「う~ん……」

『朝だぜ、相棒』

「あと五分だけ~」

『しょうがねえな……さっさと起きやがれ! じゃねえとテメエのその貧相な(検閲済み)を(検閲済み)で(以下ずっと削除)するぞ!!』

「ワキャ~!!」

突然アレな言葉を大声で連呼されたキャロは顔を真っ赤にして飛び起きた。
いかに聞きたくなくても精神的に喋りかけてくるバクラの声は決して耳を閉ざせない。
起きて辺りを見渡すとキャロは不意に自分がどこに居るのか思い出せなかった。
自分が寝ていたのはダンボールでも、公園のベンチでもない。
スプリングが僅かに壊れているかもしれないが、確かに軟らかいベッドの上。
シーツの上で丸くなっていたフリードリヒも大きく欠伸を一つ。

「キュウワゥ~」

周りには壁があり、下はフローリングされ、天井があるので野宿でもない。
壁には窓があり、朝の光が差し込んでいる。天井には蛍光灯があった。
ベッドの横にはスタンドライトと目覚まし時計が乗った移動式のラック。
壁際にはいくつかの服がぶら下がったクローゼット、本が並んだ小さな子供用の学習机。

「アァ……ここは……私の部屋だ」

ようやく思い出した真実がキャロの口から零れる。
そう、ここは彼女が(相棒の発案で)自分を養育する権利を『売った』ことで手に入れた居場所。
この部屋はその養育権を買ったマフィアのトップ 通称ボスが所有するマンションの一室にある。
マフィアのボスともなれば幾つもの隠れ家を持っているものだ。

しっかりと意識すれば笑みが零れるのを止められない。もう一ヶ月になるが嬉しいものは嬉しい。
フニャフニャと笑みを浮かべ、再びベッドに倒れこみそうになっている相棒にバクラはタメ息。
ゆえにボソッと釘を指しておく事にする。

『遅れるとボスがうるさいぞ?』

「ア~!? 寝坊です~!!」

『だからそう言ってんじゃねえか、さっきから』

ようやく事態を理解したキャロがフリードを吹き飛ばす勢いでベッドから脱出。
クローゼットから始めて与えられた今風の服を手にとり、なんだか手伝ってあげたくなるようなぎこちない手つきで着替え始める。
最後に首から千年リングを下げて完成。


そんな感じで……『キャロとバクラがようやく人並みの暮らしを手に入れたようです』


「おはようございま~す……良かった~親分さん来てないです」

『マフィアのボスが重役出勤しないってのもカッコつかねえよな? そう言えば』

何時もよりも若干遅れての出勤となったキャロは、ゆっくりとその扉を開けて中にお目手当ての人物居ない事を確認して安堵のため息を吐いた。

扉の中はビルのフロア一階分を丸々使った広い空間。
中には机が並び、その上には資料や電話、パソコンが鎮座する解り易いオフィスの図だ。しかしただの会社と言うわけではない。
カジノ兼ショーバー ヘブンの経営から魔道師への仕事の斡旋まで手広く手がける組織の中枢。
元が管理局の出身だからか? ボスは細かい事務仕事も自分達のうちで片付けたいと考える珍しい悪人なのだ。
故にマフィアのたまり場といえなくも無い空間にも拘らず、営業が出来そうなサラリーマン風の男性から会計が得意そうなオバちゃんまで居る。
もちろんパソコンも電車通勤も似合わないコワモテも確かに存在するけど。

「おはよう、キャロちゃん」

「ちょっと遅刻だな? 嬢ちゃんよ~」

「ちょっと! アンタはいつも遅刻じゃないのかい?」

そんな全く異なる雰囲気が交雑して違法交じりの業務をこなすカオス空間がキャロはそれなりに気に入っていた。
と言うよりも野宿やハンバーガーショップ難民、オヤジ狩り狩りまで経験したうら若き少女にとって、大体の事は心地よく許される。

「早速で悪いんだけど、コーヒーお願いできるかな?」

因みにキャロがココに来た理由は彼らの仕事の補佐、いわゆる雑用だ。
働かざるもの喰うべからずの理念を地で行くキャロとボスの意思が一致した事から生まれた日課の一つだ。

「はい! 今度こそ塩と砂糖を間違えたりしません!」

「……ブラックで頼む」

「ショボン」

しかしまあやはり世間知らずの辺境の民、失敗は多い。
なおパソコン技術の習得は極めて困難であり、バクラ曰く『オカルトはOKだがハイテクはダメ』だそうです。

「わかった、それで良い……だが指定された便で確実に送れ。
アァ、遅延は認めん。万が一そうなった場合は、前金以外に金が入ると思うなよ?
以上だ」

物騒な話なビジネストークをしながら、登場したのは数人の部下を引き連れたボスその人。
別に怒鳴っているわけでもなく、持った携帯電話に淡々と話しているだけなのだが、その存在感はオフィスの中に居る人の注意を集める。
ボスには謎が多い。長い付き合いがある人物からもそんな言葉はよく聞かれる。チンピラと紳士を足してから、士官学校の教官をかけたような人物。
キャロ的に言えば「厳しいけど優しい不思議な人」で、バクラ的には「かなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者」とのこと。

「ボス、例の取引上手く行きそうですか?」

「アァ、5日後に第三埠頭につくコンテナだ。それまでにこれだけ現金で用意しとけ」

組織全体では解らないが、このオフィスでは確実にNO2の立場居る元大手企業のやり手サラリーマンに、ボスは指を三つ立てて金額を告げる。
その様子を見てキャロは首を傾げた。

「300かな? それとも3000?」

マフィアがコンテナ単位で取引する品物が、財布からポンと出てきそうな金額で取引されるわけが無い。
むしろ3000程度ならばワザワザ隠した表現をする必要も無い。
そんな相棒のスケールの小ささと、世間知らずさを見かねてバクラがボソリと呟く。

『それに0を4つくらい増やせ、相棒』

「4つですか? 1、10、100……えぇ!? そんなお金一人じゃもてません!」

『そこが問題じゃねえだろうが……』

よく解らない点で一人、大慌てしているキャロにバクラは肩を竦める。
チンピラからかっぱらうなんてちゃちなマネをしているから金銭感覚がおかしくなる。
どうせなら札の海で泳ぐようなデカイ仕事をしておくべきだっただろうか?
そんな身内(文字通り)の葛藤を察知したわけではないだろう、ボスが部下への指示を終えて近寄ってきた。

「おはようございます、親分さん」

「おう、今日は朝から交渉でダレた。これから気晴らしにお前の訓練やるぞ」

「はい! よろしくお願いします!」


「……どんな状態でも同じ状態で魔力を操れなければ、ヤバイ事態に対処できん」

「はい!」

場所を屋上に移し、距離を置いて向かい合うボスとキャロ。
キャロは目を伏せて精神集中、額には止まったままとは思えない汗が光る。
足元にはミッド式の魔法陣。掲げた手の先には数十分前から変わらぬ大きさで存在する魔力球。
ソレを見つめるボスは葉巻を咥えながらも、火はついておらずその視線は真剣そのもの。
彼の足元には主を心配そうに見つめる白銀の飛竜 フリード。

「よし、10分休憩。それからランニング、屋上周りを20週して今日は終わりだ」

「はっ……はい~「しかし地味すぎねえか!?」……」

へたり込んだキャロの胸で千年リングが煌き、その様子が一変した。
疲れ果てた表情は自身と野性味を纏った獣それになり、鋭い目元がボスを睨みつける。
歴戦の彼を持って仕手もいまだになれない千年リングの性格入れ替え。
馬鹿で真面目な田舎者の少女は裏へと引っ込み、現れるのは狡猾で冷徹な太古の盗賊にして闇の欠片。

「相棒の潜在能力が半端じゃねえのは気がついてるんだろう? ボス~」

「だからこそだ。実戦慣れしたお前も居るのだから、応用には事欠かないだろう。
 過ぎた力も才能も基礎が出来ていなければ、役に立たない。そのために力の制御の反復練習と体力だ。
 実戦でへばっていては話にならない」

いつもならば長いこと視線を合わせることすら躊躇われる組み合わせだが、バクラがメインとなっていれば話は別だ。
充分につり合う物騒なにらみ合いに、フリードはどこに対比しようかとアッチをパタパタ、コッチでパタパタと忙しない。

「まぁ、良いさ。相棒は満更でもないみたいだからな……少々自分に厳しすぎる癖があるからよ」

「確かにな……」

「おっと! 別に心配してるって訳じゃねえんだぜ? 
せっかくのオレ様の自由がパァになるなんて馬鹿らしいからな」

「そういう事で良いさ……デバイスの件だが明日のウチには届く。
 届いたらテメエの使う珍しい召喚術との一致テストをやるぞ。今度の取引にはお前らにも仕事してもらうぞ」

言い訳の匂いしかしないバクラの言葉を軽く肯定してから、ボスが口に出したのはこの一ヶ月で始めての仕事の話だ。
いつもやっている雑用などではない。一人の魔道師として、組織の一員としての仕事。

「ヘッ! やっと面白くなって…「はいっ! がんばります」…」

「どっちにしろスゴイ変化だ」

急に笑みから悪意が抜け、跳ねていた二房の前髪が大人しくなる。
目元から鋭さが取れて、釣りあがっていた口元が沈めばそこに居るのは何時も通りの田舎娘だ。


「この頃……あの子、来ませんね?」

「え?」

不意にバイト中のレジに横のレジに立っていた同僚がそんな事を言った。
ハンバーガー店に来る人物といえば多種多様だ。いろんな人がどんな時間にも来る。
そんな中で記憶に残る特定の人物などそう居ない。だけど私もすぐに思いついた。

「あの子か……変わった服を着てて、珍しい首飾りをつけた」

「そうです。最初に来た時には注文の途中で飛び出して行っちゃった子」

確かにあの子はインパクトが強い。来た回数を言えば四回ほどだろうか? 二日おき位にやってきた。
何時も同じメニューを頼んで、一晩を過ごして朝には出て行く。
最後に来てから一ヶ月になる。印象に残っていればその行く末をどうしても気にするのが人の性だろう。

「こんな店で夜を明かさなくても良い生活を手に入れたのか……」

「こんな店にも来れなくなったか?」

「不吉な事を言うなよ!」

そんな話をしている時に自動ドアが開く音がした。
すぐさま思考を『接客モード』に切り替える私たち。自分の変わり身の早さがイヤになる。
『いらっしゃいませ』とか『ご注文をどうぞ』そんなありきたりな言葉を吐き出しそうになって、私達はソレを喉に詰まらせた。

「こういう店は馴染みがねえ」

「死ぬほど浮いてますぜ、ボス」

「店員に通報されませんかね?」

一般人でも知っている顔が一つ、この辺りを取り仕切るマフィアの頭目。それを囲むのは数人のやっぱり怖そうな人達だ。
黒いスーツやサングラス、派手ながらのシャツ。いつでも使えるように握られたデバイスがハンバーガー店の店内に死ぬほど似合わない。

「お久しぶりです!」

だけど私たち店員の凍った空気を、先ほど回想していた明るい少女の声が溶かしてくれた。
薄桃色の髪、首から下げた金のペンダントや愛らしい姿は変わっていない。
だけどその身を包む仕立ての良い服と血色の良い肌が確かな変化を伝える。

「来たいな~とは思ってたんですけど、言い出せなくて」

『こういう場所、皆さんは行かないみたい』と笑う少女が言う『皆さん』と言うのはこの恐い人たちの事だろうか?
どうやら彼女がこの人たちをここに連れてきたらしい。それだけで複雑な事情が色々と推測されるがソレは口にしない。
他人様の事をどうこう言うつもりは無い。自分達もそんなに余裕がある生活をしていない。

「ご注文はお決まりですか?」

ただ……貴女が嬉しそうに注文をしてくれるだけで充分だ。

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最終更新:2008年02月10日 18:19