始動を目前とした遺失物管理部機動六課の隊舎、その一室にてある女性が窓ガラス越しに外を見ていた。
彼女の名前は八神はやて。管理外世界出身にして、かの闇の書最後の主。
エリート街道を突っ走るエース。陸海共に太いパイプを持つ策略家。別名チビ狸。

「朝に仕事を始めたのに……もうキレイな夕日がでとる」

大きな窓ガラス越しに部屋を満たすのはオレンジの光。地平線に半分姿を隠した太陽。
そんなものを見ながら過ぎ去る時間に感動を覚えているはやてに、書類の山が築かれた彼女のデスク上から声が掛かる。

「何を言ってるですか、はやてちゃん。それは朝焼けですよ」

声の主は書類を書き分けて姿を現した長い銀髪の少女だ。余りにも小柄な、強いて言うならば人形ほどのサイズである事を覗けば。
彼女の名前はリィンフォースⅡ。夜天の風を告ぐ祝福の風、珍しいユニゾンデバイスである。

「……カンテツやな」

「しかも二回目の朝焼けです」

つまり二回ほど完全徹夜を行い、二日間寝ていないと言う事になる。
年頃の娘だとかそう言ったことは一切無視しても他人様に誇れる事ではない。

「……」

二人の間で気まずい沈黙が流れた。だがそれを中断したのもはやての一言。

「……ど~りで妖精さんが見えるわけや」

『ふっふっふ♪』
軽々しいそれこそ夢を見ているような口調でリィンフォースの頭を撫で撫で。
よく言えば悟りを開いた仙人、悪く言えば末期の薬物中毒。そんな笑みを浮かべて自分を撫で続ける主を数秒見つめ、彼女は叫んだ。

「ムキ~!! 何を言っているですか!? マイスターはやて、私はリィンフォースⅡ。
 由緒正しいベルカ式ユニゾンデバイスです! 妖精さんじゃありません!!」

「そっか~妖精さんはリィンフォースⅡって言うんか~良い名前やね」

『あっはっは♪』そんな声を上げながら、撫で撫でを続行するはやて。
それを冷たい眼で見るリィンフィースからは、ある種の諦めが滲んでいる。故に違った方法を選択する事にしたようだ。
机の上にあったペン立てをフルフルと震えながら持ち上げ、『ちょいやっ!』と妖精さんと話し続ける夢の世界に突入しかけた主へと投げつける。

「ハグゥアッ!?」

鈍い衝撃音と奇天烈な悲鳴。頭部を仰け反ったまま停止する事数秒、首を元に戻すと八神はやては再起動する。
咳払いして額を摩りながら、自分の席へと戻る。乱雑な書類をキレイにまとめ、もう冷めてしまったコーヒーを一口。
続いてどこぞの司令のように机に肘をついて手を組み、そこに顔を付けて厳かな声で呟く。

「川の向こうでグレアムおじさんとネコが二匹で手招きしてたんよ」

どうやらまだ覚醒していないらしい。

「だいたい! はやてちゃんが管轄外の仕事を持ってくるから、二日間徹夜なんて事態になるですよ!?」

「ん~でもアッチコッチ駆けずり周って手に入れた折角の自分の部隊や。一つでも納得がいかんことは無視できないんよ」

主従の会話は場所を移した。そこはタイルで覆われ、水音が満たす小さめの部屋。いわゆるシャワールームである。
はやては湯煙の中で僅かに覗くシャワーの下、温水の中へと肌を晒す。そして僅かに離れた場所でお湯の張られた風呂桶で手足を伸ばすリィンフォースⅡ。

「それにしても経理部と大喧嘩して、余分な決裁書の束まで持ち帰ってきた時は、どうしようかと思ったです……」

「堪忍な~リィンにも無茶させてしもた」

本当に申し訳無いと言う音を湛えた主の言葉に、小さな融合騎はヒラリと彼女の眼前へと舞い降り、臣下の礼を作りつつ叫ぶ。

「はやてちゃん! いえ、マイスター・はやて!!」

「なっなに? そんなに畏まって?」

「私が心配しているのは御身の事です、マイスター・はやて。付き従う者たちのお気持ちも察していただければ……」

真剣な半身の視線を受け止めて数秒、はやてが浮かべるのは誇らしくて、嬉しさを溢れさせた笑顔だ。
だがそれだけで表現するには少々気恥ずかしさが残る。故に彼女は再びリィンフォースの頭を撫でる。
先程夢の狭間で行ったようなフワフワしたものではない。利口な子犬を褒めるようにソレはもう力を込めてグリグリ~である。

「ちょっ! 痛いです~はやてちゃん!」

「何をいっちょまえに言ってるん~? 八神家の末っ子が~」

「ふぇ~ん! せっかく頑張って考えたのに~」

どちらとも無くバスタオルで体を拭きながら、シャワールームを後にする。
備え付けのバスローブに身を包む再び朝焼けに目を向けながら、はやては背中越しで小さな体に合うお手製のバスローブ姿のリィンフォースに言う。

「八神はやてはもっと上に行く」

管理局の地位も魔道師としての力も……人間としても。そうすればもっと数年前の自分のような消えない悲しみを抱える人を助けられる。
少なくともそう信じてここまで遣ってきた。正解だとは言わないし、間違っていると頭を垂れる気も無い。

「機動六課はゴールやない、通過点や」

管理局と言う巨大組織、幸いにも多くの後ろ盾を持ってはいるが、それだけで駆け上れるほど易い山ではない。
『少数精鋭による即時対応部隊』
もし六課という雛形が管理局部隊の一つの形として認められれば、ソレを考案して組織して率いた者の功績は大きい。
頂に対する確かで大きな一歩。だがそれでゴールではない。第一どんなに大きくてもたかが一歩で制覇できる山など存在しない。

「これからも登り続ける坂道。困難な事があっても、祝福の風は……私の背中、押してくれるか?」

どんな礼儀も礼節も恥じも戸惑いも無く、リィンは小さな体は活かしてはやてに抱きついていた。
本当の主従は多くを語り合わない。ただ多く触れ合う。

「ほな……寝よか~」

「感動をぶち壊しです」

数秒前の感動をどこかに追いやり、ふらふら~と覚束ない足取りではやてが向かうのは同室内にある大きめのソファー。
本来そういうところで寝るのはよくないのだろうが、二日間徹夜の威力にそんな理想の壁は無力。
もちろんその後ろにシッカリ付いていくリィンフォースⅡも、即寝れる暖かいソファーの誘惑に完全敗北していた。

「フカフカや~」

「ですね~」

ボスンと弾力性に富む素材がはやてたちを受け止めて軽い音を立てる。新品のソファー独特の皮の匂いも二人には心地よい。
すぐさま押し寄せてきた眠気の波に抗う事無く沈もうとしたのだが……

「はやて~!!」

「……グッバイ安眠」

はやてはインターフォンから超鳴り響く十年近い友の声に睡魔の手を振り払った。
今ならどんな睡魔とも楽しいランデブーが出来そうだったのに残念である。

「なに~フェイトちゃん~」

「あれ? 何か元気無いね。寝てた?」

「寝るところやったんよ~」

『二日ほど徹夜してようやく寝る所を邪魔するとはどういう用件や!? キシャ~!!』と言わない辺りにはやての懐の深さが感じられる。
だってフェイトの声が余りにも嬉しそうで、無碍に出来る感じではなかったのだ。そんなはやての葛藤を知らずにフェイトは告げる。

「決まったよ! ライトニング4が」

「ほんまに! どんな人なん?」

だが告げられた内容にはやての顔も一瞬で華やかな色に染まる。
六課の中核となるフォード陣が空席なのは予定の内とは言え、部隊長としては余り宜しくない状況だった。
その一角が埋まると言う事は純粋に安堵、そして親友が選んだ人物に純粋な興味が生まれる。

「えっと彼女との馴れ初めはね♪」

壮大なラブ&アクションの物語を嬉しそうに語る幼馴染に相槌を打ちつつ、はやては飛び出してくる言葉に青くなっていく。
『ビルの生き埋め』とか『死霊』とか『即死魔法』とか『三千年前の盗賊』とか『アルザスの竜召喚士』とか『邪神の欠片』とか。

「コイツ……真面目に選んだんかな?」
内心ちょっとだけ十年来の親友を疑っていたりする八神はやて二十代手前。

「それで……この娘はこの条件じゃないとダメなん?」

「えっと……『それが最低条件。上乗せしてくれるなら良し。それより下じゃお断りだぜ、ヒャッハッハ~!』って言われたんだけど」

フェイトがルンルンで語り終わり、最後に当人から渡されたと言う雇用条件が書かれた紙を受け取ると、はやては顔を盛大に歪めた。
問題はそこに書かれた給与内容。高いのだ。勿論一般的な人の給与はもちろん、魔道師たる管理局員のソレも上回る。
だがそれは管理局以外が腕利き魔道師を雇うとしたら平均的、もしくは僅かに高い程度だ。
管理局が多くの希少な魔道師を独占するので、他の場所ではその価値が計り知れない。故に一度捕まえたら離さぬように、高い給金が約束される。

「長期手当てとかを付けて何とか~」

「そう言うのは要らないから『即金で寄越せ!』って……ゴメン、はやて」

今更だが自分が浮かれてテキトウに交渉した結果により、親友が顔を顰めている事にフェイトは申し訳無さそうに身を小さくする。
ライトニング4候補が掲示してきた雇用体形は傭兵だった。面倒な手続きやそれによって得られる特権をとことん省いた自由契約の形。
管理局の魔道師が求める一切の特権を無価値なものだと考えるならば、確かに管理局が彼らに与える給料は高いとは言えないのだ。

「なあ、フェイトちゃん」

再びゲ○ドウポーズをとったはやてにフェイトは思わず自分も背筋を伸ばす。
時々……イヤ、いつもふざけているように見える友だが、真面目な時は三人の仲で誰よりも真面目であり、スゴイ事を平然とやってのける。

「もしこの娘 キャロ・ル・ルシエが六課にプラスとなるんやったら、ウチはどんなにお金を積んでも良いとは思う。
 フェイトちゃん……イヤ、ライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウン」

「はっはい!」

「信じてええな? 貴女と貴女の選んだ者を。賭けてええんやな?『三日目の徹夜』を……」


僕 エリオ・モンディアルは待ち合わせのターミナルを走り回っていた。
今日はいよいよ待ちに待った憧れの人と同じ職場 時空管理局機動六課へ配属となる日。
予定通りに迎えに来てくれた上司となる大先輩のベルカ騎士と合流し、未だに現れない名前だけしる同僚を探して回っている。

「ルシエさ~ん、キャロ・ル・ルシエさん居ませんか~?」

けれどターミナルは広くてその中に居る人も多い。この中から一人の人間を見つけるというのはとても大変な事。
だけどその時の僕はとても運が良く、同時にとても悪かったのだ。

「は~い! 私です、遅れてすみませんでした~!!」

上の階層から聴こえる声、足を止めて振り向くとエスカレーターを下りてくるのは小柄な女の子。
可愛い子だった。すみませんという割にはゆっくりとした足取りだけど、エスカレーターで走るのは危ないから正解だろう。
でもその姿は僕が想像していたものとは違っていたんだ。駅慣れしていない位だから、地方から出てくるものだと思っていた。
でも違う。桃色のショートカットとコントラストを成す、大人っぽくてお洒落な黒に銀の糸で刺繍が入ったスカートとスーツを着ている。
手には真新しい紙袋とペットを入れるようなカゴ。胸元には見たことが無いデザインの金色に輝くペンダント。
そして歩き方。なんと表現すれば良いのだろう? まるで一歩ずつ見せ付けるような……覇者の余裕が滲んでいる。
なのにソレを誇示するような印象は受けない。自然にそういう歩き方をしてるって事だ。

『彼女に会えばエリオは色々と考える事になると思うよ』
嬉しそうにそんな事を言っていた恩人の言葉の意味、僅かにだけど確かに僕は理解できた。
確かに僕の回りにはいなかったタイプだろう。でもそれだけじゃ……まずは挨拶からかな?

「ルシエさんですか!? 自分は……」

「キャッ!」

「っ!?」

だけど挨拶は途中で中断する事になる。ルシエさんがバランスを崩したのだ。
足が前へ、頭が後ろへと体勢が崩れていく。このままでは頭をエスカレーターに強打してしまう。
僕は思わず数少ない自慢、『速さ』の魔法を解き放った。

「おいおい、相棒。こんな所で躓くんじゃねえよ?」

「っ!?」

解き放つ瞬間聴こえたのはルシエさんの声だった。どうしてもそう認めることは出来なかったけど。
男の人の声だった……気がする。夜の闇のような色ではなかっただろうか? 全てを見下す嘲りの笑みを感じた。
全てが曖昧な感覚だがソコに居るのはルシエさんであって、ルシエさんではない。その他人は本人以上にその小さな体を華麗に動かして見せた。
手すりに軽く手を掛けて姿勢を制御、僅かな力だけで体を浮かせて階段状の足場にも着地し易いように足を広げる。
完璧な動きに思わず見とれてしまい、本来早いだけの魔法『ソニックムーブ』が制御を失った。
『マズイ!』なんて考えている間に既に着地をし終えたルシエさんを巻き込む形で疾走。
すぐに止まってしまうとエスカレーター上になってしまい危険だと判断、とりあえず上まで行って……

やっぱり着地に失敗した。

「すっすみません! 失敗しました~」

エスカレーターを挟んだ上のフロアで僕は床に身を投げ出し、自分の上に乗る重量感に挟まれながら呻いた。
上に乗って状況が解らないと首を傾げ、パチクリさせているキャロ・ル・ルシエさんと目が合った。
同時に自分の手が……その……彼女の胸を触っている事に気が付く。男の子としての本能がアレするよりも早く、気恥ずかしさで顔が紅く染まる。
でも幸いと言うかルシエさんは気を悪くしていないみたいだから……

「やってくれるじゃねえか、ガキが!」

……気を悪くされている方が居ました。胸のペンダントの一つ目が輝くと、先程と同じく人格が変わった?

「いえっ! 本当にわざとじゃなくて!」

「当たり前だ! もしワザと触ったってんなら……冥界の扉を開く事に成るぜ」

いつの間にか僕の背後に現れた頭の無い鎧二体がガッシリと僕の左右をホールド。
ズルズルと連行されるのは大部分から死角になるだろう非常口の方。生命の危機を感じて暴れるもまるで相手にならない。
パニックになっているから魔法もカラ発動を繰り返すばかり。

「ケッケッケ、赴任早々同僚を無くすのは悲しいぜ」

「悲しいなら止めて下さい~!!」

本当に楽しそうに悲しそうな事を言うダレカ。その声はまるで悪魔のようだ。しかし悪魔は気紛れで、急に天使になったりする。

「ダメですよ、バクラさん!」

ピタッと僕を連行していた鎧が足を止めた。ルシエさんの表情が怒った歳相応の少女のものに変わる。

「助けてくれようとしたんですから、感謝しなくちゃ! 役立たずでも」

「……」

むしろその物言いの方が凹みます。鎧達は丁寧に僕を立たせ、埃まで払ってくれた。意思があるのか解らないけどとりあえず感謝。

「あのっ! 先程は申し訳ありませんでした! 自分はエリオ・モンディアル三等陸士であります!!」

「これはご丁寧に、私はキャロ・ル・ルシエと言います。機動六課には嘱託として赴任しました。
 それから……」

手近に落ちていたカゴをルシエさんがあけると中から飛び出してきたのは小さな飛竜。

「この子は私の竜、フリードリッヒです。それと……」

再び輝く胸元のペンダント、何だかそれだけで恐いという感覚を刻まれてしまった気がするぞ。

「オレ様の名前はバクラだ。短い付き合いかも知れねえが、よろしく頼むぜ? ガキ」

前髪が一房立ち上がり、口元がニヒルな笑みを浮かべて、目元が鋭さを増す。

と言う事で……『キャロとバクラが新しい同僚と合流したそうです』


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最終更新:2008年04月15日 22:57