後に『血のアフター5』と呼ばれる事になるテロ事件があった。
廃棄都市に在住していたと思われる人種、年齢、性別が異なった四人によるテロ。
夕方の買い物客でにぎわうショッピングモールの制御室を爆発物で破壊。
その後、ご禁制の質量弾丸装填銃器を一般人に乱射。偶然居合わせた管理局魔道師と交戦。
同魔道師を無力化するもの、地上本部特殊対応部隊の突入を察知して自殺……だがこれは事実ではない。
真実は先に示したとおりであり、管理局地上本部の公式の見解。しかし事実は異なる。
それを知る数少ない人間として、偶然事件に居合わせテロリストに無効化されるという失態を演じた管理局魔道師。
だが一般人の少女を守り抜いたとして有名になった ギンガ・ナカジマ。
「はぁ……」
他人よりも頑丈であり、完全に修理し終えたはずの体のダルさが抜けない。
書類をデスクに投げ出して大きく伸びをしながら、私 ギンガ・ナカジマは息を吐いた。
現場に復帰して一週間ほど経つが、最初の数日は実に酷い日々だったと思う。
別に過酷な任務がいきなり待っているわけではない。敗北した叱責を直接受けたわけでもない。
だからこそ辛かった……数日にわたる事件の状況説明という名の取調べを。
管理局魔道師が質量弾丸装填銃器を相手にした大規模な戦闘であることから、お相手は陸のエライ人だけではない。
もしそれだけならば、お父さん 現在地上本部のトップについているゲンヤ・ナカジマの力でどうにでも出来ただろう。
しかしお相手の大部分は海の人間。そして彼らはどうしても信じたくないらしいのだ。
『一線級の管理局魔道師が質量兵器を持っただけの人間に敗北した事実』が……
「君に油断は無かったのかね?」
「判断は正しかったのか」
「バリアジャケットや障壁の構築に問題は?」
「現場での対応に対するマニュアルに齟齬があるようだが……」などなどなど
よく我慢したよ、私。全ての日程が終了した時、私は本当に自分を褒めてあげたくなった。
とりあえず大好きなお菓子を買って帰り……飲めないお酒なんかも飲んでみて……不貞寝したものだ。
「私はベストの動きをした……少なくとも魔道師が相手ならば」
だが『魔力を持たない脅威』の対処法は訓練学校でも学ばなければ、現場でも遭遇する事が無かったのだ。
誰でも殺意と簡単な動作で行える、魔力反応無しで与える致命傷たる威力。
対魔法鉱石を含みバリアジャケットや簡易障壁を無効化するAMB アンチ・マギリング・バレットの存在。
それらを容易く扱い、連射できた上で弾さえ無くならなければ、消耗も殆ど無い。
魔道師の利点が通じない存在として、誰もが扱える質量兵器。
更にその兵器を製造・密売が容易に行われているという実態。それこそが陸・海を問わない新たな脅威。
なのだが……チラッとオフィスの一角のテレビに目をやれば……陸と海の討論は合いも変わらずケンカ腰だから困ってしまう。
「今回の事件の背景には魔道災害で放置された廃棄都市区画があることは明白だ」
「それが解っているのならば、取り締りもしやすいのでは?」
「ほう? 一体どれだけの広さの廃棄都市がクラナガンに広がっているかご存知か!?
ソコに住む不法遊民の数も正確に把握できては居ない……何故こんな状況になったか解っているのだろう!」
「怠慢を取り繕うのは止して頂きたい。間違いなく地上本部に責があるではないか!
何度も言うが組まれる予算はお互いの真実を鑑みたもので……」
「ふざけるな! 海は更に広い次元世界を管理するから多くの予算が必要で、クラナガンの廃棄都市は放置して然るべきだと言うのか!?」
「それこそ勝手な解釈だという……」
「……では報告を続けよう。
こちらの捜査可能な限りで把握した所によると、AMBの重要な成分である対魔法鉱石はクラナガンを始めてとするこの次元世界では採掘されない。
つまり他の次元世界で掘られた物から加工されて持ち込まれるか、原料を持ち込んで生産しているわけだが……」
「何が言いたいのかな?」
「他の次元世界を管理するのは海の仕事ではなかったかね?」
「っ! それは……」
「正規の次元航行艦での密輸は不可能だと考えれば、非合法な船が往来している可能性が高い。
やはりこれらを管理するのも海の……」
「こちらとて人材や予算が完璧と言うわけではないのだ! 取締りは強化しているがソレでも限界がある!」
「だからこそ! 一旦未干渉世界へのアプローチを凍結させて取り締まりの強化をするべきだと提案しているのだ!
その意見に賛同する者が海の内部にも居る事は解っている。早い答えを頂きたい!!」
「そんな事をすれば余計な危険を増やす事に成る! その未干渉世界が密造・密輸の大本だとしたらどうするのだ!?」
「それは陸が充分な体制を整え、廃棄都市の整備事業と平行しておこうなうだろう捜査で答えが出てから動けば……」
そんな感じである。毎日あんな場所で戦っている人たちには尊敬の念を感じてしまう。
……考えを戻そう。テロリストは自殺などしたわけではない。
『殺された』
たった一人の、魔道師としては三流もいいところな……あの人に。
「ピーノ……いえ、ピノッキオ」
お父さんの紹介で出会った廃棄都市出身、フリーの諜報屋。何時も気だるげで、時々浮かべる憂いに似た表情を浮かべる青年ピーノ。
だけど違ったんだ。彼の名前はピノッキオ、殺し屋。つまり人を殺すのが仕事で本当ならば管理局が捕らえるべき犯罪者。
たしかに助けてもらった。鮮やかな手際で四人のテロリストの命を奪い、私と迷子の女の子を助けてくれた。
『人殺し』管理局魔道師ならば遵守して然るべき非殺傷の原則を堂々無視。
「でもお父さんの紹介ってことは……」
苦悩は続く。そんな人を雇っている。つまり……お父さんは人殺しを依頼していたという事になる。
自ら手を汚す事無く、他者に依頼して邪魔な者を消す。それは正しく『悪』だ。下手をすれば直接人を殺すよりも悪辣な行い。
そんな事をあのお父さんが行っている……信じられないし、信じたくない。でもきっとソレは事実。
だって幾ら忙しいといっても、入院している時に顔も見せに来てくれないなんて、余りにもらしくない。
「どうして、そんな事を……」
『どうして?』
理由なんて考えたところで正解は得られない。問いただすのが一番良いのは解っているけど……怖いのだ。
もし私が予想したとおりの答えが帰ってきたら……自分がどうしようもなく憎いと思ってしまうだろう。
父が目指しているのは地上の権利拡大、対等な海との付き合い。そして……戦闘機人の単独運用。
海の下にある戦闘機人の整備データや管理権限を手に入れることにより可能になる陸が全権を有する運用。
その恩恵を受けるのは更正施設にいるナンバーズたちと……私とスバルの姉妹。
実際、私がテロリストによって受けた傷も一部譲渡された整備技術により、本局に行く事も無く修復できたのだから。
「止めて、お父さん……そんなの嬉しくないから」
私やスバルが戦闘機人であると言う事実は、ずっとお父さんが海に縛られる鎖になっていた。
そんな関係も考慮に入れられて、地上本部トップへの大抜擢も実現されたのだから。
だからこそ因果を断ち切られるのならば喜ぶべきだし、ナンバーズたちにしても嬉しい事になる。
もちろん私やスバルもその事実だけならば歓迎する事が出来る。
だけどコレでは駄目だ……最近よく見せていた『疲れた微笑』の意味がようやく解った。
何の罪の意識も無く、人殺しの依頼などしているとはとても考えられない。ならば何時だって……血を吐く想いで歩く修羅の道。
『私達のために?』
あぁ……愛されて居る事がこんなに憎いと思った事は無い。
「出ないか……やっぱり」
ギンガ・ナカジマは勤務時間を終え、夜に沈み始めた地上本部を後にしながら、携帯電話を耳から離す。
呼び出していた先はピーノと登録された携帯電話。持ち主はピノッキオと呼ばれる殺し屋。
「話したいこと、いっぱい有るのに」
殺人を仕事にする職業と公言していたが、自分たちを助けた事もまた事実。
故にギンガはそんな事をしている理由を聴きたかった。聞いて如何なる?と言う疑問が無いわけではない。
それでも彼女がピノッキオを気にするのは「恋」なのだろうか? 面倒見が良くて、ズボラな人が気になる母性?
「夕ご飯……食べていこうかな?」
家に帰って料理をしても食べてくれる相手であるゲンヤが帰ってこないことは、ギンガも重々承知している。
だから行き着く先は外食という安易な答え。ふらりと繁華街の方へと向きかけた彼女の足を止めたのは、携帯電話の着信音。
「っ!?」
慌ててバッグから取り出した携帯電話、そのディスプレイを見てギンガは息を呑んだ。
そこには数秒前にかけた携帯の電話番号、そしてその主を示す名前が映っていたから。
彼女の震える指が通話のボタンを押して、耳へと携帯が移行。聴こえたのは何時に間にか耳に馴染んだ気だるげな声。
「ゴメン、忙しくて出られなかった」
ギンガの気持ちなどまるで解っていない風に軽い声。間違いなくピノッキオのモノ。
僅かに漏れたライターが火をつける音、煙を吐き出した音が何時も通りの彼であると語る。
緊張していた自分が若干バカらしくなって、ギンガは僅かに力を抜いた。
「どうして……出られなかったの? 仕事してたから?」
「さて……どうかな?」
ギンガが出会い頭に投げつけた強烈な嫌味をピノッキオは軽いステップで回避。
これまた予想通りの反応で思わず舌打ちの一つも面倒見の良いお姉さんから出るというもの。
そんな彼女の様子を理解できるはずの無い朴念仁は不意に、やっぱり大して重要じゃないと言いたげな軽い口調で呟いた。
「怪我は大丈夫だった?」
「えっ……あっうん。もう、全然大丈夫よ」
相手の事も自分の事も考えるのが苦手な殺し屋から出るには優しい言葉。
思わずクラリとしかけてギンガは自分を叱咤激励。こんな優しい会話をするために電話をしたわけではない。
「会って話がしたいの」
「……僕がどんな人間か。教えたはずだけど?」
「殺し屋でしょ? お父さんに雇われてる」
一瞬の会話、ぶつかり合う意志。其処には様々な感情が入り乱れていて、文字で表現する事は不可能だった。
恐怖、不安、喜び、安堵。どうしても文字にすればそんなに安っぽいモノになる。
「……わかった。場所は?」
「この前のデートの続き」
そこは管理世界に区分されるが経済の発達が遅く自然が残る場所。木々の間には別荘が点在する保養地だ。
「ですから~ゲンヤ・ナカジマ氏に手を出すのは早すぎたんと思うんです」
点在する別荘の一つ、暗いリビングで豪奢なソファーの上で身を崩しながら、電話をするのは二十歳前後の女性。
優しい茶色の髪をショートカットにし、奇妙なイントネーションで語る。
「そうや、彼を失えば地上本部は文字通り暴走するでしょう。
険悪な関係とは言え、お互いのホットラインが生きている現状態の方がまだ海に有利と思いますぅ~」
女性が不意に立ち上がれば、彼女が腕を通さずに羽織っていた黒いロングコートの裾と袖がフワリと捲れる。
その僅かな風で巻き上がるのは死臭だった。女性以外にリビングに存在する者は全て死に体。
そんな辺りの様子に気を取られることもなく、女性 八神はやては電話での会話を続けた。
「一緒に飲まないかって? またまた~酔わせてナニするつもりですか?
残念やな~いま出張中なんですわ~えぇ、本局暗部のゴミ掃除……激励の言葉よりもお休みか昇給が欲しいな~て」
「はやてさん」
血みどろの場所には似合わない会話をしていた彼女に掛かる声。
はやて以外に生者がいなかったリビングへと入ってきたもう一人の生者。
金色の髪をツインテールにした浅黒い肌の少女。余計にこの場所に似合わぬ存在。
年に合わぬスーツに身を包み、着崩したはやてと対照的にピッシリと締められたネクタイ。
はやての黒とコントラストを成す白のコートを身に着けて、手に持つのは質量弾丸発射銃器に似たデバイス。
「んっ……見つかったんか? トリエラ」
「はい」
「そかそか……ほな、仕事に戻ります。終了し次第連絡を入れますさかい。さいなら~」
通信を終えた携帯電話を閉まって、はやてはトリエラと呼んだ少女に先導されて移動。
カツカツと二対の革靴が地面を叩く音が連続し、闇と血に染められた邸宅内を満たす。
二人が辿り着いたのは隠し部屋と呼ばれるような場所。それなりに広い室内は両脇を本棚が囲む。
それでは収まりきらない書類やダンボールが床で山をなし、乱雑とした印象を受けた。
「はぁ~やっぱり当たり……か」
テキトウな書類を流し読み、ダンボールの山を蹴り倒して中身を検分して、はやては疲れと失望の色濃いため息をつく。
濁った瞳が小さなランタン一つが照らす室内の一角、荒い息が聞こえる場所へと移る。
「こんばんは~」
「きっキサマら!! いったい何者だ!? 私を誰だと思って……」
荒い息の主は壁を背にして身を震わせている初老の男性。両の脚には銃痕が刻まれ、立つ事もできず血を垂れ流している。
そんな状態の人物にも、はやては律儀に語る。
「グリフ・マイヤード少将。第三管理世界出身、魔道師ランクAA」
「何故そんな事を……まさか管理局員か!?」
「そういう事や。私は本局上層部直属、特務監査部主任 八神はやてです。
さて……用件ですけど、解ってらっしゃるでしょ? 少将殿」
立ち上がれないグリフに視線をあわせるようにはやては膝を折り問うた。
その瞳は暗く、同時に冷たい。生物的な恐怖を感じさせる色を宿していて、思わず彼は視線を逸らし、言葉を濁らせ……
「いったい何のこと…『ボキン』…グワァアア!?」
濁らせられなかった。未だに動く手を懐へと走らせようとした瞬間、トリエラが動いた。
正に電光石火で腕を極め、肘の関節を力任せに粉砕する。その作業にはまるで淀みが無く、リンゴの皮をむくような手軽さ。
のたうつ少将から視線を離して、手近な書籍に目を走らせながら、はやては問う。
「解ってるくせに……カートリッジシステムの密輸事件。アレの黒幕はアンタや……
本局や各世界での試作品や余剰在庫を闇ルートに乗せて利益を得ていた」
「……」
「次は左腕…「そうだ! 私がやった」…うんうん、素直が一番やと思います」
先程の痛みが脳内を支配し、前線から離れて久しい老兵は簡単に口を割る。
聞きたかった答えが返ってきて、はやてが浮かべるのは亀裂のような笑み。
「あ~でも、遅かったんと違いますか?」
押さえつけていた腕を離したトリエラがショットガン型のデバイスを構える。
その切っ先に銃剣をつけた銃口は近距離からグリフの頭に狙いを付けていた。
悪いほうから最悪のほうへとシフトした状況についていけず、彼は叫ぶ。
「よせ、八神! 後生だ!!」
「この不安定な時期に本局の人間が、大規模次元間犯罪に手を出していなんて、公表できるわけないやろ」
既にそこにいる存在になど興味も無い。そう言いたげに踵を返していたはやてが背中越しに答えた。
「やっやめろ!!」
「長いお勤めご苦労様、少将殿。あとはゆっくり休暇でも取って下さい」
背中越し、肩の上で「バイバイ」と振られたはやての手を合図にして、トリエラはデバイスの引き金を引く。
反射的にグリフが簡易障壁を展開するが無意味だ。ショットガン型デバイス アウグストゥスは違法な質量兵器との混合式。
カートリッジシステムにより魔力と弾丸を供給する。弾の種類は二つ。純魔力を小さな散弾状にして飛ばす非殺傷型。
もう一つはいま装填されているアンチバリア・バリアブレイク魔法でコーティングされた無数の質量散弾と言う殺傷型。
「っ■■■■……」
悲鳴など上げる暇は無い。一つ一つが充分な殺傷力を保ったままバリアを貫通し、グリフの体を蹂躙しつくす。
数瞬後、ボロボロに引き裂かれた元管理局少将は絶命した。
「ほな帰ろか? トリエラ」
「はい、はやてさん。あの約束の件ですけど……」
無数の死体と銃痕が彩る屋敷から外に出れば、二人の頬を撫でるのは血と硝煙の匂いがしない夜風。
チラリと様子を窺うように、先程の冷徹な機械のような印象を失って、歳相応の少女のような不安を浮かべた顔でトリエラは言う。
「なんや? 信頼されないみたいやな」
「そういう事じゃ……」
「忘れてへんよ、契約の事は。『トリエラが仕事を手伝う代わりに、私は体の整備と行方しれずのお兄さんを探させる』やろ?
残念な事にさっぱり見つからんけどな……」
「そうですか……」
トリエラはこの世界の人間ではない。ましてや唯の人間ではない。義体と呼ばれる後天的な戦闘機人のようなもの。
本来の世界で担当官と一緒に次元震に巻き込まれたトリエラを拾ったのが八神はやて。
汚い仕事をしてくれる腕っ節を探していた所だったはやてが出した条件が上記のモノ。
『何よりも優先せよ』と刷り込まれた担当官の安否確認と、定期的なメンテナンスが必要な体が半ば人質。
「なぁ、トリエラ。私のこと……憎いん?」
「はぁ? 別にそんな事は……」
「無理やり戦わせて、人殺しをさせて、痛い目にも会わせてるんやで?」
不意に悲しそうな目をした契約相手にトリエラは実に彼女らしい自信満々な苦笑で答えた。
なにせ『戦うこと』は何処にいても変わらない自分の運命だから、いちいち気にする必要など無いのに……
「私が嫌いなのは身勝手な大人全般なのさ♪」
褐色の白雪姫は戦うお姫様。
最終更新:2008年08月11日 22:31