時空管理局 本局上層部直轄である特務監査部の朝は早い。
しかし夜は早く寝れるという事も無い。ようは睡眠時間を極限まで削らなければ職場だと言う事だ。


「……あのヒゲ大将が……いてこますぞ、ワレ……」

とある本局の一室でその女性は、あまり品の無い寝言を呟きながら盛大に寝ていた。
暗い執務室兼私室で、書類が散乱する仕事机に座ったまま、上半身を机の上に投げ出す体勢でだ。
彼女の名前は八神はやて。彼女の名前は管理世界の一部では有名である。
胸元まで盛大に開け放たれたワイシャツ姿だったり、周りには空の酒瓶が落ちていたりするが……

「好きでお前におべっかなんぞ……」

寝言は続く……しかし八神はやては有名人である。
管理外世界の出身でありながら、類稀なる魔法の才能に恵まれた少女にして、最悪と呼ばれた闇の書最後の主。
若くして部隊運営を任され、緊急対応のモデルケースとして作った部隊は、あの奇跡の機動六課として大成功。
そして今は……『血の特務監査部』の主任である。


「あぁ……お好み焼きが食べたいなぁ~」

特務監査部は古くからある部署ではない。かのJS事件後に作られた新しい部署だ。
しかしその特性 本局内部に対する徹底的な綱紀粛正や、噂の域を出ないとはいえ裁判無しでの殺害権限から恐れられている。
後にも先にもこのような部署が設けられた事は無く、それだけこの時期に管理局全体がどれだけ混乱していたのかを推し量る事ができるだろう。
そして八神はやてと言う人物の経歴を後の歴史家が振り返った時、この時期の彼女 つまり特務監査部主任の評価はハッキリ分かれる。
一つは『管理局のために身を粉にして働き、後に続く要職歴任の礎とした』と言う意見。
もう一つは『人道的な配慮に欠け、己の利益の為に何でもした』と言う意見。
だがどちらの意見もその期間を『現在』とする八神はやて本人には知りえないし、関係の無い事だ。


今彼女にとって重要な事は……朝一の会議に遅刻しそうだと言う事だろう。



「はやてさん……はやてさん?」

そんな大絶賛遅刻危機なはやてに扉越しに掛けられるのは救世主の声。
しかし何時も通り寝酒を深酒した彼女はその声にも耳を貸さず、起きる気配が全く無い。

「もぉ……入りますよ」

ピッと軽い電子音が正規の方法を用いて開かれた事を示す。
入ってきたのは金紗の髪をツインテール、浅黒い肌に整った容姿をした少女だった。
手にはスペアに当たるこの部屋のカードキー、身を包むのは管理局の制服。
迷わず壁際のスイッチを叩き、灯された照明の下で飛び込んでくる風景に彼女はタメ息。
なぜならば部屋の主は居眠り学生よろしく机に座ったままグースカ寝ていたのだから。

「起きて下さい。会議が始まりますよ」





言葉を掛けられながら肩を揺らされたとなれば、流石の酔っ払いも目を覚ますだろう。
しかしはそれも『目を覚ます』というだけの事。

「むぐぅ……誰やぁ~こんな朝っぱらから会議をセッティングしたのわぁ!」

「昨晩、やる気満々でセッティングしたのは……アナタです」

現在進行形で寝ぼけている。勢いよく上げられた頭、薄っすらと開いた瞳は何時も以上に濁っていた。
不意にガバッと上げられた頭を含め、八神はやての全てが停止する。何事か?と少女が首を傾げれば……

「…頭が痛いんよ…」

「水でも飲んでください」

「連れてって」

省略しまくっているが、その言葉の言わんとするところは『水を飲むので飲む事が出来る場所まで連れて行け』と言う意味だ。
『はやてよりも小柄な少女がそんな事を出来るはずが無い』
それが普通の人々が普通の人間に抱く感想。

「しょうがないですね……うっ!」

だが少女は容易くはやてを持ち上げたのだ。所謂お姫様抱っこ……から誠意を抜いたような形で。
そして近づいてみれば他人様よりも利く彼女の鼻は、猛烈なアルコール臭に顔を顰めた。
そこでふと考える。
『コイツをこのまま会議に出していいものか?』と。本人は全く気にしないだろう。
他の会議のメンツも『本気になれば次元航行艦とタイマンを張る』と恐れられる特務監査部主任に文句を言うまい。
だけど……私は気になる。しばらく会っていないルームメイトからも、『面倒見が良い』と評される性格のおかげだろう。
連れて行く先は決まった。

「ほわぁ? お風呂やん」

「シャワーを浴びてきてください。薬と水を用意しておきますから」

大きな欠伸をしながら首を傾げるはやてを、テキトウな感じで下ろして少女は言う。

「ほんまに甲斐甲斐しい娘やな~トリエラは。よ~し、私のお嫁さんになるんよ」

「ヒルシャーさんを見つけて許可を取ってくださいね」

背後から聞こえる脱衣の音、ソレに続くシャワーの水音を聞きながら少女 トリエラは会議が開かれる場所を思い返す。
どうして自分が……『武器』でしかないはずの自分がこんな事をしているのだろう……と。
それでもやっぱりトリエラはそういう人なのだ。会議がある部屋を思い返して呟く。

「主任は遅れますって……謝っておかないと」

『血の特務監査部』とか『虐殺部隊』と恐れられる部署の構成メンバーが送る平和な朝。




ゲンヤ・ナカジマは忙しい人物である。どれくらい忙しいかと言えば、クラナガン1忙しいだろう。
なぜならクラナガンの治安など多岐に渡る分野を統括する、時空管理局地上本部の実質的なトップに彼は居るのだから。

「この件についてだが管轄区域の再配分も踏まえて……」

そんな言葉で始まった会議は数分のインターバルを挟みながら、何度も名前を変えて継続されること数回。
JS事件により露見した陸と海の様々な格差を是正するという名目で、この地位に着かされたゲンヤには仕事と敵が多い。
ある意味海と陸の両方から睨まれていると言って良いだろう。
どちらにもコネクションを持つと言うのは、どちらにも気を使わなければ成らないと言うこと。

「だが海の連中はこのプランじゃ呑まねえぞ?」

「しかしそれでは根本的な改善の……」

一つの案件でもお互いの利益が錯綜する場合、海と陸ではどうしても隔たりが出来てしまうもの。
片方だけ突っぱねるような事は出来ない以上、どちらにも配慮と譲歩をした案で通すしかない。
ゲンヤはその調整役兼……いざと言う時の生贄。責任を取って辞めて貰うために責任者は存在するのだから。



「もうこんな時間か……」

会議を終えた後、淡々とデスクワークを積み上げていたゲンヤは、すっかり冷め切ったコーヒーを口に含みながら呟いた。
大きな窓から一望できるクラナガンの町並みは世闇に染まり、人工的な地上の星が輝き出す。
そんな光景を見下ろすこの場所を揶揄する言葉に『王の椅子』と言うものがあった。
これは以前この場所で強権的に地上の治安を守ってきた人物 レジアス・ゲイズ元中将に対する皮肉なのだろう。
だがこの部屋の主になってしまったゲンヤには、そんな皮肉が全く的外れなものである事は直ぐに解った。

「アンタはすげえや……レジアス中将」

座ったからこそ解る王の椅子の重さ。優秀な人材は海から引き抜かれ、限られた戦力でこんなに広いクラナガンを守ると言う事。
それがどれだけ大変な事か、見ているだけだった者たちにはきっと解らない。

「俺なんてもう挫けそうだってのに……ここをずっと一人で」

確かにゲンヤが着任してからは管理局全体が忙しい時期だ。レジアスよりも一日の仕事量は多いのかもしれない。
だが彼が感服するのはその期間の長さ。今は陸と海の戦力差見直しが表向きとは言え進んでいる。
つまりこの忙しさやプレッシャーも何れは改善するだろう。だがレジアスの時はそうではなかった。
もちろん改善要求や予算編成は提出したのだろう。しかしそれも却下され続けたのだから、先の改善など見込めない。
それでも長い期間、地上の平和を守り続けてきた。その果てに辿り着いてしまったのが、戦闘機人計画だったのだろう。


「そう言えばギンガはダウンしてねえかな?」

仕事の忙しさが『公』の問題だとしたら、愛しい娘の心配が『私』の問題。
発端は血のアフター5と呼ばれる無差別テロ事件。彼の娘 ギンガはその事件に偶然居合わせて、犯人達と交戦・負傷したのだ。
だが問題はその後だろう。負傷は彼女の特殊な事情を考慮し、もぎ取った技術権限で速やかに治療できた。
その後に開かれた状況説明会と言う名の取調べも、大きな負担にはなっただろう。

「しっかし運が良いんだか悪いんだか……」

問題はゲンヤの裏の行為が全くの偶然で露見してしまった事。
確かに子飼いの殺し屋を諜報員として、娘に紹介するゲンヤも問題だといえばその通り。
しかし親密な関係になったギンガと殺し屋がデート?何ぞしていたからこそ、ゲンヤは娘を失わずに済んだし、テロも早期に解決できた。
だが残念な事に殺し屋はやっぱり殺し屋であり、管理局員の目を考慮してターゲットを生かして捕まえる……何て事は選択しなかったのだ。
迅速かつ確実、永続的に対象を無力化する方法は何だろうか? 答えは簡単『殺す』こと。
本人の報告と全てが終わってから突入した陸士部隊、どちらからもその成果の報告は受けている。
犯人グループは鮮やかな手際で皆殺しだったらしい。つまりギンガもその惨状を目撃してしまった。

『父親に雇っていると紹介された人物が、テロリストとは言え容易く人を殺した』

そんな事実から一端の捜査官であるギンガならば辿り着ける推測は……

『父親は殺し屋を雇い、暗殺を行っている』というものだろう。殺し屋から事の顛末を聞いてから、ゲンヤは彼女に会っていない。
心配じゃないといえば嘘になるが、それよりも会って問い詰められる事が父親的には恐ろしい。

「必要なこと何だがな……おっと噂をすれば……」

据えつけられ通信端末が電子音を立ててチカチカと明滅。ディスプレイに並ぶ文字が示すのは秘密回線だと言うこと。
つまり公に連絡をとる事が出来ない相手。

「俺だ。トラブルか?」

「いや、仕事は滞りなく終わったんだけど……」

名前を出すことも無い会話だが、ゲンヤは訝しげに首を傾げた。
有能な殺し屋、人間味に些か欠ける樫の木で出来た人形、ピノッキオが言い難そうにするとは……

「電話を貰ったんだ……ギンガさんから」

その言葉にゲンヤが慌てる事に成る。

「これから会わないか?って言われけど、明確な返答はしていない。場所と時間を言われただけ。
 僕は……行くべきかな? 雇い主と父親の意見を聞きたい」

普通に考えれば行くべきではない。だがそれは地上本部を纏める者としての言葉。
思い出すのはピノッキオの話をしているときの娘の顔。父親、ゲンヤ・ナカジマとしては、こう言わざるえない。

「勝手にしろい」





ギンガ曰く『デートの続き』である本日の予定はディナーから始まる。
場所はあの日の予定通り、ショッピングモール最上階に設けられたレストラン。
事件が直接的に起こったフロアは閉鎖されたままだが、他の階は元気に営業している事から、商売人の心意気を感じる。
値段もソコソコするが、味も良い。オシャレでありながら、堅苦しさを感じさせない。そんな何処にでもあるお店だった。

「やぁ」

「来てくれたんだ」

先に予約したテーブルについていたギンガは、あの日と同じく若干遅れてやってきたくすんだ金髪の青年 ピノッキオを迎える。
その顔は決して喜びだけで輝いては居らず、不安を筆頭にした不の感情がチラホラと顔を覗かせる。
そんな彼女の様子を気にした風もなく、前回と同じサングラスを外しながらピノッキオは席に着く。
だが一つだけ違うところがある。それは……

「その服……」

「ん? あぁ、この前に買ってもらった服だよ」

ヨレヨレのモノではなく、真新しいノリが効いてパリッとしたジャケット。
適度に着崩しているがソレを下品と感じさせない着こなし。どれ今までのピノッキオではありえないことだ。

「着てくれてるのね?」

「服だからね。着なきゃ意味が無い」

「……」

そういう事ではない! アナタが着てくれたからこそ嬉しいと思うのだ!!……なんて考えが通じる相手ではない。
ふとギンガは思い出してしまう。電話越しにした質問。それに重ねて自分の選んだ服を着ている事で生まれる複雑な感情。

「お仕事……してきたの? その服で?」

「いや、仕事をする時はバリアジャケット。処理が楽なんだ、血とか」

適度に落とされた照明の店内には落ち着いたBGMが流れ、会話が他に届くことはない。
しかし簡単に出てくる「血」と言う単語がピノッキオの感性や仕事柄に再認識させていた。

「……そう」

意識すると目の前の人物 好意さえ抱いていたはずの青年ですら、酷く恐ろしいものだとギンガは感じてしまう。
呆然と見ていることしか出来なかった鮮やかな手捌き。料理をするかのような手軽さ、職人のような正確性で命を奪う。
ここは既にピノッキオの間合いだ。背筋を駆け抜ける寒気。ギンガは待機状態のブリッツキャリバーを握り締めた。


しかし緊張の相手が口にするのは意外な言葉。何時ものやる気の無い表情にわずかに見える安堵の色。

「良かった」

「え?」

運ばれてきた前菜を落ち着いた動作で口に運びながら、ピノッキオが呟いたのはそんな言葉。

「本当に元気みたいで……反応も早いしね」

「っ!?」

ギンガはドキンと心臓が高鳴り、加減を失った手からブリッツキャリバーが滑り落ちそうになる。
慌ててキャッチすれば体が動き、椅子とテーブルの上に食器がカシャリと音を立てた。
周りから集まる視線にカッと赤くなる顔。その様子にもフォークの動きを止めない相席者。

「不意討ちの時に闘志や殺気を表に出しちゃダメだ」

「精進します……」

ちょっとムスッとした顔のまま、ギンガは料理に手をつけた。そこからは何時も通りの二人。
決して弾むような会話では無いが確かに紡がれる優しい空気。ギンガの言葉にピノッキオも端的ながら答えていく。
そんな時間だからこそ本当の問題が忘れられてしまうそうで……だけどしっかりと諍いの種は残っていた。

「貴方にとって人殺しってどういうこと?」

運ばれてきたメインディッシュ 若鶏のソテーを前にして、今までの会話と変わらない口調でギンガは聞いた。
『人殺しはダメ!』と言う解り易い意見をギンガは持っているが、それを直ぐ口にするような事はしない。
それを言ってしまえば意見が一切噛み合う事無く、喧嘩別れになるビジョンが簡単に予測できたからだ。

「普通な事かな……」

『例えば』と前置きをして、ピノッキオはナイフとフォークを手に取る。
まずはフォークがソテーに突き刺さり、ソレを支点にして固定する事で安定。
続けてナイフを当てて前後の動かす事で鶏肉を食べるのに適した大きさにする。
この一連のアクションは錬度により美しさなどの差があるとはいえ、誰もが自然に行える行動だろう。

「若鶏のソテーを出されたら、フォークで押さえてナイフで小さく切る位に」

斬るならば最良の場所は首の動脈。突くのならば体の中心よりも若干左の心臓。
そうすれば人の命を簡単に奪う事が出来ると言う事を、本当に当たり前のように考えているし、簡単に実行する事ができた。


「ギンガさんはどう?」

「え?」

「人殺しをするってどう言う事?」

ギンガは驚く。それは実に珍しい事。このディナーの中だけでも、ピノッキオが鸚鵡返しとは言え質問を返してきた事は無かったから。
相手から聞かれたのならば、感じるままに思いをぶつけても大丈夫だろう。
そんな計算に裏打ちされて、彼女は思い切って真意を告げた。

「いけない事だと思うわ。人の命を奪うっていう事は……罪よ」

そんな回答にも、自分の答えを否定される形になったピノッキオは動じない。
それどころか満足そうに頷き、彼にしては珍しく饒舌に続けて二つの目の質問。

「言うまでもないと思うけど、僕とギンガさんの間には大きな意識の違いがある。
 でも……ギンガさんが僕と同じような場所に居たら、きっと違いは生まれない」

「どうして?」

「人格や意識はどうやって作られると思う?……環境だよ。
 僕の生きて来た場所はそれこそ……『鶏肉のソテーをナイフで切るように人が死ぬ』ような場所だった」


ピノッキオは自身の生まれを知らない。ただ色々あってギャングだかマフィアの商品になっていたような気がする。
そんな暗い穴倉から連れ出してくれた人物もやはりソチラらの人であり、役に立つ方法を考えれば……人殺しは最良の手段だった。

「本当に簡単に死ぬんだ……僕の師匠も抗争先で銃弾を受けて、あっけなく死んだ。
 おじさんだって、何時死んでしまうか解らない。ライバルのファミリーや警察、下手を打てば仲間にだって殺される。
 少しでもおじさんに降りかかる危険を払う。それが僕の恩返しだった」

会ってから初めて、これほど饒舌に語るピノッキオを目撃したギンガは、その驚きとは違う驚愕が体を駆け巡っていた。
命を奪う事自体を忌避してきたが、その理由が恩人に対する恩返し。確かに自分から話すような事ではないにせよ……

「じゃあ私も! そんな場所に居たら……人を殺すようになる?」

「僕が言ったのはそんな場所での常識だけ。殺すかどうかは自分が決める」

確かにピノッキオが言ったのは『環境によっては人殺しが大した意味を成さなくなる』と言う事だけ。
それだけではピノッキオが人を殺す直接的な理由にはならない。しかし彼は既に口にしているのだ。
『恩返しの為に……』と。


「僕は人殺しが好きなわけじゃない」

ピノッキオが殺すのは何時だって他人の為。命の恩人であるクリスティアーノ為であり、今は次元遭難者である彼を拾ったゲンヤの為。

「それが大事な人の為に有効な方法だから殺すんだ」

その言葉でギンガはふと思い出す。自分がピノッキオの真実を知り、恐怖して軽蔑とも取れる感情を抱いた事件。
そうだ……あの時だって。

「私のために……殺したの?」

テロ事件が起きた時、ピノッキオは何もアクションを見せなかった。鎮圧するような動きすらしなかった。
つまりその時点では彼がテロリストを殺す理由は存在しない。殺した理由はギンガを危険にあっており、殺される事も考えられたからだ。
命が軽い物と知っているから、下手に危険に飛び出すようなマネはしない。
しかし大事な人の命の軽さも知っているから、そのためなら命を危険に晒すし、人も殺せた。

「どうかな? 僕は人を殺す悪い奴だからね、全部信じない方がいいかもしれない」

グラスに注がれていたワインを飲み干して、ピノッキオは立ち上がる。
未だに状況を整理できていないギンガは下を向いたまま。その場を離れる間際に彼女の耳元で小さく、しかしはっきりと呟いた。

「でも……父親くらいは信じてあげたら? そうとう参ってるよ、ゲンヤさん」

去り際に残すのはそんな言葉。解っていたんだ!とギンガは内心で叫ぶ。
ゲンヤが暗殺なんて依頼する理由くらい! 解っていたんだ! あの人は何時だって……私やスバルの為に……

「感謝するべきだ。人の命が重い物だって……認識させてくれた環境と、それを作ったあの人に。
 それじゃ……」

それだけ言って去っていこうとする背中。それを見送りそうになって……ギンガは急に腹を立てている自分に気がつく。
口にするのは他人の事ばかりで自分を全然省みない大バカ野郎。
何時だって興味の無いように目をしているくせに、お父さんの心配までして……

「待って!」

他人の好奇の目など関係ない。ギンガは立ち上がり、去ろうとしていたピノッキオの肩を掴んだ。
意外そうに振り向いた顔に張り手を一つ。それでも揺るがない顔に更に腹が立ち……強く抱きしめて……

「貴方は……もう少し自分を大事にするべきだわ。お父さんの心配をするより……」

「僕は孝行息子だから」

「バカ」

ギンガはピノッキオを抱き締めて……キスをしていた。そこから先の事を彼女はあまり良く覚えていない。
翌朝 着替えもせずに寝ていたベッドの上で、彼女が最初に思い出したのは……ファーストキスはタバコとワインの味だったこと


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最終更新:2008年10月02日 23:33