『四本の角』って知っているかい? モンスターの名前? 確かにらしいが、そうじゃないんだ。
コイツはある魔道師の二つ名なんだよ。聞いた事がないって? まぁ、アンタみたいなお行儀の良い管理局員には縁が無い奴だ。
奴は管理世界でも紛争が続いているような世界で仕事をしてる。いわゆる傭兵って奴だ。
そうだろ、お前も思うよな? 『腕が良いなら何処でも仕事ができるだろう?』って。
でも出来ないんだよ。アイツは『手加減』をしらねえからさ……『非殺傷設定』だって!?
ハッハッハ! そんな器用なことが出来るんならあの腕前だ。とっくにお前さんの同僚になってるさ。
四本の角を市街地で使ったら成果1に対して10の残骸と死傷者を出すぜ? 
だからアイツは人がゴミくらいの価値しかなくて、碌な建物なんてない場所でしか仕事をしないんだ。
そうとも、お察しの通りさ。片足を潰して魔道師引退させてくれたのは四本の角さ。


―ある元傭兵魔道師の供述―


「で? その四本の角っちゅう凶悪な魔道師がクラナガン入りすると?」

「そういう事。本局調査部の情報だから信じて良いよ」

八神はやて一等陸尉はクラナガンに程近い次元航行船発着港湾、略して『次港』のターミナルで、とある旅客船の到着を待っていた。
隣に立つ飄々としたイケメンはヴェロッサ・アコース捜査官である。

「確かにソレは宜しくない事態やけど、地上本部に黙って動く理由はあるん?」

「どうやら四本の角を呼び出したのが地上本部、しかも上層部が秘密裏にらしい」

「っ! なるほど……」

二つ名と危険な性質のみが伝えられる魔道師を地上本部が極秘裏に呼び出す。確かに何か有りそうな匂いがプンプンする。
若いながらも色々と積みたくない経験も多大に積んでいる二人としては無視できない内容だった。

「その為に地上本部が手配したのがもうすぐ到着する『CDT クラナガン次元輸送』の37便と言うわけだ。
 ちなみにこれが乗客名簿だよ」

「本当に抜け目ないな~ロッサは」

はやては手渡された資料をペラペラと捲る。そこには魔道師である可能性を持つ人物に印が着けられていた。
推測は至って簡単。デバイスは基本的に手荷物扱いで次元航行船には持ち込めない。テロの可能性があるからだ。
故にデバイスは乗船時に預け、下船時に返却される。その預かり証が添付されている人物が魔道師、強いては四本の角である可能性が高いと言う事になる。

「けど四本の角を見つけてもこっちは勤務時間外や。緊急性を要する事もない。何も出来ないとおもうんやけど?」

「もちろんその通り。僕はただ見てみたいだけなんだ。監察官としてではなく、一個人として。
 管理局の意向の及ばない場所に存在する強者の姿って奴をさ」

任務もヘラヘラしながらこなすくせにこんな時だけ真面目な顔をする友人に、はやては大きくため息を吐く。
だがそれが嫌いと言うわけではない。それすらも好ましく思えてしまうのがこの男の魅力だった。

「ほんまに物好きやな。でも私を呼び出したのはどうしてなん?」

「う~ん、好奇心を満たすのと同時に君と次湾デートと洒落込もうかと思ってさ」

次元航行船を降りてきた者が最初に通る税関、その向かいにあるカフェにて二人は座す。
身を包むのは何処にでもあるお互いの私服であり、間にはカップが湯気を立てていた。
傍から見れば何処にでもいるカップルが、搭乗する便を待っているように見える普通の光景。
だがそれも一つのアナウンスにより劇的な変化を生む。微笑み合っていた二人の目に一気に鋭くなる。
ターゲットのご到着を知らせるアナウンス。彼らの目の前の窓口へ船から降りてきた人々が順に列を作り始めた。


「あの船に乗っていた魔道師は3人や」

束から取り出された3枚の書類。それぞれ顔写真とある程度の個人情報、デバイスの特別預かり書が添付されていた。

「さっそく一人目だ」

まずは金髪にサングラス、スーツとコートに身を包んだキャリアウーマン。
確かに仕事は出来そうだが埃っぽい紛争メインに仕事をしているように見えない。

「う~ん、ちょっと違うかな。名前は……リニス?」

はやてはもう一度写真に目を落とす……趣味の悪いネクタイ。黒地に派手な黄色の稲妻なんて正気を疑う。
そう言えば親友に一人居たな……こんな趣味の人。

「ちゃうねん……」

「そうだね。ちょっと違うかな」

二人の間には僅かにニアンスのズレが生じていたりする。


数分後、受付に現れた二人目の魔道師は筋骨隆々な大男だった。
禿げ上がった頭に浅黒い肌。そこには無数の傷が刻まれている。
唯のチンピラでない事はその身から滲み出る風格で解る。ちなみにデバイスはベルカ式。

「これは当たりかな?」

「う~ん、でも近接戦闘を得意とする刀剣型のアームドデバイスや。
これじゃあ市街地じゃ戦えないなんてこと無いと思うんよ」

「確かに」

ベルカ式のスタンダートであろう戦闘スタイルが、非殺傷設定を出来ないようには見えない。
つまり噂の四本の角である可能性は低いだろう。名うての魔道師である事に代わりは無いかもしれないが。


「……と言う事は消去法であの子が四本の角と言う事なんか?」

「まさか……」

三人目の魔道師は小柄な少女。桃色のワンピースを着て、頭には真っ白な縁の広い帽子。
背中にはリュックサックを背負い、犬や猫を移動させるためのケージを持っていた。
都会や人混みには馴れないようで、あっちにフラフラ・こっちにフラフラしている。

「デバイスは……ブーストデバイス? 単体での戦闘は無理やな」

「ハズレだね。調査部の情報が間違っていたのか、四本の角がアポを蹴ったのか」

契約を破るというのも無法の傭兵魔道師なら充分にあり得る可能性だ。残念そうにロッサは自分のカップに口をつける。
はやてもそれに習い、悪友との休日のイタズラが終了した事を知る。だが落ち着かない様子だった少女が気になり、そちらへと目を向ける。

「誰かと待ち合わせかなぁ」

キョロキョロと辺りを見渡しては、時計を気にするその様子。
そう言えば足元に置いたカゴが激しく揺れている。中のペットが暴れているのだろう。
『田舎育ちの少女が都会で暮らす親類や兄弟でも尋ねてきた』そんな平和なシナリオをはやては脳内で描く。
幼い頃から肉親と言う存在が遠かった彼女らしい憧れに似た感情。だがそれは少女を迎えに来た人物によって壊される事になる。

「ロッサ……あの子」

「え?」

自分で口にしたのだが手に持ったカップが震えているのをはやては認識する。
その恐ろしい事実に確証を与える者こそが少女を迎えに来た人物。
彼女の中では親や親戚、もしくは兄や姉が迎えに来るはずだった。だが来たのは……

「気付かれんようにゆっくり振り向いてえな。あの迎えに来た女性、プレイボーイとしては忘れられん顔やろ」

尋常じゃないはやての様子にヴェロッサは視線をズラして、驚愕する。
現れたのは鋭い目付きと鉄仮面をサングラスで隠し、何時もの管理局の制服からスーツに変えてはいるが忘れられないだろう女性。

「驚いた……オーリス・ゲイズじゃないか」

地上本部のトップ、レジアス・ゲイズの娘にしてその右腕、つまり地上の実質的№2。
四本の角を呼び出したとされるのが地上本部の上層部。そしてオーリスと接触している少女こそが……

『非殺傷設定を知らず、市街地で使えば一の成果に十の被害を生む魔道師』


「あの子が四本の角や」


はやてとヴェロッサを驚かせたオーリスだが、彼女自身も驚愕を隠しきれずにいた。
面倒な案件を始末する為に地上本部の上層部が秘密裏に雇ったフリーの魔道師。
一般的には名前を知られておらず、その実力を折り紙つき。そんな魔道師を探してみれば出てきたのが『四本の角』と言う二つ名。
コンタクトに成功し、報酬でも折り合いがついた。そしてクラナガンに呼び出し、都会慣れしていないと言うから迎えに来てみれば……

「わ~! 大きな建物~」

彼女が運転する車の助手席で、目を輝かせながらクラナガンの町並みを見る一人の少女。
桃色のショートヘアにお揃いのワンピース、足元には黒いパンプスを履いている。
先程まで背負っていた若干痛んでいるキャラクターモノのリュックは膝の上。

「アレはビルと言うのよ。四本の角」

「あの……私はキャロっていう名前があるんですけど~」

「お互いの為にビジネスライクで行きたいわ」

どうやらキャロと言うらしい本名を聞いてもオーリスはその表情と態度を崩さない。
そう! あのどう見ても悪人&死亡フラグな父親と長年一緒にいるわけではないのだ。
オーリスは落ち込んだ様子のキャロには目もくれず、ふと後部座席でガタガタと揺れているケースをミラー越しに確認。

「ところでアレは何?」

「私の『角』が入ってるんです」

「?」

丁度余りにも暴れすぎたせいか留め金が、バチンと弾けた。
中から飛び出してくるのはドラゴン。二本の足で立ち、皮膜により構成された翼と長い尻尾を持つ竜種。

「ピギャ~!」
「ギャルルル~」

あたりの見慣れない光景に二匹とも困ったような鳴き声を上げる。
盾のような頭部の甲殻と山羊のように捻れた二本の角が特徴的。第97管理外世界で言う所のトリケラトプスのよう。

「ドラゴン……」

「はい! フリードリッヒって言います。私の竜です!」

「二匹居るように見えるけど?」

そう、一つのケージから飛び出してきたのは二匹。造形は同じだが色が違った。
一匹は砂漠迷彩のような黄褐色だが、もう一匹は黒曜石のように磨き上げられた漆黒。

「一匹分の名前しか考えてないの、召喚したら二匹だったんです。だから……」

黄褐色の固体を指差して……「こっちがフリード」
次に漆黒の固体を……「そっちがリッヒってことにしてます」

「なるほど」

オーリスは暴れまわる二匹の小さな暴君たちに、シートが破壊されないか心配しながらも冷静に考えを巡らせる。
珍しい竜召喚士、しかも二匹の竜を呼び出すとなればその実力は計り知れない。

「あぁ……だから四本の角……か」

二匹の竜がそれぞれ二本の角を持つ。つまり角の数は合計四本。


クラナガンはミッドチルダ式魔法文明の中心地として繁栄している。それは間違いない。
だがその繁栄に堕ちる影、誰もが目を背ける闇がある。『廃棄都市区画』。
いくつかの理由で放置され、復興も取り壊しも行われず、朽ち果てた元市街地だ。ボロボロのビルは未だにその形を保っているが故に寂寥感を増す。
もちろん問題は景観や土地利用の問題だけでない。その管理局の目が届かない場所には普通の場所では生きていけない存在が集まる。
違法移民や犯罪者たちが寝床や生活の場所、時には悪事の隠れ蓑としてその場所を利用する。

管理局地上本部が対処に困っているテロリストもそう言った類の一例に過ぎない。
そのテロリスト達が何をやってきたのかを語るのは止めよう。余りにも普通のテロリズムだからだ。
様々な経緯を経てその集団がクラナガンにてテロを計画している事が判明、実行前に確保しようとしたが逃亡。
その逃げ込んだ先が廃棄都市区画の元著名なホテルの廃墟だった。ソコが唯の廃墟ならば制圧は難しくは無かっただろう。

だがそのホテルは各次元の代表クラスが会談をする事まで想定された場所だったのだ。
つまり『攻めるに難く、守るに易し』を地で行く構造なのである。
周囲数百メートルには建物が無く、視界が確保されている為に秘密裏に進入が効かない。
悪い事に放置されていた非常用魔力炉により警備システムが起動され、無数のカメラと迎撃用スフィアが動き出す。
地下の貯蔵庫には非常食が積まれていたらしく、兵糧と言う面でも万全。シャッターが閉まり、正面突破も阻まれている。
テロリスト達が本来の計画の為に所持していた傀儡兵も合わさり、戦力はかなりのもの。
廃棄都市区画に関する多くの情報が失われている今、その元ホテルは誰もが全容を知らない迷宮と化してしまった。

以上の場所を攻略するのは、高ランク魔道師不足に悩む地上本部にとって簡単ではない。
既にテロリストが篭城を始めてから一週間がたち、数度行われた突入作戦は悉く失敗。
表向きは人質が居ない事、被害が無い事からも緊急性はない。だがテロリスト相手に手間取るというのはそれだけで色んなものに傷がつく。
もちろん本局に増援を頼むなり、某タヌキの個人所有戦力を動かさせるなり、手段が無いわけではない。
しかしそれは地上本部の威信が、如いてはレアスキル嫌いなレジアスのプライドに傷をつけることになる。
その結果として『名が知られていないが実力は確かな魔道師を雇ってこっそり解決する』と言う手段が選択されたのだ。


「以上が状況よ。何か質問は?」

ホテルからある程度離れた場所に設置された対策本部で、オーリスは現在の状況を四本の角 キャロに説明を終えた。
終始目元や唇がピクピクしているのは、相手が真面目に話を聞いていたように見えないから。
キャロはテーブルに置かれたインスタントコーヒーへ、砂糖とミルクを溶かす作業を必死に行っている。
その足元では二匹の竜がじゃれ合っていたが、その声がやたらに鬼気迫った迫力があり、愛らしい行動との矛盾。

「よく解りませんでしたけど、つまり……『踏み潰せ』ってことですよね?」

「えっ……えぇ、そういう事になるわ」

オーリスは不覚にも自分の背に走る寒気を認識した。こんな十年も生きていないだろう小娘に?
『踏み潰せ』
確かに彼女が指示した内容とは大きく離れてはいない。四本の角に求めたモノは『突破力』なのだ。
監視や迎撃をものともせず、一定以上の強度を守り続けるホテルに突入の穴を開けること。

「じゃあ、さっそくやりましょう」

渡された地図を眺めつつ、コーヒーをチビチビと啜っていたキャロは唐突に言った。
朗らかな笑顔でこれから散歩にでも行くというくらい軽い気持ちを露わにしながら。
そんな様子にオーリスは自分の寒気の正体が理解できた。目の前に居るのが『危険な傭兵魔道師』であると言う事実。
そしてソレを忘れてしまうほどに子供らしくて可愛い様子。まるで噛みあわないのだ。
『この娘は一体どんな人生を送ってきたのだろうか?』


「ダメね……ビジネスライクで行くつもりだったのに」


キャロは前方に聳え立つビルを見上げていた。その周りだけは他の建物は無く、視界は開けている。
視界は彼女が戦闘を行うのに重要な要素だ。もっとも開けていなかったら無理やりにでも『開く』のだが……

「セットアップ、ターリアラート」

取り出したのは骨を削りだしたような質感の装飾品。待機状態のデバイスである。
その名前の意味をキャロは良く知らない。ただ偶々出会った『ハンター』なる職業の人が熱心に勧めてきた名前を採用しただけ。
『その竜を二匹も従えるお嬢ちゃんの武器にこそ相応しい名前だ』
どういう意味だろう? しかも自分の二匹の竜を知っているような口ぶりだった。

「もう、後の祭りか」

もう会うことも無いだろうハンターなる人に思いを馳せつつ、キャロは己の身を包む衣服 バリアジャケットを検分する。
適当に着崩した黒のワイシャツに同色のロングスカート。その上に砂漠色をしたボロボロのローブを纏う。
手にはブーストデバイスとして本来の姿、中央に真紅のダイヤ状結晶を抱いた骨色のグローブとして装着されている。

「行くよ、フリード! リッヒ!」

「ギャウ!」
「ギャワウッ!!」

茶褐色と漆黒の竜が短く吼える。そこには先程の戯れとは比べようが無い闘志が宿っていた。
キャロは掌を開いて左右に突き出し、唱える。四本の角を真に解き放つ為に。

「荒野を貫く二つの閃光。我が剣となり、地を駆けよ。
来よ、我が竜たち! フリード、リッヒ!! 竜魂召喚!!」

二体の幼き竜たちの足元に展開される魔法陣。そこから湧き上がるのは寂れ、疲れ果てたような砂の色。
そんな光が二匹を包み、大きく膨れ上がり……弾ける。光の中から現れた二匹は今までとは大きく異なっていた。
構造的には大きな変化は無い。だがサイズが巨大になった分、今まで気にならなかった特徴が大きなインパクトへと変わる。

身を覆うのは鱗ではなく甲羅と呼ばれる頑強なもの。
頭部を守る盾のようなヒダ飾りとそこから生える二本の捻れた角。
大きくなった東部を支えるシッカリとした二つの足、バランスを取るように広がる翼。
目は小さく溢れ出す様な怒気を孕み、鋭い牙が細かく生えた口から荒い息遣いが漏れる。
本当の姿を取り戻した様子から彼らはこう呼ばれている……『角竜』と。


「「■■■■■■■■■■■■■!!!!」」

二匹の角竜 『ディアブロス』とある世界では呼ばれている竜が天を仰ぎ、信じられないようなボリュームで咆哮する。
空気の波が鼓膜どころか地面すらも揺さぶり、誰もが耳を押さえてその存在に釘付けに成った。
注目を集める事は決して作戦のプラスには成らないだろう。だがキャロからすればそれはマイナスにも成りはしない。
何時でも何処でも彼女の、彼女達がするべき事に変化は無いのだから。

「逝けぇ!!」

命令はそれだけで充分だ。主の言いたいことも、自分達の成すべき事もディアブロス達は知っている。
故にただ前へ……奔り出した。


二匹の竜と言う以上の出現にホテルを包囲していた局員も、外の様子を窺っていたテロリスト達も注目した。
「どんな手段を用いて活路を開くのか?」と局員達は胸を高鳴らせ、テロリストたちは顔を青くした。
だが二匹の竜はブレスを吐くわけでも、空を飛ぶでもなく……走りだしたのだ。ホテル目掛けて真っ直ぐに。
その動きに局員は首をかしげ、テロリスト達は嘲笑う。そんな事をしても迎撃システムの餌食だと。

「ダメだ!」

突然近づいてきた大きな物体に射撃用スフィアがシールドを展開し、魔力弾を一斉に発射する。
起動した傀儡兵が武器を構えて、迎撃の態勢を整えた。誰かの上げた悲鳴通りならば数秒後、二匹の巨体は地に伏していただろう。
だがそうは成らなかった。

『弾いてしまった』

多くの射撃魔法が顔の大部分を覆う骨の盾に弾かれ、瞬く間に霧散してしまう。
次の魔力弾が放たれる前に、最前線のスフィアから順に踏み潰されてスクラップ。
巨体からは想像できない速度で、巨体ゆえの質量をそのままインパクトと加速に変換する。

「化け物が!!」

しかもただ突進している訳ではない。ある程度の場所で方向転換。
振り回された尻尾は、先端が棍棒状に膨らんでおり打撃力を増す。それを振り回すことで広範囲の傀儡兵やスフィアを薙ぎ払う。


「ちくしょう!!」

一帯に張り巡らされた隠し通路から飛び出してきたテロリストが魔力弾を放つ。
スフィアの放つものよりも格段に威力が高い。それをモロに鼻っ柱に受けた角竜が……止まらない。
むしろ攻撃と言うのは彼らの闘争心に火をつけ、痛みや恐怖すら忘れさせる。

「あぁああ!!」

一歩を踏み出す足音が告げる死の感触。かなりの速度であるはずなのにゆっくりと味わう恐怖の味。
そして……『轢かれた』。突き出される二本の捻れた角がテロリストを捉えて跳ね上げる
大質量の大加速が大衝撃を生み出し、それが哀れな犠牲者の全身を粉砕する。
体の内も外も変わらずに破壊しつくされ、一瞬で死ねた事だけが彼の唯一の幸福だろう。


「強いって……こう言う事だ」

誰かが呟いた。人間で言えば魔道師のランクがどうとか、竜で言えばブレスが吐けるとか、そう言ったことではない。
そんな難しい事ではないのだ。『大きくて、早くて、重くて、硬い。ついでに怒りっぽい』
それだけで事足りてしまう。もちろん理由を突き詰める事は可能だ。

例えば盾のようなヒダは頭だけではなく、内臓や推進器官である足も守っているとか。
小さな目は頭部を盾として用いる場合に敵にピンポイントで狙われる危険性を軽減しているとか。
角の捻れた構造は衝突の衝撃を失わせず伝えることができるとか。

まぁ、そんな事はどうでも良い。どうでも良いと感じさせてしまうほど純粋な……暴力。


「アッハッハッハ! 粉砕! 玉砕! 大喝采!!」

自分の唯一の共にして、剣である竜達の活躍と言う名の殺戮を見渡して、キャロは叫ぶ。
コレで良いのだ、何時も通り。提示された『モノ』を踏み潰して、報酬を貰う。
村を追い出されてから数ヵ月、普通を貫こうとしてきた。普通の人間を目指していた。
でもダメだった。唯の世間知らずの小娘など世界では余りにも無力。
嫌な経験などもはや忘れるほど積み重ねてきた。気色悪い笑みと撫で回される体の感触。
思い出しただけで鳥肌が立つがキャロは哀れなテロリストたちを蹂躙する事で発散する。
ベルカがなんだ? ミッドが如何した!? 踏み潰されてひき潰されるそれらは等しく無価値だ。

「結局! 強い奴が正しいんです!!」

力なき娘など陵辱の対象だが、力ある娘は違った使い方をしたいと思うのが人だ。
そんな風に命を繋いだ元闇の書の主やプロジェクトFの遺産。彼女たちが管理局で相応の地位に居るのだから、キャロの至った答えは間違ってはいない。
数年の経験と修練により、独学であるが竜使役を完全にマスターした。そしてその余りにも単純な暴力を使う手段が紛争。
それが運の悪かった強者の行き着く可能性。八神はやてのようなケースなど稀であり、世界はこんな筈じゃなかった事ばかりなのだ。


「ん~あれはチョッと強そうですね」

大方のスフィアと傀儡兵を粉砕したフリードとリッヒが最後に向かい合う相手。
何処から持ち込んだのか? 大型の傀儡兵、手には大きさに見合う剣と盾を装備していた。
その傀儡兵を包囲する形でフリードとリッヒは動きを止め、キャロの指示と助力を待っている。
パートナーたちのアクションに頷き、キャロは唱える。

「我が乞うは疾風の翼。猛き角竜に、駆け抜ける力を」!
『Boost Up  Acceleration』

左手に装着されたターリアラートが光を放つ。さらに詠唱は続く。

「荒々しき御身に、力を与える祈りの光を」
『Boost Up  Strike Power』

まだまだ詠唱は終わらない。

「我が乞うは城砦の守り。猛き角竜に、清銀の盾を」
『Enchant Defence Gain』

補助魔法の三連詠唱。上からそれぞれ機動力、打撃力、防御力をブーストする。
ターリアラートが三連続で補助の光を放ち、それぞれがフリードとリッヒに重なった。
与えられた力の意味を理解し、二匹の竜は走り出す。グルグルと傀儡兵の周りを周りだしたのだ。

「!?」

驚きの感情は搭載されていないだろう、魔力合金の巨体が僅かに首を傾げた。
プログラミングされていない事態に思考パターンにノイズが走る。ブーストされた速度により二匹の姿が霞んで見えた。

「□□□!」

敵の意図は読み取れずとも、撃破を優先したのだろう。傀儡兵は剣を振り上げ、一気に振り下ろす。
だが鋭い金属音と共に剣が弾かれ、巨体が僅かに揺らぐ。タダでさえ硬い甲羅が防御力アップの加護を受け、巨大な刃を弾き返した。
そして生まれる一瞬のスキ。フリードとリッヒは円周運動を直に直線的な動きへ変更。
二匹は正面から並んで傀儡兵へと相対、一瞬の溜めの後に爆発的な加速。

「「■■■■■■!!!」」

三連ブーストにより強化された衝撃×2は、傀儡兵の巨体を押し倒す……なんてレベルでは済まされない。
余りにも大きな衝撃で頑強な傀儡兵を粉々に粉砕。しかもその勢いはなお衰えず、後ろに控えていたホテルへと激突。

『破砕音の多重奏』

一週間も管理局の威光に歯向かい続けた旧時代の遺物は、余りにも純粋で圧倒的な暴力を前にして砂の城が如く大穴を開けた。


「これで……良いですか?」

キャロは振り向いて唖然とする管理局員たちにそう問うた。
傀儡兵とスフィア、ホテルと言う壁も失ったテロリストたちは既に烏合の衆。
数で勝る局員が一網打尽にして終わりだろう。つまりキャロの仕事は終了である。

「突入だ! テロリスト共を逃がすな~!!」

慌てて駆け出す部下たちを見送り、オーリス・ゲイズは仕事を終えた傭兵に報酬を渡す『つもりだった』。
しかしその前にキャロのある言葉を聴いてしまい、ソレができなくなってしまう。
小さな姿で返ってきた二匹の竜 フリードとリッヒを撫でて褒めながら呟いた小さな一言。

「これでご飯が食べられるね? こんな事をしているから……私は生きていける」

『ビジネスライクで行きたい』そんな言葉は既にオーリスの中では掻き消えていた。
幼い傭兵の一言一言が『管理局の大儀』や『地上の平和』で倫理武装された彼女の心を打った。

「ゴメンなさい……」

「あのっ……どうしたんですか?」

打たれた心の反響が生む不協和音、それを打ち消さんが為に思わず彼女はキャロを抱き締めていた。
何が管理局だ! 何が次元世界の安定だ! 小さな娘がこんな惨い事をしなければ生きて行けないと言うのに。
そんな状況を改善する為ならば質量兵器だろうが、悪の天才科学者だろうが利用してやる。

「この後はお暇かしら?」

「あっはい! しばらくクラナガン観光でも……と」

「じゃあディナーをご馳走するわ。もちろん私持ちで」

しかし今すぐできる事はそれくらいだ。依頼主の提案にキャロは嬉しそうな顔で頷いた。
もしこの少女が何処までも非道の傭兵ならば、こんな気持ちには成りはしないとオーリスは分析する。
だがキャロは今でも必死に普通を目指しているから……放っておけないのだ。

「あの教導官や執務官、闇の書の主にも解って欲しいものね。力の特別視、そしてソレが生む悲劇を」

キャロはその一例だ。誰もが持たざる力を持つと言う事は、それだけで多くの可能性が何も言わずに憑いてくる。
今まであの若手三人組は正しく順風満帆、良い方の可能性だけでここまでやって来た。そうする要素が多かったことも幸いして。
だがちょっとでも道を踏み外せば、彼女達が歩く道はキャロがひた走っている死体と瓦礫の道となりうる。
管理局が否定する『誰もが使える力』こそが『誰もが持たざる力』の価値を無くし、幸か不幸か『力を持ってしまった者』を救う手段。


「いつかその危険な角が折れると良いわね」

「ギャウ!」
「ギャワウ!!」

「ちょっ! フリードとリッヒ拗ねないで~」

抱いていた肩を離してオーリスが呟いた夢物語。それに辿り着くまで四本の角は走り続けるのだろう。

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最終更新:2008年04月10日 22:50