XV級次元航行艦クラウディアの艦長、クロノ・ハラオウンが本局にある義妹の部屋を訪れたのは偶然。
定期メンテナンスの為に本局に立ち寄り、補給の都合で出港まで僅かながらスケジュール上の空白が生じる。
何時もは通信の画面越しである義妹 フェイト・T・ハラオウンの顔を見ようとクロノは思い至ったのだ。
スケジュールを確認すれば午後から外出予定だそうだが、それまでは自室にいると言う回答。

「フェイト、クロノだ」

『いらっしゃい。チョッと立て込んでるの、入って待ってて』

クロノが執務室のインターホンを押せば、すぐさま帰ってくるフェイトの声。
言われるままにロックが解除された部屋に入った彼は僅かに感じる違和感に首をかしげた。
執務官に割り当てられる執務室はそれなりに広い。一つの事件を解決と言う形に導くには多くの準備が要る。
証拠を揃えたり、その事例がどの法を使って裁くかなど。その為には無数の資料を集め、無数の書類を作成するデスクワークが必要だ。
故に執務室は書類と資料で埋まっているというのは珍しい事ではない。しかしそれ以外のものがクロノの目に付いたのだ。
それは服。この部屋の主が誰かと言う事を考えれば、女性モノの服。しかも様々なタイプが複数、乱雑に置かれている。

「フェイト~この服は?」

未だに姿を見せないと言う事は多分、今も別室で着替え中なのだろう。
そう彼が考えていると別室のドアがスライドし、フェイトが姿を現す。

「お待たせ、クロノ提督。それとも……お兄ちゃんの方が嬉しいのかな?」

「……どちらでも構わないが……どうしたんだ? その格好」

久し振りに直接会った義妹のイジワルな質問に苦笑しつつ、クロノは首を傾げた。
スリットの入ったタイトスカートとジャケット。同じ様な形状の執務官制服とは異なり、統一された紺色のシンプルな作り。
確かにその一点ならば大きな違和感を覚える事は無かっただろう。しかし何時ものフェイトとは違うポイントはそれだけではない。
顔には薄いながらも確かな化粧、口元は嫌味にならない程度に赤い口紅。耳にはイヤリングが本物の輝きで自己主張していた。
手に巻いているのはアナログ式で確かなブランド品、手に持つバッグも同様。ソコから導き出される答えは……

「デート……なのか?」

「え? う~ん、『数年越しの想い』ではあるけど」

「$%&#*!?」

チョッと困ったような、しかし同時に嬉しさを感じさせるフェイトの表情に、クロノは思わず悲鳴を上げた。
彼はそう……シスコンの気があったり、無かったりする。

「あっ相手は誰だ!? ユーノか? もしかして僕の知らない奴!?
 結婚を前提にお付き合いしているなら、一度は僕や母さんやアルフに顔を見せるのが道理だろう!」

「……クロノ、そんなんじゃないから」

搾り出すように捲くし立てた後、荒い息を吐いている兄を見て、フェイトは苦笑。
彼女からしてもここまで取り乱す兄と言うのは滅多に見られるものではない。
クロノもようやく冷静になったらしく、起動状態にしたデバイスを引っ込めて、咳を一つ。

「まぁ、なんだ。その……じゃあ誰に会うんだ?」

「初めて……フラれた娘……かな?」

ポッと顔を紅く染め、所在無く視線を彷徨わせている義妹にクロノは、先程とは異なる絶望的な視線を向ける。
此方の顔色は真っ青で具体的に言えば『親か子供、伴侶が難しい病気に犯されている』と告げられた時のよう。

「つまりアレか……フェイトは同姓で大きく年下でないとダメなのか?」

「え?」

「イヤ! 君の生い立ちの複雑さは理解している。それ故に少々凡人には理解できない性癖が…『違う!』…そうか」

クロノは否定されて安心なような、同時に残念なような複雑な顔へとシフトチェンジした。
なんだか目的やこれから行うべき事から自体が離れている事に気がついて、フェイトは真剣な顔を作り、短く言い放った。

「ビルの生き埋めになった関係だよ」

「っ! なるほど。それなら君が入れ込むのも分かる」

「そろそろ行かないとマズイな。ゴメンね、ゆっくり話せなくて」

時計を確認するとフェイトは酷く残念そうだ。久し振りに義兄との時間も彼女にとっては大事な物なのである。

「構わないさ。何時だってまた会える。僕達は家族だろ?」

「クロノ……うん」

「チョッとまて、フェイト!」

嬉しい事を言われて嬉しさ倍増、スキップで部屋を後にしようとしたフェイトをクロノが呼び止めた。
そして重々しい口調で告げる。

「そのネクタイは止めた方が良い」

彼女がしているのは黒地に眼が覚めるような黄色の稲妻が刺繍されたネクタイ。心底驚いた顔をする妹にクロノはため息をつく。

「これお気に入りなんだけど……」

「自分でも今風のセンスを持ち合わせているとは思わないが、君のセンスは解らない」


「ここで良いのかな?」

通信を切断しようとする相手から苦労の末に取り付けた再会の約束。
フェイト・T・ハラオウンは嬉しさによる緊張と共に戸惑いを覚えていた。
指定された場所はある管理世界の中心の都には、クラナガンにも負けない近代ビル郡が聳えていた。
その一角、二十や三十では階数が足りないだろう高層ビルに約束の場所はある。
ビルの最上階を占拠するレストラン。内装や雰囲気からソコが『高級』と言う形容詞を冠する事は容易に察しがつく。

「いらっしゃいませ」

「え~と『盗賊』に会いに来ました」

「どうぞ、こちらへ」

あらかじめ伝えられて合言葉により、ウェイターはフェイトをその席へと導く。
窓側に面し、ソロソロ輝き出した夜景を一段できる絶好のポジションだろう。
白に銀の縁取りがされたクロスを纏うテーブル、それとセットになった座り心地が抜群の椅子。
テーブルの上には陶磁器のティーセットと、イチゴのショートケーキがホールで置かれている。

「キュクル~」

取り分けられたケーキを貪っていた白銀の飛竜が、フェイトの姿を確認して短く吼えた。
名をフリードリッヒ。だが口の周りがクリームだらけで威厳も何もないことが残念だ。
そして窓際の椅子に腰を下ろし、優雅に紅茶を飲むのは桃色の髪の少女。名を……

「お久しぶりです、フェイトさん」

「元気そうでよかった。でも見違えたね、キャロ」

キャロ・ル・ルシエ。少数民族アルザスに生を受け、余りにも大きな力を持つ故に追放された少女。
フェイトの『見違えた』と言うのは単純に『背が伸びた』等と言う事ではない。
確かに背は伸びたし、女性としての丸みも僅かにだが増しただろう。だがそういう事ではないのだ。
体から染み出すソレは『強さ』。多くの経験を潜り抜けた何者にも屈さぬ心意気。
力を持ち、ソレを行使する事を厭わず、勝ち続けたからこそ生まれる『強者の余裕』。

黒に赤のフリルがついたある種奇抜なワンピースの胸元、金色のリングの中で三角に刻まれた目が光り輝く。

「そういうテメエは変わってねえみたいだな? 引退の予定はないのか、執務官さまぁ?」

光が収まればキャロと言う少女の人が文字通りに変わっていた。少女が先程まで放っていた強さとは異なる強さ。
それこそ積み重ねた年月とその行いに圧倒的な差がある。それは『闇』だろうか?
口元はニヒルに歪み、目元は鋭くなる。二房立ち上がった前髪と口を開けば出る皮肉な言葉。

「悪いけど生涯現役のつもりなんだ。えっと……バクラ」

悪趣味な金色のペンダント、千年リングに宿る古代エジプトを震撼させた邪神の欠片。
数奇な運命のイタズラによりキャロの手に収まり、それからこの数年彼女を導き、助けてきた『盗賊』である。

キャロとフリード、そしてバクラ。この二人と一匹こそがフェイトに始めて土を付けた相手であり、再会を待ち望んでいた想い人。
優しい世界で正義を守ってきたフェイトが始めて出会った敵でもあり、助けたい対象でもある奇妙なポジション。
これから始まるのは近況を報告しあい、本音を語り合う機会なのだ。


『キャロとバクラが強敵とテーブルを共にするそうです』


「いざ向かい合ってみると……」

「なんだか……緊張しますね?」

フェイトとキャロはテーブルとティーセットを挟んで向かいあう。
なにをしているか?と言う疑問の答えとして、『お見合い』だといわれても仕方が無いほど、お互いが緊張しているのがヒシヒシと伝わってくる。

『じゃあ止めようぜ』

「キュックル~!」

「「ダメ(です)!!」」

しかしお見合いを快く思わない同席者 バクラはイメージの中でダラ~と姿勢を崩して耳を穿っている。
その反対の声に同調するフリード……イヤ、彼はただ食べていたケーキが無くなって『もっと寄越せ!』と言っているだけだろう。
まぁ、返事の内容としては『食べすぎはダメ!』と言う事で、バクラの意見と共に対処は同じなのだが。

「じゃあ私から質問を一つ、良いかな?」

「あっはい! どうぞ」

お見合いにすら劣る、これでは面接のような気がするが本人たちはいたって真面目。
まずはフェイトがキャロにこの約束した場所に来て最初に感じた疑問を口にした。

「お仕事は何をしてるの?」

人よりは高給取りなフェイトですら、中々入るのに躊躇いそうな高級レストラン。
そこで優雅にお茶を飲んでいたキャロの仕事・収入の内容が純粋に気になったのだ。
その質問にキャロが困った顔などしようものならば、残念な事に保護者たるバクラに詰め寄らねばとフェイトは心に誓う。

「色々です。ね、バクラさん?」

「アァ、色々だな。本当になんでもやるからな、相棒は」

この場合の色々は『要人の護衛からティッシュ配り』までと言う余りにも広い分野を指す。

「そっそうなんだ?」

「何でもやる相棒だけどよ、やっぱり羽振りが良いのは魔道師関係だな」

金の話となると口が回るのは盗賊のクセだろうか? バクラが今までギャラが良かった仕事を上げていく。
その内容ごとにキャロは思い出に浸り、フェイトはその壮大なスケールと危険性に顔を青くしていった。

「某次元世界代表者の護衛」とか「某王朝王女の救出」とか「汚い事してた銀行から金庫ごと盗む」などなど。
確かに金庫ごと盗めばこんなレストランでも食事をするのは楽勝だろう。
余りに衝撃的な内容にフェイトが胃を抑えているとキャロは首を傾げた。彼女は自分が変な事を言ったつもりなど欠片も無いのだ。

「どうしましたか? フェイトさん」

「え~と……うん、大丈夫」

「たぶん、相棒の勇姿に感動してんだぜ。しかし紙幣をビルの上から撒くのは面白かったな?
 また今度やろうぜ、相棒」

フェイトは何だかもう自分の居場所すら間違えているようなに紅茶を一口。
『あれは紙吹雪みたいでキレイでしたね~』と笑いあう二人は何だか別次元の存在なのか?
しかしフェイトは諦めない。これくらいの事は予想の範囲内ではなかっただろうか?
何せ自分の手を振り払い、闇の中へと駆け出した少女とソレを導く邪神の欠片を相手にしているのだ。

「ティッシュ配りは寒かったですけどね」

「だから、あんな事はしなくて良いって何度も言ってんだろう?」

「でもやっぱり安定的なお仕事しないと……」

「うるせえ! オレ様の心配なんてしなくて良いんだよ!」

『変わった』と言う自分の感想を、フェイトはその会話を聞いていて一部撤回した。
そんな様子は変わっていない。この二人は本当に……『相手のことしか考えていない』。
フェイトはあの夜の廃墟でそれぞれが意図せずに口にしただろう二つの言葉を思い出す。


「けど『どうして大事な人が一緒にいないんだろう』なんて後悔したら、それこそ取り戻せない。
 だから今はこの険しい道を歩いて行きます……バクラさんと一緒に」

「相棒が欲するならオレ様は国だろうが、世界だろうが何でも盗んでみせるぜ!
 それが今、バクラが存在する意味だからなぁ!」


闇であろうバクラに光であるキャロ。その二人がお互いに影響を与え、変化させ続けるいわば混沌。
管理局や自分の正義では割り切れない第三勢力にして未知の可能性。まあ、難しい事は置いておこう。
重要なのは二人が他人から見れば……相思相愛だと言う事だろうか?
そんな不思議な存在たちとフェイトは理解しあいたいと思うのだ。管理局執務官としてではなく、唯のフェイトとして。
身を乗り出して、キャロに問う。バクラには聞かない。多分拒否されるだろうから

「じゃあ次は私の事を話して良いかな?」

「あっはい!」

「別に聞きたくねえけど」

ほらね?


結局二人と一匹と見えない一人のお茶会はそのまま食事会まで突入した。
テーブルに並ぶ彩り豊かで優雅な料理を腹に収めながら、フェイトはある思いを強めていく。

『もっとこの二人(と一匹)と一緒に居たい』

僅か数時間で理解するのはハッキリ言って不可能だった。もっと違う場面ならば違う一面を見せてくれるだろう。
純粋な好奇心とそれにより自分の思考に与える変化がフェイトをワクワクさせる。
さらにもう一つの可能性、『機動六課に与える影響』。本当に真っ当な道だけを歩いてきた者たちが集う理想の場所。
穢れる事を知らないあの場所にこそ、裏の世界を酸いも甘いも知り尽くした様な人物が必要。
そしてフェイト・T・ハラオウンを信じすぎている、可愛いエリオ・モンディアルも対極の存在を知るべきなのだ。

ライトニング4は……決まった!


「楽しい食事の席で悪いんだけど、ビジネスの話。して良いかな?」

「え?」

「あん?」

「キュルル~?」

三つの視線が訝しげにフェイトへと集まる。そして彼女は告げた。


「貴方達をスカウトしたいんだ。時空管理局遺失物管理部機動六課へ」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年03月29日 13:47