覇気が全て無くなった様な廃棄区画の一箇所で、思いと思いのぶつかり合い。
片や紅いコートを纏った桃色の髪の幼い少女、一方は白いマントを羽織った長い金髪の女性。

『力がたりねぇ! アイツは今までのザコとは桁が違うぜ、最初から全力でいく!』

「もっと強くですか!?」

『そうだ、もっと強く! もっと高く!』

少女 キャロに発破をかけるのは、邪悪なる意思の欠片にして古代の盗賊 バクラ。
キャロがソレに答えて力を増せば、彼女の腕に嵌められた手袋型デバイス ディアディアンクからさらに光が溢れる。

「召喚行くぞ! あわせろ、相棒!」

『はい!!』

突き出したのはディアディアンクが装備された左腕。周囲に広がるのはミッド式魔法陣をベースに見慣れない文字が渦巻く得意なもの。

「『名も無き哀れな怨霊たちよ、この呼び声に答えよ! 
汝らに偽りの体と名を与えん! シモベとなりて我らが敵を討ち滅ぼせ!」

今まではバクラ一人で行っていたそのプロセス、今回はキャロと二人で行う。それは今まで以上の力の発露を意味していた。
桃色の魔力光で描かれていたはずの魔法陣は血の様な赤黒を経て、真っ黒な闇の色へと変わる。
液体、いや粘液のように泡立つ不気味な魔法陣からゆっくりと現れる手や頭部。

「死霊召喚!」 

『来な、首なし騎士! ゴブリンゾンビ! 夢魔の亡霊!』

中から飛び出してきたのは首の無い板金鎧と異形の亜人の屍骸、ベッドから溢れ出る不定形な人型。
手にはそれぞれ武器や防具を装備しており、戦闘への意欲……などと呼ぶに生ぬるい妄執を漂わせている。
数は三体ずつ、計9体。キャロとバクラを含めて数ならば10対1と圧倒的に有利な状況。
それを一瞬で作り出すのがこのバクラ式とも呼べる召喚術最大の利点だ。

だが……

「……行くよ、バルディッシュ」

『イエッサー』

煌くのは金色の閃光。翻る白いマントと金色の髪。
僅かに先行する形となっていた二体が瞬く間に切り伏せられ、煙となって掻き消えた。
ソレを成したのはバクラたちと対峙する管理局執務官フェイト・T・ハラオウン。
そしてその手に握られ、鎌状の魔力刃を形成するインテリジェント・デバイス バルディッシュ・アサルト。

「おいおい、マジかよ……」

『スゴイ……』

敵対者すら舌を巻くその速さや魔力、戦闘経験の差。管理局本局のS+ランク魔道師は伊達や飾りではない。つまり……


『キャロとバクラが最強の敵と激突するそうです』


「ケッ! あのスピード……トロイ雑魚共じゃ話にならねぇか!?」

バクラは目の前で繰り広げられる一方的な戦闘を見て吐き捨てた。
本来ならば数で圧倒的に勝る此方が一方的な戦闘を行うはずだったのだが、どうやら現実はそこまで甘くないらしい。
跳び回っているのか、飛び回っているのか解らないスピードで動き回る稲妻が的確にモンスター達を両断していく。

『バクラさん、ブーストやってみます!』

「覚えたてじゃねえか、大丈夫かよ」

覚えたての技をいきなり実戦で使うというのは、どんな世界・どんな状況でも危険が伴う。
だがバクラのそんな心配をキャロは一喝する。

『今使わずに何時使いますか!?』

その目に宿る果たしかに勝利を渇望するデュエリスとの心意気。その様を見てバクラは
何時にも増して鋭い笑みを浮かべ、GOサインを出した。

「へっ……言うじゃねぇか、やってみな」

『はい!』

そこで体の制御をバクラからキャロへと移行し、可憐な唇は本来の持ち主の意思をもって紡ぐ。
シモベに与える更なる力の名を。

「我が乞うは、疾風の翼。朽ちた騎士たちに、駆け抜ける力を」

『ブーストアップ・アクセラレイション』対象の機動力を向上させる補助魔法だ。
キャロとバクラが攻略難易度の高い敵、撃破の為に習得した方法の一つ。
放たれた淡い光がフェイトに蹂躙されかけていたモンスターたちを覆い、その動きに大きな変化を齎す。


「動きが変わった?」

『恐らく加速系の補助魔法です』

四体目の異形をバルディッシュの切り伏せようとしていたフェイトは、回避された事に驚きの声を上げる。
首の無い鎧は先程の動きとは比べようが無い速さで自分の攻撃を回避し、さらには背後をとって一撃を入れてきた。
まるで冗談のような劇的な変化、初めて使った魔法で制御が出来ていないのか?
「こんなに加速すると対象者は体を壊すのでは?」
そんな心配を一瞬思い描き、フェイトはその考えを投げ捨てた。

「そっか……死霊なんだった」

壊れるべき体も、悲鳴を上げる心も持ち合わせてはいない。
板金鎧は軋みを上げ、亜人の屍骸はボロボロと腐敗した体の一部が落下している。
だと言うのに自分に必死に喰らいつき、攻撃を加えようとしてくる。
虚ろな動きに軽い恐怖と……憤りを覚えた。
死霊を使役するなんて聞いた事が無いが、間違いなく外法の術。
それを持って自分を攻撃してくるのは自分がいつも救いたいと願う、悲しい子供たち。
自分と重ねている事くらい分かっているが、それでも何とかしたいと心を割いてきた。
なのに、目の前の少女は自分の手を振り払い、確実に悪であろう存在と歩く道を選ぶ。
他の道なら幾らでも祝福できたのかもしれないが、それだけは許可できない。
許せないはずなのに……ソレほど自分の道を持っているキャロが羨ましくさえある。

「アァ……本当に世界はこんな筈じゃないことばっかりだね……母さん」

『大丈夫ですか?』

「うん、平気。一気に行くよ! 実力で取り押さえる」

それでも自分は自分の正義を信じるしか今は出来ない。
後でゆっくりお話を聞かせて……うぅん、お話を聞いて欲しいな? キャロ


『まだ早くなるの!?』

バクラはさらにスピードを増し、手に持った鎌と精製・発射の速度が早い射撃系魔法でスピードを上げているモンスターを切り裂くフェイトに舌を巻いた。
ソレと同時にキャロがとんでもない事をしているのに気が付いて、目を剥いた。

「ゴメンなさい、バクラさん……もうこれ以上は……」

どうやらキャロはフェイトのスピードに追いつけ、追い越せとブーストの量を増していたらしい。
それは一瞬で勝負が付くのならば構わないが、今のような状況では自殺行為だ。

「バカヤロウ! 相手に張り合って無茶すんじゃねぇ!
 こっちは全体をブーストしてんだぞ!? ぶっ倒れた元も子もない」

どうやらスピード勝負、直線的な加速で追いついて袋叩きプランは諦めなければならないようだとバクラは思考。
既にモンスターの数は三体まで減っており、ゼロになるのも時間の問題。

「相棒、ブーストは中断だ! チビ竜、対空防御!」

『え? でも……』

「キャゥウ!!」

バクラの指示にキャロは躊躇いを示し、フリードは同意を行動で示した。
モンスターの動きが止まったのを後期と見たフェイトに、フリードの火炎が飛ぶ。

「相棒、アレを試すぞ」

『でもまだ成功したことないですし…「今使わずに何時使うんだ!?」…はい!!』

僅か前にした確認を繰り返し、キャロとバクラは頷きあう。
今にも閉ざされようとしている二人のロード、その門へと走り込む感覚に心が沸き立つ。
一方フリードの炎は文字通り、牽制の意味しか成さなかった。炎に一瞬怯んだものの、フェイトは動きを止めない。
瞬く間に最後のモンスターが雷で吹き飛び、その矛先はキャロたちへと向かう。

「母なる闇、偉大なる汝が供物として墓所の死霊を贄とせん」

フェイトが最後の敵を倒してから見た光景は、両の手を祈りの形に組み、頭を垂れて目を閉じるキャロの姿。
とても戦闘中にとる体勢ではない。それは神に祈りを捧げる巫女のようだから。
しかし穏やかな気分には成れそうにない。彼女を中心に開かれた魔法陣とそこから湧き立つ闇。
その魔法陣を目掛けて倒された死霊たちが飛び、飲み込まれていく。その光景は理論ではなく感性に危険を訴えかけてきた。

「答えよ、我が呼び声に。汝が腕にて泣き叫ぶ者を死の安息を」


『このままではマズイ』
フェイトの生物学的直感と腕利き執務官の知性が満場一致で叫んでいる。

「バルディッシュ! カートリッジ、ロード!!」

主の叫びに忠実な武器は答える。叩かれた撃鉄が弾丸を叩き、内蔵された魔力を一瞬でフェイトへ供給。

「プラズマ……スマッシャー!!」

先程の射撃魔法とは違う太い砲撃系魔法。地を削り自分へと万進する破壊の奔流にもキャロとバクラは目をくれない。
ただ今まで以上の願いを込めて、その魔法の言葉を紡ぐのみ。

「『闇の世界の支配者 ダーク・ネクロフィア召喚!!』」

一瞬遅れてフェイトの砲撃が着弾! 轟音と土煙が辺りを満たし、フェイトは状況確認の為、慎重に歩を前へと進める。
本当なら砲撃など危ない事はしたくなかったが、あれほどの闇を感じさせられては仕方がない。
これで昏倒してくれていたら良いのだが……すぐに駆け寄りたい衝動を抑えていた彼女の第六感に再び嫌な予感が駆け巡る。

「っ!?」

大きく跳躍したフェイトの横を巨大な魔力の塊が通り過ぎた。
キャロが撃ったのか? イヤ、違う。そんな力も詠唱する時間もなかった。
ならば……

「ふ~ヒヤッとしたぜ……」

晴れた煙の中から現れた人影は……二つ!
片やバクラが主人格として操る小柄な少女と長身の……女性? ソレは人間ではない。
無駄なものを排除した顔立ちに尖った耳、凍えるような無感動を移す小さな瞳。
体はボンテージ風の鎧で覆われ……覆われているのではなくそれ自体が体なのだ。
腹部は肋骨だけで構成されており、内部の空洞が見える。関節はまさしく人形のソレ。
片腕が抱くのは下半身を失い、欠損が目立つベビードール。

「それは一体……」

「さっきまでのザコ共とダーク・ネクロフィアは一味違うぜ!」

その異形はバクラとキャロが召喚したモンスターだ。だが今までのものとはその形成プロセスが大きく異なる。
今まで用いていたのは死霊を核として魔力で肉付けする過程で、その形を調整しただけの大差ない代物。
だがこのダーク・ネクロフィアはもっと根本的な闇の存在、死霊などでは片付けられない高位の魔。
異なる次元にこの形で確かに存在しており、その力や能力は死霊たちの比ではない。
しかしそういう存在を呼び出すには色々と特殊な条件が必要なのはゲームでもお約束だ。
ダーク・ネクロフィアを呼び出すには既に体を失った死霊を生贄に捧げることが必要。
つまりキャロとバクラが行っていた物量戦はこの生贄を稼ぐ為でもあったわけだ。

「ダーク・ネクロフィア、お願い!」

キャロはその存在に対して覚える感情は間違いなく恐怖だった。
時には掃除だってさせる死霊を用いた下位モンスターにさえ、恐いという感情を覚えた彼女だ。
フェイトが恐怖を感じたのと同様、いやそれ以上の恐怖がキャロの心を犯す。だが!
『闇に喰われるか、闇を従えるか』
初めて会った時にバクラに言われた言葉だ。この闇さえも自分達の道を助ける一翼とせよ。

「ケラララララ!」

『どうやら闇の世界の住人すら、相棒を主と認めたようだな?』

ネクロフィア本体は変化無いが、腕に抱かれた人形がけたたましく笑うことで、その意思を伝えた。
バクラの言葉通り、確かにこの瞬間キャロはこの怪物を従えた。

「■■■■■」

「っ!? 砲撃魔法!」

呪文でも言葉でもない。搾り出すようなソレは音だ。
その結果としてネクロフィアの前方で漆黒の魔力が集結し、流れとなって溢れ出す。
フェイトたちの魔法とは全く違う理論で作られた砲撃は、飛び回るフェイトを追う様に放たれる。
威力と速射性には優れるらしいが追尾性のない直線系、故にネクロフィア自身がフェイトを追尾する形で移動を開始する。

「砲撃型……飛行は可能でも早くは動けない。接近戦は無理だね」

もちろんフェイトもただ逃げているわけではない。全ては未知の召喚獣を見極める為。
拘束具のような足は恐らく歩行は困難、故に浮遊・飛行が移動手段と言う事だろう。
片腕は人形を抱えるという行為により塞がっており、上半身も稼動部位が少ない。
プラズマ・スマッシャーを防御したことから防御力もそれなり、砲撃は直射型だけだが威力・連射性ともに申し分ない。
それでも……

「私の知っている砲撃魔道師には及ばない!」

鬼のように固い障壁と変化自在な大威力砲撃、管理局の白い悪魔と恐れられる親友。
彼女と何度もやりあって来たフェイトには、ネクロフィアも厄介な敵以上にはならなかった。
遠距離から振られたハーケンから飛び出す刃の部分。回転して飛翔するその技の名はハーケンセイバー。
もちろんネクロフィアはそれを障壁で止めようとする。だが止まらない! 
回転する刃が障壁を食い破り、軽い破砕音と共に粉砕する。そこでネクロフィアは敵対者が視界から消えている事に気が付く。

「ハァアア!!」

慌てて視界を巡らせようとした瞬間、頭上から響く裂帛の声とそれが伴う金色の刃を確認して……真っ二つに両断された。

「貴方達の切り札は倒しました、大人しく武装を解除しなさい」

極めていつも通りに、事務的に上空からフェイトは地上で微動だにしないキャロに語りかけた。
両断されたダーク・ネクロフィアが煙になって消え、その途中で人形が耳障りに泣いている。

「フッフッフ……」

「何がオカシイの? これ以上の抵抗は無意味よ」

「ヒャーハッハッハ! テメエはオレ様の罠にはまったんだよ、執務官様~」

バクラのその言葉にフェイトは身を硬くし、辺りを見回す。
もちろんソレらしきものなど確認できないが、確認できないが故に罠だと彼女は認識する。
相手の余裕が確かに何かが有ると告げていた。

片やバクラとキャロといえば……

『本当に上手く言ったんですか?』

「たぶんな……ダメだったら唯のハッタリよ」

『そんな~』

実はそんなに余裕と言うわけではない。何せ初めて試みることだ。
全てがバクラの知るダーク・ネクロフィアとイコールではない事は察するに容易い。
だがこの余裕を貫く事には意味がある。常に強気に、相手を弱気にさせた者に勝利は近寄ってくるもの。

「ダーク・ネクロフィアを倒してくれてありがとうよ、執務官様~
おかげでこいつの特殊能力が発動するぜ!!」

「倒された事で働く能力?」

存在しない者がどうして存在する者に影響を与える事ができるのだろうか?
魔法と言っても画一化された技術である管理世界には通じない概念だろう。
これは例えば第97管理外世界の概念を当て嵌めれば説明は付く。世界は大きな二つの要素で出来ている。
光と闇、陰と陽、現世と幽世、人の生きる世界と死者が眠る世界。それら対極は常に影響を与え合って存在している。

「まず一つ目の能力は……破壊されても怨霊となって場に残り、敵に憑依する!」

「憑依?……ヒッ!?」

理解できないと首を傾げかけて、フェイトは全身に走る鳥肌に悲鳴を上げた。
何か見えないものが全身に纏わり付いてくるような、冷たい何かが全身に染み込んで来るようなイヤな感覚。
体が言う事を利かず、フラフラと地面に落下してきてしまった。それでもフェイトはバルディッシュを構え、攻撃を放とうとする。

「この……フォトン……」

「憑依した怨霊はテメエの変わりに攻撃を実行する。
もちろんターゲットは……オレ様の訳ねえよな? スピリットバーン!」

「クハッ!?」

現れたネクロフィアが抱いていた人形のような霊体はフェイトに対して、ブレスのような波動を吐きかけて攻撃を加える。
自分から出たものに攻撃されるという奇妙な状況。ここで初めてフェイトにバクラ達は攻撃を加えられた事になる。
盛大に廃ビルに打ちつけられたフェイトにさらに追い討ちが入る。

「そしてもう一つ……ダーク・ネクロフィアが墓地に置かれた事により、遅延誘発型儀式魔法が発動します」

口調がキャロのそれに戻るが何時もの明るさや可憐さはなく、戦う戦士や奪う意味を知る盗賊の重さを備えていた。

「指し示せ、邪神の導き。我らと対峙する者へ死の運命を告げん! ウィジャ盤発動!」

闇の中から競りあがってきたのはアルファベットと数字が羅列された長方形の盤。
その上には中央に穴の開いたハート状の板が乗っている

「ウィジャ盤は霊との交信に使うマジックアイテム……盤上をプランシェットが動いて文字を指し示し回答を得ます。
まず一文字目……」

プランシェットに手を置き動かすのは、倒されたダーク・ネクロフィア。幻のように揺らぐ様がその存在も不確かなものだと印象付ける。
指し示されたのは『D』の文字。ここで人格がバクラに交代。

「特別にこの先の文字も教えてやるぜ、正義の味方さんよ~
Dの次はE、その次はA・T・Hと続く。続けて読んでみな?」

「……! DEATH……デス、死?」

「そう! この先一定間隔で文字を紡ぎ、DEATHを示し終えた瞬間……テメエは死ぬ」

フェイトは恐怖よりも驚きの感情が先行していた。
先にも示したが管理局で発達している理論化された魔法において、全ては分かり易い実像に完結する。
もちろん何の理屈もなく『死を与える魔法』など全く知られていない。
だが憑依の時にも感じたバクラの自信……ハッタリではないとフェイトは確信すると同時に冷や汗が垂れた。
ゆっくりと首を絞められるような、心臓にナイフをゆっくりと沈められるような感覚。

これは間違いなく死の感覚。


「憑依により攻撃を封じられ、ウィジャ盤が死の宣告を告げる。
この完璧なオカルトコンボの前ではフェイトさん、貴女は私たちには勝てません」

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最終更新:2008年05月21日 23:32