大質量を効率的・経済的に輸送する手段として昔から取られていた方法はなんだろうか?
答えを先に言ってしまえば『水に浮かべる』のがもっとも効率的かつ経済的だ。
陸路で台車が発明される前に人は水に物を浮かべて運んでいたとも言われる。
現在では『空中を飛ばす』と言う手段も存在するが、それには多大な経費が掛かる上に質量・物量が莫大なものを運ぶには適さない。
故に人が空を飛び、時空の壁を越える昨今でも大きな荷物は水路 船を使って大量に運ばれている。

ここは第六管理世界の中でも発展した都市の港。時は夜、僅かな照明が停泊した数多の種類の船を照らす。
昼間ならば忙しなく稼動する港も夜は休息の時間、そんな時間に緊張を孕んで動く一角がある。
イヤ……そこは誰もが眠る時間だからこそ動いているのかもしれない。

コンテナ船から降ろされる一つのコンテナ。その着地点で睨み合う二つのグループ。
一つはこの街を取り仕切るマフィアの頭目を中心とした彼の勢力。
ソレと睨み合うのはこの辺りでは見ないが、やはり普通の人間じゃない匂いをさせた集団。

「遅れずに来たようだな? まずは一つ褒めてやる」

「こっちも商売だ。前金しかもらえないなんて悲しすぎるからな」

最初に口を開いたのは通称ボス。答えたのは相対する集団の中心と思われる男。
クレーンでコンテナが下ろされたのを確認すると、両グループの幾人がそのロックされた扉を開いた。
中に詰まっているのは対ショック包装が成されたカード状の物体。

「お望みの品、カートリッジシステムに管制プログラム。どっちも最新鋭の横流し品だ」

「確認させてもらう」

「ご自由にどうぞ~さて? こっちは見せるものは見せたぜ……ソッチは?」

ボスが包装を破いて取り出したカードを検分しながら、指を一打ち。数人の部下が手に持ったジュラルミンのケースを地面に並べ、次々と開く。
中にギッシリと詰まっているのはもっともメジャーな紙幣の最大単位のものだ。今度は相手のグループがその紙幣を検分し始める。

そう、これは取引なのだ。とても表では出来ないような品を大量に扱う。
故に大きな富と利権が動き、お互いの勢力の拡大に貢献できる。
だが同時に……色々と面倒が起こることも多々ある故に……


『キャロとバクラの平穏な生活に早くも危機が迫っているようです』


こういう取引は決められた人数のみが行う決まりになっている。
だがホームになる組織にはやるべき事が他にもあるので、人員は幾ら居ても足りない。
仕事の内容は周囲の警戒だ。敵対組織などが妨害行動に出たときに阻止する為、偶然の闖入者を未然に防止する為だ。
どんな人物が選ばれるかと言えばやはり荒事に馴れた者、そして戦闘能力・索敵能力に特化した魔道師。
そんな役回りを与えられ、所定の位置に散っている数人の中に彼女(と見えないけど彼)の姿があった。

『最初のお披露目がこんな闇の中で残念だな、相棒』

「私は……別に見せたいって訳じゃないけど」

闇の中から数少ない明かりの下に現れるのは桃色の髪の小柄な少女 キャロ。
その背後には彼女にしか見えないが邪神の欠片たる闇の意思 バクラもいる。
だがキャロの装いは何時もとは異なっていた。

「しかし良い感じだぜ、オレ様達の召喚に合わせて調整した……ディアディアンクは!」

まず一つ目は左手に嵌められた金のラインをメインに構成された手袋型デバイス。
主にキャロとバクラの特異な技である召喚術の補佐を行う為に調節された特注品であり、現に未装着とは一線を介する量を召喚できている。

例えば頭部が欠如した歩き回る板金鎧や、腐臭を漂わせる醜い亜人の屍骸。
浮遊し描かれた人物が浮き出る絵画に、飛び回るベッドとその上で横たわる人間の口から滴る不気味な人型など
首なし騎士にゴブリンゾンビ、絵画に潜むものと夢魔の亡霊。そんな風に呼ばれていたとあるカードゲームのモンスター。
だがこれは本物と何ら関係ない。召喚術の応用で呼び出した名も無き死霊を核にして、魔力で肉付けを行い実体化させているに過ぎない。
それらが港中に散って巡回し、怪しい者を見張っている。なに? 首の無い鎧や亜人の死体より怪しい者なんて存在しないって? 確かに……


「それにこの格好……変じゃないですか?」

『おいおい! 酷いぜ、相棒。昔のオレ様が着ていた勝負服を元にイメージしたんだぜ?』

キャロが身に着けているのは村の民族衣装でも、ボスに与えられた今風の服でもない。
藍色系のシックなタイトミニのスカート、同色のサイドの紐で止めるチューブトップ。
その上にゆったりとした作りで、砂色の裏地にフードが付いた紅いコート。
スカートには長いベルトが二周するように巻かれ、そこには小物入れなどがぶら下がる。足を覆うのは折り返し可能でクシャクシャと布のような質感のショートブーツ。胸元にはもちろん千年リングが煌いていた。

「でも肩とか足とか……恥ずかしいです」

『なに言ってんだ、胸もアソコも見えてないんだから問題ないだろう』

「えっエッチな事はいけないと思います!」

確かにミニのタイトスカートはヒップのラインを強調し、そこから伸びる白い太腿を少々過敏に演出する。
上半身はコートによって多少隠されているが、チューブトップは肩を晒しているし、丈が無い為スカートとの間に可愛らしい「おへそ」が覗く。

『それに相棒はちょっと色気が足りないからな。それくらいで丁度良いと思うぜ?』

「そっそうですかね?」

キャロはチラチラとスカートを抑えたり、髪の毛を直したりしている。
そこから各自にその心理が傾いていることはバクラでなくても理解する事は容易いだろう。
何せキャロは解り易い子だから……

『何時もの服よりもイカしてるぜ、相棒。これならもう田舎者には見えない』

「えへへ……嬉しいです」

女性が異性、しかも近い間柄にある者から服装の事を褒められて、気分が悪くなると言うケースは極めて稀だ。
しかもキャロにとってのバクラと言うのは近い間柄の異性である。
命の恩人とか、寄生者とか、盗賊とか、オカルト恐ろしいとか、そう言った事を全て含めて。
むしろ村と言う環境下から抜け出して初めて親しくなり、四六時中何時だって一緒に居る関係。
そんな間柄にある者に服を褒められて、良い気分にならない程キャロも鈍感ではない。
だがそんな『気になる異性に服を褒めてもらって嬉しい』なんて理論は、『適当に誤魔化そう』と思っていたバクラには通じない。
故に彼は『相変わらず騙され易くて、この先が心配だぜ』と言う思考をしばらく続ける事になる。


「あん?……なんか引っ掛かったな?」

しばらくフラフラと歩いていた足を止め、バクラが千年リングの指針が揺れるのを見て呟いた。
それから僅かに遅れて飛来する白い小さな竜 フリードリヒ。
飛行能力という利点を生かした監視をしていた彼が戻ってきた事からも、何かが起こったことが解る。

「相棒、チビ竜はなんて言ってる?」

『死霊たちが何かを追い回しているみたいです』

相棒の竜語通訳に頷いて、バクラは千年リングの指針の揺れに導かれて走り出した。
そしてひ弱だった相棒の体が随分しっかりしてきた事に気が付く。
バクラが地味だと評したボスの訓練は確かに的をえていたようだ。もちろん負けず嫌いな彼はそんな事を口にしたりはしないのだが。


「……アレはなんだ、相棒」

『ネコですね』

シュールな図だった。
頭部の無い鎧騎士や亜人の死体、飛び回る絵画とベッドの中で眠る人から溢れる亡霊。
地獄から這い出てきたようなオカルティックな異形の群れが、くたびれた黒ネコを必死になって追い回している。

「何で死霊どもがネコを追い回してるんだ?」

『乱入者だから……かな?』

「ちぃ! 止めやがれ、バカ共が!!」

バクラはつかつかと歩み寄ると手近なゴブリンゾンビを殴り倒す……キャロの体で。
ゾワゾワと死体の腐って軟らかく冷たい感触が背筋を這い上がり、キャロは良く解らない悲鳴をあげた。

『○×□△☆!?』

「磨耗し自分が何者だったのかも忘れて本能のままに動くクズ共を使ってるから、仕方がねえと言えばその通りだが……」

相棒の悲鳴などどこ吹く風。ようやく沈黙したモンスターたちに散開の指示を出し、バクラは思案する。
これから対魔道師戦を想定すると今の下位モンスタークラスの召喚では心許ない。
指揮系統の効率化やブーストの確立、上位モンスタークラスの召喚を試してみる必要がありそうだ。
未だに死体を殴り倒した事に対して抗議するキャロを華麗にスルーしながら、バクラはそんな事を考えていた。


結局その一晩でネコ五匹、イヌ三匹、カモメ一羽が死霊共に追い回された。
その度にキャロとバクラが駆けつけて止めるというドタバタ劇を演じる事になる。
こんな感じが希少な竜使いと邪神の欠片がした初仕事。


キャロがマフィアに転がり込んでから二ヶ月、初仕事から一ヶ月が経った。
それだけの期間同じ場所に居て、様々な仕事をこなしていればその時々の空気と言うのが何となく解る様になる。
田舎娘は空気が読めるオノボリさんにレベルアップした!

「素晴らしいです……クラナガンの闇市場でも、こんなに使い勝手の良い量産型カートリッジシステムは流れていません」

「ソレは良かった……で? 如何すんだ?」

ヘブンのVIPルームに入る前に、キャロはその足を止めた。
営業時間中と言う事もあり、その部屋から見て下の階では音楽が奏でられ、ダンサーが踊り、客が酒を煽っていたがここは静か。
様々な経験を積もうと率先して始めたヘブンのウェイトレスコスチュームに身を包んだキャロにも、そこから僅かに漏れる声は聴こえた。

「せっかちですね? 買いましょう、とりあえず100ほど。
お客の反応によってまた追加で発注するということで良いですか?」

「OK。だが前金でこれだけ積む奴は珍しい。流石はマチスの奴の紹介だ」

どうやら悪巧み真っ最中らしい。とりあえずもってこいと言われたお酒とツマミの乗ったトレーを持って待ってみる。
バクラが文句を言うのを宥めていると、不意に扉が開いた。中から出てきたのは二人。
一人は見慣れた黒髪オールバックの中年男性、ボス。もう一人は見慣れない若い女性だった。
黒いスーツに稲妻が描かれた黒のネクタイ。肩からは白いコートを羽織り、金色の長髪を一房にまとめて目はサングラスが隠している。

「アァ、キャロか?」

「はい、頼まれたお酒を……」

トレーを差し出そうとしたキャロだが、話が終わってしまったようなので如何したものか?と困ってしまう。
すると見慣れない女性が屈み、小さなキャロと視線を合わせて問う。

「あら、お子さんですか?」

「違う、部下の一人だ」

「初めまして、キャロ・ル・ルシエです」

「私はリニス。よろしく、キャロ」

『ネコみたいな名前だな』

そんな失礼な事を考えながら、キャロはリニスという女性からこういう仕事をしている人には感じない何かを感じた。



「こちらライトニング。もうちょっと内偵が必要かな……でも当り」

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最終更新:2008年02月12日 09:29