。
正しく恋する乙女。よく知っているはずの姉がまるで違う人のようだと、スバルは感慨に浸る。
スキップし出しそうな足取りで向かう先にギンガの恋人が……

「待った?」

「いや……大した事ないさ」

……向かったのはスバルが唯一「アリエナイ!」と断言した男の元。
やる気が感じられず火の消えたタバコを咥え続けていた金髪の青年。
周りの視線やら姉にばれるやらの危険性を無視して、スバルは盛大に叫んでしまった。

「NoOoO!!」

AMB アンチ・マギリング・バレットとその発射銃器を密造している者たちにとって、魔道師とはある程度余裕を持って戦える存在だった。
こちらの攻撃を阻害する最大の要素である障壁とバリアジャケットは無力であり、速度と数では此方が圧倒的に勝るからだ。
そして管理局の魔道師と言うのは、そう言った敵と相対する事に圧倒的に馴れていない。
戦っているのに傷つく可能性に対して自覚が無いのだ。だが……

「なんだ! この連中は!?」

オンボロ工場内に響き渡る発砲音。機械やダンボールを盾にして、応戦しながら彼らは叫んだ。
いま相手にしている魔道師の集団、確率論から言えば管理局所属である線は濃厚。なのにこの集団は慣れているし、覚悟しているのだ。

「本当に管理局なのか!?」

知識ある人が見れば襲撃者たちが持っているデバイス、着用しているBJが次元航行艦付きの武装連隊の同じデザインだと解る。
だがそこには差異が存在した。BJは光沢の無い真っ黒な仕様であり、顔を覆うゴーグルや頭部にはヘルメット。
そして本来同様のデバイスには内蔵されている筈の無いカートリッジシステム。

「第二階層、クリア」

「B2が負傷、後方へ下がる。C4が前進」

「ラジャ」

彼らが使うデバイスは従来品に無数の改造・改良を加えられている。
対物理衝撃特化のBJや障壁の生成、カートリッジシステムによる強力な射撃、解析や通信をこなす多目的ゴーグルなどだ。
管理局が従来型以外の凶悪犯罪に対処すべく、特殊部隊に配備を非公式で推し進めているカスタムデバイス ブラック・クロウ。
そしてソレが支給されていると言う事は彼らがエリートであり、同時に情け容赦の無い集団である事を示す。
何せ彼らは『血の特務監査部』なのだから。

「ドン」

応戦していた密造者一人が倒れる。『どうせ管理局の攻撃は非殺傷設定だろう』
そう思っていた仲間が彼を助けようとして気がついた。倒れた仲間の胸部から流れる『赤い血』に。

「ヒィ! 非殺傷設定じゃない!?」

自分達は殺すことしか出来ない武器を振り回しておきながら、管理局員らしき集団に致死性の攻撃を浴びただけで恐怖が走る。
それは所詮彼らが戦う集団では無い事を示していた。

「我らは特別な殺害権限を与えられている」

「武装を解除し、降伏せよ。歯向かわなければ命までは執らない」

「警告は一度だけだ。後は泣こうが叫ぼうが知らねえぞ、ゴミども?」

既に管理局という組織の印象とは相容れない警告、特に最後は既にチンピラである。
だが優位に奢ることも無く、戦闘態勢を崩さない特務監査部実働部隊を前にしては、戦う者ではない密造人達のやれる事は限られている。
つまり『僅かな抵抗』か『速やかな降伏』。

スバル・ナカジマはイライラしていた。それはもう怒り狂っているといっても過言ではない。
ストレスの原因は僅かに離れた場所を歩く二人の男女。一人はギンガ・ナカジマ、つまり彼女の姉。
もう一人は名前も知らないその……ギンガの恋人?

「どうしてあんな二人が……」

イライラする理由は二人それぞれ別に存在し、ソレは全く別のベクトルと言って良い。
まずギンガに対して……それは一言で言えば『喜び過ぎ』である。
妹であるスバルすら久しぶりに見た笑顔。見るものを暖かくするような微笑。
嬉しさが全身から染み出しているし、今にもスキップしたり踊り出したりしそうだ。

「なのになんでお前は……」

ギンガは実に楽しそうだ。それはこの際認めてやっても良いとスバルは広い心で思う。
何せその……デートをしているんだ。楽しくないよりも楽しそうにしている方が良い。
問題はそのデートの相方である男の反応。なんで……どうして……

「なんでそんなに退屈そうなの!?」

待っている時に宙を見ていたのと代わらないヒマそうな瞳。
そこには喜びは勿論、どんな感情も見つける事が出来なかった。
それはまるで人形のようで、少なくとも彼女?であるはずのギンガと歩くには適さない。
本人 ピノッキオからすれば『まんざらでもない』表情を浮かべているつもりである。
ギンガもそれを理解しているからこそ笑顔を浮かべているのだが、それをスバルが理解する事は不可能だ。

「私の大事なギン姉とデートをしているのにどういうこと!?」

抑え切れなかった怒りが遂にスバルの口から炸裂。しかし声だけで抑えきるのは難しい。
隠れ切っていなかったが身を隠していた街灯を掴む手に力が篭る。
ビキビキと鉄製のソレが変な音を立てた。

「あのおねーちゃん、力持ちだよ~!」

「しっ! 見るんじゃありません!」

痛いモノを見るような周りの視線もスバルの苛立ちを抑えるには足りない。
これで彼女が管理局の局員であり、日々災害の最前線で人命救助をしていると信じてもらえるだろうか?


「映画館か……デートの王道だね~」

とても楽しそうに、同時にとても退屈そうにそのカップルが辿り着いたのは映画館だった。
クラナガンでも最新鋭の設備と規模を持つその場所を前にして、スバルは何故か感慨深げに頷いた。
あのテンションで突入した二人が楽しめるのかは別として、デートの王道ともいえる場所に入っていった事が何となく楽しい。
色んな理由を上げる彼女だが、結局のところ『デート』と言う女の子の憧れに対する興味がもっとも大きい。
残念な事にソレが自分のモノではなくて、大事な姉がつまらなそうな男と入って行ったことだけが悔やまれる。

「さて私も……ってお金がない!?」




何だか自分のデートのようにワクワクドキドキハラハラして、中々寝付けずに寝坊したのが痛かった。
姉の先回りをするべく慌てて飛び出したものだから、そういう大事なものを忘れるのだ。

「あ~どうしよう~」

スバルは頭を抱えて考える。任務中でもここまでは考えないだろうという程に考える。
二人が一定時間、一定の場所に留まる事が確約されるのが映画というイベントだ。
それを逆手にとって一旦家に帰って財布を取ってくる……若しくは出てくるまで待つか?
いや……ダメだ! この先のイベントが解らない以上、軍資金がゼロなのは行動の制限。
それに暗闇で良いムードになるのが映画というもの。二人がもう口に出すのも憚れることをするのではないだろうか?
そんなシーンを見逃すのは惜しい。しかし入る事が出来ない以上……

「カップル割引か~」

なんでも今日は恋人デーだとかで、男女でカップルならば割安で入る事が出来るらしい。
恋人チックな事を証拠に見せなければならないらしく、係員の前でギンガが男の手に抱きつく様子をスバルは指を咥えて見ている。
あの様子ならば中でもギンガのアタックが苛烈なのは予測するに容易く、自分はソレを見る事が出来ない。

「あら?」

そんなスバルに差し込む希望の光。

「なにやってんの? スバル」

振り返ればアイスを片手に訓練学校から親友、あの機動六課までの同僚 ティアナ・ランスターが私服で立っていた。
私服でアイスまで持っているのだから、仕事と言う事は無かろう!? スバルはマンガンの願いをこめて叫ぶ。

「ティア!」

「なっ何よ?」

先にお断りしておくが、この時のスバルはパニックになっていた。
本当は『親友だよね!?』と聞くはずだったのだ。

「私たち……恋人だよね!?」

でも心の中を占めるのはギンガの『恋人』の事で、それがゴチャマゼになった結果が上の惨事である。

「……」

結局ティアナがした事は数瞬の沈黙。そして手を祈りの形で組み合わせ、輝く瞳を自分に向ける親友に強烈な左フックを叩き込む事だった。

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最終更新:2008年11月04日 23:47