「リリカルなのはSUMMON NIGHT~Girl meets Soldier of tinplate~番外編
 彼と彼女の優雅?な日常~そのいち~いかにしてポンコツは家電になったのか編」


 時空管理局本局。
 窓には次元の海が広がる。
 清潔感溢れる白色の通路を歩きながら、高町なのは一等空尉は自身の相棒を迎えに整備課に向かっていた。
 これまで数多の激戦を繰り広げて来たのだ。自身にも、相棒にも休養が必要な時期になっていた。
 目前に広がる次元の海を横目に、なのはは通路を進みL字路を曲がる。L字路の先、通路に面した少々広いスペース。小さいながらもテーブルやイスが設置された談話場。
 曲がった直後、目に飛び込んだのは2メートル近い長身。
 蒼と黒の装甲。
 見慣れない、だがここ最近物凄い速さでなのはの周囲に馴染み始めている機械兵士。

「――ヴァルゼルド?」

 風変わりな、娘の親友兼家族がいた。
 
 
 
 数ヶ月前に発生した高町ヴィヴィオ襲撃事件。
 事件時に少女を護衛し、ザンクト・ヒルデ魔法学院で保護された『彼』。
 その後の彼の処遇は少々複雑なこととなった。
 まず一つ、『彼』が自我を持った自立機械兵器、それも製造世界すら不明なロストロギアであること。
 二つに、その存在は管理局がタブーとする質量兵器の塊であり、『彼ら』の存在が戦争を激化させた要因であることを他ならぬ彼自身が証言したことである。
 ロストロギアと質量兵器への対応は管理局・聖王教会双方ともに同じだ。
 ――廃棄、もしくは封印。
 『彼』ことヴァルゼルドの命は風前の灯であった。
 だが数奇にも、ヴァルゼルドを取り巻く周囲の状況が彼自身を救うこととなる。
 高町ヴィヴィオ襲撃事件。それが他ならぬ管理局・聖王教会の両者によって行われた、という前代未聞のスキャンダルだったためである。
 互いの目的のため、ヴィヴィオの身柄確保を狙った両組織の過激右派。
 今となっては詳細は不明だが、どちらかの組織がが先走った行動に出たため、残った組織側もつられて行動を起こしてしまったのだ。
 結局、管理局と聖王教会の両者は自身が禁忌と謳う質量兵器を用いて少女の誘拐未遂を犯した、という洒落にならないスキャンダルを抱えることとなる。
 両者が取った行動はスキャンダルの隠蔽。作戦の高い隠密性により隠蔽が容易だったことが、両者にとって僅かな救いだった。
 つまり
「えっ? ロストロギア? 自立稼動質量兵器? あなた何言ってるんですか?」
 というわけである。
 もっとも、一部ではヴァルゼルドを秘密裏に処理すべし、という動きもあったが、事件後の過激派のスキャンダルから発生した派閥争い、非常に簡略な説明をさせて貰えると。
 
過激派「ちょwwwチート使って負けるとかwwwうぇっうぇwwww」
擁護派「ゆとりざまぁwwwこの隙にゆとり共をフルボッコにしてやんよwww」
穏健派「お前ら自重汁。赤っ恥にも程があるだろ常識的に考えて」
 
 過激派への攻撃の機会とした擁護派と、スキャンダル暴露を恐れ事態を収拾しようとする穏健派。このように両組織は混乱に見舞われており、機械兵士一体に労力を裂く余力など無かったのである。

 結果、管理局と聖王教会の間をウロウロする、という曖昧な境遇にヴァルゼルドは落ち着いていた。

 

 その後のヴァルゼルドの境遇に関しては、彼個人の資質に因っている。
 前述の状況をもってしても、彼が自由を得られることは考え難い。管理局・聖王教会の両過激派のメンツを真っ向から叩き潰した彼を、過激派が野放しにするはずがない。
 彼らが取った作戦は、あえてヴァルゼルドを自由にすること――多くの管理局局員・教会職員らの目に晒すことであった。
 ミッドチルダでの質量兵器に対する拒否感は根強い。
 百十数年前、多くの次元世界を破壊し尽くした大戦への恐怖から、ミッドチルダ及び管理世界での教育は、質量兵器の恐ろしさを過去を教訓に子供たちに教える。
 凄惨な映像や悲劇的な資料は多くの子供たちへトラウマを植え付け、管理局・聖王教会の一員として他の次元世界へ旅立った彼ら彼女らが見るのは、
 
 破壊し尽された、かつて人々が生きていた世界。
 未だ残る、人々の――既に遺体すら収容できない人々の遺品。
 ――決して、質量兵器を許してはならない。
 ――決して、この光景を繰り返してはならない。
 砂と瓦礫だけの世界を見るたび、彼らはその誓いをより強固なものにしていく。
 正義感と使命感故に質量兵器を憎む彼ら。
 そんな彼らが自立稼動兵器を見たならば、質量兵器を扱うヴァルゼルドを見たならば。
 ――自分たちが手を回さずとも、やがて機械兵士の排除を望む声がいたるところから上がる。その声は、いかな穏健派と言えども無視できない。
 機械兵士には本来の処分が下る。それが過激派たちの狙いだった。
 ――――そのはずでした。

 みなさんは「雨の日の子猫とヤンキー理論」をご存知だろうか?
 普段怖そうな人物の思いがけない優しさを見ると、その人物の印象が通常より上昇する現象のことである。類義語はツンデレ。
 
 つまり、
 正義感溢れる彼らが想像していた、残酷非道冷酷無比な質量兵器。
 そのイメージは――ヴァルゼルドの奇行により破壊され尽されたのである!
 
 本局では同行している幼女と戯れる、というより戯れられている姿を目撃され。
 魔法学院では男の子の集団から憧れの目を集め、男子たちと幼女の間で奪い合われる姿が目撃され。
 迂闊に屋外で寝れば身体中を猫に囲まれる。そして悲鳴を上げる。
 そのあまりのポンコツっぷりに、
 彼らが抱いていた自立稼動質量兵器というイメージは、根本から粉砕されたのである。
 彼らのヴァルゼルドに対する認識は「愉快なポンコツ」へと変貌していき、やがて彼の奇行に誰も驚かなくなったのである。
 
 「え? あいつが質量兵器? あんたギャグきついな」
 だいたいそんな評価。
 
 
 そんなヴァルゼルドの奇行に影響を受けたのは、高町なのはも例外でない。
 
 話は数ヶ月前にさかのぼる。
 ヴィヴィオへの襲撃を聞かされたとき、なのはは上官が静止する声も聞かず飛び出し、無許可で学院へ向け飛行を開始した。
 瞬く間に後ろへ流れていくビル群に目を貸さず、驚きの声を上げる人々に耳を貸さず、あらん限りの速度で飛び続ける。
 ――速く、もっと速く。
 先ほどまで、今日までの激務に身体が軋む、過剰な魔力放出に身体が悲鳴を上げる。自身と同じく激務を経てきた相棒のフレームが軋む。
 ――もっと速く! 何よりも速く!
 速く――あの子の元へ行かなくちゃ――守ると決めた、あの子の元へ!
 そんな暇など無いのに、涙が落ちそうになる。
 怒りと後悔で、視界が滲む。
 
 守ると決めた。今度こそ、その小さな手を手放すまいと誓ったのに。
 それなのに。
 日々の忙しさに負け、あの子を一人にしてしまった。
 その様がこれだ。
 ――謝らなくちゃ。
 ――あの子に、ヴィヴィオに謝らなくちゃ。
 怒りと後悔で、意識が沸騰する。
 傷ついたフレームで酷使されても、黙って飛んでくれている真摯な相棒の寡黙さだけが救いだった。

 

 そして辿りついた学院。
 バリアジャケットを展開したまま、レイジングハートを待機状態にすることも忘れ、なのはは壊れそうな勢いで応接間への扉を開け――――


 無骨でボロボロな機械兵士と、
 その膝の上で上機嫌な様子の義娘がいました。


 ――――そのまま脱力感で豪快にぶっ倒れた。


 その後、
 母と出会えたことにより号泣する少女と、
 少女を孤独にしていたことを、涙ながらに謝罪する母。
 感動的な親子の場面であったが、すぐ傍らで豪快に貰い泣きしているロボのせいで微妙にコミカルな空気になってしまっていた。
 
 それが高町なのはと、機械兵士ことヴァルゼルドの出会いだった。
 
 
 ついでに、なのはやヴィヴィオら高町家とヴァルゼルドの関係を語る上で必要な、名も無き男の話をしよう。

 組織において、何事にも書類は必要である。
 立場こそ比較的自由というか曖昧な機械兵士であるが、書類には彼の待遇を正式に書かねばならない。
 彼は事務官であった。
 魔力適正こそないものの、その有能な事務処理能力を買われ部署でも比較的重要なポストに就いていた。
 それ故に降って湧いた悲劇。
 厄介ごとの塊であるヴァルゼルドの待遇に関する書類作成を頼まれたのだ。
 それからが彼の地獄だった。
 『自立兵器』と記入すれば、「そんなの通らせるわけにいかないだろ」と執行部から冷たい目で見下され。
 『ロストロギア』と記入すれば、「個人にロストロギアを持たせる気か? 悪いがウチは所有許可証発行しないぞ」と遺失物管理部から厄介払いされ、
 半ばヤケクソで『特殊デバイス』と記入すれば、「てめえは俺たちを馬鹿にした!」とデバイス開発部から3時間にわたり説教された。
 挙句の果てに、彼に仕事を放り投げた直属の上司が「書類まだー?」と茶を飲みながら聞いてきたところで――――彼はリミッター解除した。

 無気力な上司が帰宅する直前に、印鑑だけ貰った白紙の書類を(騙し)貰い5秒で書類を完成させ直接自分で執行部に提出する。


 機体名ヴァルゼルド:待遇――――『大型家電』(高町家所有)

 後に彼は語る。
「ついカッとなってやった、特に反省していない。
 そんな僕も今では自然保護官! ストレスと無縁の生活を送っています(爽やかな笑顔)」


 かくして――ヴァルゼルドは高町家の冷蔵庫と同レベルになり、彼女らと同居しながら気楽な生活を送ることとなる。


 襲撃事件後、なのはは治療のための長期療養と育児休暇を盾に、その殺人的な仕事量を減らし、ヴィヴィオと再び同居を始めることに成功した。
 ――もれなく大型家電も付いてきた。
 少女は甚く喜んだが、なのはは正直不安であった。
 無骨な外見。
 その機体に搭載された異常なまでの火器。
 かつて自身を貫いた自立兵器。
 過去の記憶も重なり、機械兵士の無骨な外見は彼女の不安を駆り立てていた。
 
 ――不安は同居三日目にして完全に粉砕されました。

 

 

 初日。
 職務を終え、帰宅した高町なのは。
 玄関の扉を開けた彼女が目にしたのは。
 ――箒を自在に使い部屋を掃除する機械兵士。それも三角頭巾にエプロンの完全装備。
 目を疑った。
 
 二日目。
 休日の昼下がり。居間へ向かったなのはが目にしたもの。
 ――娘に膝枕し、少女と共に昼寝をしている機械兵士。いびきをかくオプション付き。
 頭が痛くなった。
 
 三日目。
 地上本部へ出向したなのは。
 長い廊下を歩く彼女が、その長い通路の先で目にしたもの。
 ――なんかネコ耳つけて歩いている機械兵士。
 彼を見送ったあと、その姿に疑問を感じていなかった自分自身に気づいて愕然とした。
 ちなみに、ネコ耳を付けさせた犯人はヴァイス陸曹長。
 頭を冷やさせてやった。
 
 
 出会いに色々問題を抱えていた彼と彼女らが、なんだかんだで家族になっていった馴れ初めである。
 
 
 
 話を冒頭に戻そう。
 談話室で彼を見つけたなのは。
「――ヴァルゼルド?」
 思わず彼の名前を呟く。
 続いてヴァルゼルドに声をかけようとして
 
「――――ハハハハハハハハハ」
 
 他に誰もいないのに豪快な笑い声を上げる彼の姿に、思考が止まった。
 挨拶代わりに上げかけた腕が所在無げに揺れ、やがてゆっくりと下ろされる。
 
 ――うわぁ……大変なの……。
 普段から言動がアレであったが、まだ一般人?の範疇だったヴァルゼルド。
 そんな彼の、充分にアウト過ぎる言動。
 ――……そっとしておいてあげよう。
 一抹の寂しさを胸に、彼に懐いている娘になんて説明しようか、と考えながら彼女は静かに場を立ち去ろうとして
 
「あっ、空尉殿!」
 機械兵士のセンサーに捕捉された。
 
 ビクーンッ! と、掃除機のホースを突きつけられた猫のように毛を逆立てるなのは。
 取り繕うように両手を胸の前で、あたふたと振りながら
「ちちち違うのヴァルゼルド!!
 私は何も見てないの! ちっとも! なんにも! 一切合財! だから許して!」
 思いっきりパニくった。

 

「何を許すのかサッパリでありますが、ちょうど空尉殿を探していたのであります」
「――――……え? あれ?」
 意外と真っ当なヴァルゼルドの応対に、なのはは我に返る。
 彼が差し出した無骨な手のひら。
 ――赤い宝石。
 不屈の名を冠する、自身の相棒が鎮座していた。
「申し訳ありません。整備課から空尉殿へレイジングハート殿の護送を承ったのですが……、つい話し込んでしまったのであります」
《いいえマスター、時間経過を彼に指摘しなかった私にも非があります》
 談話場にいたのは一人でなく、正確には二人だったのだ。
 早とちりに気恥ずかしさで一杯になる。
「あ……あははは……」
 取り繕うための乾いた笑い声が、リノリウムの廊下に空しく響いた。

「――――それで、ヴァルゼルドとレイジングハートはどんなお話をしてたの?」
 相棒と機械兵士は、先ほどまでの彼女の挙動不審を追求しない。それが彼女の唯一の救いだった。
 その甲斐もあってようやく気恥ずかしさも引き、なのはは質問する。
 機械兵士とインテリジェントデバイスの世間話は単純に興味がある。
 それに、もう十年の付き合いになる相棒。
 必要なこと以外喋らない寡黙な彼女が、どんな世間話をするのか気になったのだ。
「はい、ミッドチルダにおけるデバイス開発史や魔導士適正ごとの効果的なデバイス運用などであります」
《機械兵士の戦略的運用方法に関してもですマスター》
「あ~、やっぱりそういう話なんだ」
 世間話というには少々鉄火場臭い話題であったが、ある意味予想通りでもあった。
「本機の運用方法と根本から異なりますが、レイジングハート殿の話は大変興味深いものでありました」
《ええ、ヴァルゼルドの次元世界の話も興味深いものでした。参考になります》
 相棒が何を参考にする気なのかは聞かなかったことにする。ドリルとか出すのはベルカ式だけでお腹一杯である。
 とりあえず、相棒とヴァルゼルドの関係は思ったより良好のようだ。
 相棒と彼は不仲なのではないか、という疑念は懸念の一つでもあったので安心する。
「他にはどんな話題があったの?」
 やっぱり部隊編成とかそういう話かな、と彼女は予想したが、
「プライベートの話を少々であります」
「ほんとっ!? どんな話!?」
 予想外の展開にズイッと身を乗り出して詳細を聞こうとする。
 
 周囲の気温が下がったような気がするのはきっと気のせい。うん、きっと。
 
 ――そして迂闊なロボは、地雷を豪快に踏んだ。
 
「はい、どうやらレイジングハート殿はバルディッシュ殿のことを好いて……へぶらっしゃあぁああ!!!!!」
 翻る桃色の魔力弾。
 錐揉み倒れる機械兵士。
 
「ヴァっ、ヴァルゼルド!?」
 テーブルやイスを薙ぎ倒しながら転がる機械兵士に、なのはは駆け寄ろうとし――。
 
《黙りなさいポンコツ。スクラップにしますよ?》
「レイジングハート!!?」

 ヒュンッヒュンッと周囲を飛び回るアクセルシューター。
 無論、魔力はマスターからの強制徴収。
 マジ外道。レイハさんマジ外道。

 

 インテリジェントデバイス――レイジングハート。
 「エースオブエース」「管理局の白い悪魔」の異名を持つ高町なのは一等空尉。
 管理外世界の一般市民だった彼女に、魔導の基礎を叩き込んだ最初の教官こそ、レイジングハートその人であったことを忘れてはならない。
 ――――彼女だけは怒らせてはならない。
 
 
 その後の話。
「上官殿。どうやらレイジングハート殿は『ツンデレ』であるらしいであります。ヴァイス陸曹長殿に教えていただきました」
「つんでれ? なんなのそれ?」
「さあ……? ですが類似語にツンドラ――永久凍土があります」
「えーきゅうーとーど?」
「一年を通して降水量が低く冬季には気温零℃を下回る気候のことであります」
「さむいのとレイジングハートって、かんけいあるの?」
「さあ? ですが陸曹長殿の話をまとめると、どうやら冷たい態度に興奮する、という意味ではないでしょうか?」
「…………」
「じょ、上官殿?」
「…………へんたい」
「へぶぅっ!!」
 
 すごいぞヴァルゼルド!
 意外と間違えてないぞヴァルゼルド!
 だが幼女の好感度はだだ下がりだ!!
 
 
『彼と彼女の×優雅○ポンコツな日常 そのいち~幼女に罵られたいなぁ編――劇終』

 

 

「彼と彼女の優雅(と書いてポンコツと読む)な日常~そのに~鬼軍曹は子猫ちゃん編」

 ある日の昼下がり。
 ザンクト・ヒルデ魔法学園、その調理実習室。
 授業中は多くの生徒たちで賑わう教室は、今は静けさを保っている。
 窓から少しだけ傾き始めた陽光が差し込み、教室に日向の温もりを伝える。
 そんな穏やかな午後の風景。
 ――――だがそれは。
 
「そのウンウンをたれる口の前と後ろにサーをつけろ!」
「Sir! Yes Sir! であります!」
「こえがちいさーーい! タマおとしたか!」
「Sir! No Sir! 予備弾薬に損失無しでありますsir!」
 
 猫のアップリケが施されたエプロンを着た可愛らしい少女が、
 同じく猫のアップリケのエプロンを着ても可愛らしくない機械兵士に向かって、軍隊式スラングを並べ立てるという
 ――――びっくりカオス空間と化していた……っ!
 
「よろしい! ではヴァルゼルドじょーとへーに、にんむをつたえる!」
「Sir! Yes Sir!」
 平らな胸を張り腕を後ろに組み、威厳を振り撒くように機械兵士の周りをグルグル歩き回る幼女。
 本人は先日見た映画に出てきた鬼軍曹のつもりだが、可愛らしいエプロンも相まり、どう見ても大型犬にじゃれ付く子猫である。
 そんな子猫ちゃん軍曹殿に敬礼を送る巨漢の機械兵士(猫エプロン装備)。
 ちなみにエプロンの色はピンク。一部の機械兵士が着ると大変なことになります。
 きっと教室が無人なのは彼女らのせいである。
「きょうはなのはママのたん生日です! だからママにケーキをつくります!」
「つまり兵站任務でありますね!」
「そうです! へーたんにんむです! さっそくケーキをつくるのです!」
 両腕を振り上げ高らかに宣言するヴィヴィオ。
 ウオオオォォッ! と無駄に雄叫びを上げながら、これまた無駄に掲げた右腕のドリルをギュンギュンと回すヴァルゼルド。
 料理をする雰囲気ではない。
 十人中八人は合戦準備と答えるだろう。残り二人は幼女にハァハァする。
 すでに嫌な予感を感じさせる光景であった。

 

 余談であるが。
 ヴァルゼルドとヴィヴィオが着ているお揃いのエプロン。
 これは先日に高町なのはがヴィヴィオとヴァルゼルドを連れ、繁華街へ買いに行った代物である。
 ヴァルゼルドがそれまで着けていたエプロンのサイズが合っていなかったため、無骨な外見に関わらず高町家の掃除洗濯などの家事を担っている機械兵士のためにエプロンを新調することなったのである。
 その際に、ヴィヴィオもお揃いのエプロンを欲しがったのである。
 やっと訪れた家族サービスの機会に終始ほくほく顔の高町なのはであったが、彼女が気付くことは無い。
 休日の繁華街。
 多くの人々で賑わう場所で、見目麗しい女性が可愛らしい少女と――無骨なロボを連れて買い物をする姿を、多くの人々が奇異の目で見ていたことに。
 服飾店の店員が、なのはの後ろに立つ強面の機械兵士の姿に涙目になっていたことに。
 そして「きっと似合うから」と言って、ピンク色の猫ちゃんエプロンを機械兵士に選んでいる自身の感性に。
 徐々にコメディ路線に感染していることに、彼女は気付いていない。
 気付かないほうが幸せである。
 
 
 調理台に乗せられたケーキの材料と調理器具。だがその数は少ない。
 スポンジから手作りするのは幼女とロボではハードルが高すぎたのである。
 スポンジは既製品を購入。作業はクリームを作りイチゴを添えるだけだ。
 
「……んしょ……んしょ……」
「頑張って下さい! 上官殿!」
 ヴィヴィオは黙々と生クリームを混ぜ続ける。
 横ではイチゴの蔕を取り終えたヴァルゼルド上等兵が声援を送る。
 上等兵の任務は材料及び器具の調達兼応援係である。
 電動ミキサーの確保に失敗したあたり微妙に役立たずだったが。
 6才の少女に多くのことは任せられない。だがそれでも、今回のケーキ作りは少女が自身の大切な人のために望んだことである。できる限りのことは少女にやらせてあげたい。
 懸命な少女の姿に、思わず出そうになる「手伝います」の言葉を必死に抑える。
 ――自分さえ電動ミキサーの確保に成功していれば……っ!
 電動ミキサーの確保に失敗したのは彼の責任ではない。ヴァルゼルドに触発された男子生徒らの間でドリルごっこが流行った結果、想定外の使用法で酷使された電動ミキサーは殉職なされたのである。
 間接的にヴァルゼルドの責任だった。
 
「……ん……しょ…………あう~~~」
 ヴィヴィオの手が止まる。
 疲労がピークにきたのだろう、うめき声と共に少女の動きが止まる。
 楽しいクッキングタイムが、もはや憂鬱マラソンタイムとなっている。

 ――こんな時にっ! こんな時に電動ミキサーさえあれば……っ!

 もはやヴァルゼルドの思考は唯一つを求めていた。
 つか、お前が手伝えばいいんじゃね? という結論に達してしまうのだが、彼にとって任務成功とは少女が自らの手でケーキを作ることであり、電動ミキサーはその過程だ。
 融通の効かなさが彼の長所であり、短所であった。
 このままでは少女は腱鞘炎になってしまうかもしれない。
 ――なんとしてでも電動ミキサーを確保しかなければ。だがどうすれば?
 学院内に無い以上、外部へ買いにいくしかない。自分が空尉殿から供与された小遣いでは電動ミキサーの購入は不可能だ。
 そこまで考えた所で、彼は自身の右腕に視線を落とした。いや、落としてしまった。
 本来なら彼はその方法を否定しただろう。
 だが、タイミングが悪かった。悪すぎた。
 
「……ヴァルゼルドぉ~」

 涙目の上目遣いで乞われた救援の声。
 その声に、彼の思考のリミッターが解除された。
 
「――――っ上官殿! これを!!」
 掲げられる右腕。
 その先でギュンギュンと殺る気まんまんで唸るドリル。
 
 ――アホがいた。
 
「すごい、すごいよヴァルゼルド! これならきっとたくさんクリーム作れるね!」
 
 ――そんなアホに子守らされているアホ毛の幼女がいた。人格形成を担う幼年期教育は重要です、計画的に行いましょう。子守ロボの選択は慎重に。
 
 
 少女の歓声を受け、
 ヴァルゼルドは右腕を、己が得物を誇るように振りかざす。
 正面。調理台に鎮座したボウル。
 ――敵性目標捕捉。
 その中でチャプチャプ揺れる白濁液に向け
 彼は己が得物を、勝利を謳うように咆哮を上げるドリルを振り下ろした――ッッ!!
 
 

 ガキャンッッッズガガガガゴギンメギャメギャギャギャドゴンッッッ………………
 
 
 
 『戦闘報告書』
 
 作戦完遂度――23%
 
 輸送品目――スポンジケーキのイチゴ添え。
          幼女と機械兵士の生クリーム和え。
 
 被害状況――高町ヴィヴィオ軍曹……頭頂部にタンコブ(BYシスターカリム)
          ヴァルゼルド上等兵……頭部装甲陥没(BYトンファーお姉さん)
 
 撃破内容――ステンレス製ボウル一個。多目的調理台一台。水道管一本。
 
 本部より通達辞令――『高町ヴィヴィオ及びヴァルゼルド両名の調理実習室の使用を固く禁ずる』
 
 ――本報告書を以って今回の作戦に関する調査を終了とする。
 
 
 
 まったくの余談であるが。
 十数年後、この二人は似たような動機で似たような行為をやらかす。
 だが、それを語る者はいない。
 肩書きと異名だけは大層になっても根本的な部分はあまり変わらなかった二人が、
 余計な部分だけは成長した二人が今回と同じようなことを、
 さらに大規模かつ大惨事となった事件として……通称『エセリア4月の悪夢事件』を引き起こしたことを、語りたがる者はいない。
 
 ――語りたがる馬鹿はいない。
 
 
『彼と彼女の優雅(と書いてポンコツと読む)な日常~そのに~機械兵士にエプロンってある意味裸エプロンじゃね? あとクリームを白濁液って言いたかっただけ。ついでに幼女を白濁液まみれにしたかっただけ編――劇終』

 

 

 

 

「彼と彼女の日々 ~少女期の終わりに~
   For tomorrow, For every day, For――――」
 
 
 夜の帳が下りた教会の中庭。
 そこに立つ少女の髪を、柔らかなサイドポニーの金髪を冷たい風が撫ぜる。
 ミッドチルダ北部の夜は厳しい。だが、そのぶん星空がよく見える。
 冷たく透明な空気がクラナガンのそれよりも、遥かに多くの星々を輝かせる。
 
 満天の星空の下。
 少女は――ヴィヴィオは星々を見上げていた。
 いつかの日の青空。
 あの日のように少女は一人、星空を見上げていた。
 
 あの日の青空から、もう十年。
 ヴィヴィオの少女期は終わりを迎えていた。
 
 明日の戴冠式をもって、
 高町ヴィヴィオは『第28代聖王ヴィヴィオ・T・ベルカ』となる。
 
 少女は愛しい名前を捨てる。
 
 
 彼女の少女期は、明日をもって終わる。
 
 
 
 背筋を這う寒気に、ヴィヴィオは小柄な身体を震わす。
 寒さのせいでは無い。
 『明日』という日を決意して以来、ずっと少女を苛み続けるモノ。
 かつて偽者のソレとして力を振るわされ、幼かった少女を孤独へ追い込んだモノ。
 ――――『聖王』
 その名が持つ重圧が、少女の心を苛ませる。
 
 決意したはずだった。
 遠い次元世界。今この瞬間でさえ、『あの人たち』は戦っている。
 自分たちが所属する組織から見捨てられようとも、悪意と敵意で満ちた魔女の釜のような戦場で、それでもなお諦めることなく戦っている大切な人たち。
 11年前、少女を救ってくれた人たちが今、どうしようもない苦境に立たされている。
 ――あの人たちを見捨てるわけにはいかない。
 11年前、無力だった少女を救ってくれた人たち。
 家族同然の大切な人たちを、見捨てるわけにはいかない。
 
 だが、16才の少女一人にどうにかできるほど状況は甘くない。
 少女の細腕に、そんな力はない。
 大切な人たちが傷つき、散っていくのを少女は黙って見ているしかなかった。
 だが幸か不幸か、少女の『血』にはその力があった。
 碧と紅のオッドアイ。
 七色の魔力光――『カイゼル・ファルベ』
 少女が受け継いだ、伝説の英雄王『ベルカ聖王』の血統。
 魔女の釜のような地獄を、どうにかできてしまう力。
 少女の一人では叶わなかった『あの人たち』を救える力。
 ――――そして、少女がなによりも忌み嫌った力があった。

 

 決意したはずだった。
 忌み嫌い、今日まで拒み続けた名前。
 それを受け入れると、決意したはずだった。
 無力でしかなった自分が今度こそあの人たちを救うんだ、と誓ったはずだった。
 決意の日から今この時まで、押し潰されそうな重圧と恐怖に耐えてきた。
 その決意が、ほんのささやかなことで崩れかけている。
 
 ほんの数時間前。
 明日の戴冠式に備え、教会の一室を宛がわれたヴィヴィオ。
 ヴィヴィオの身の回りを世話を任された侍女が、部屋を後にする際に少女に向けて言った言葉。
 『お休みなさいませ聖王様』
 かつて忌み嫌った名前。それが明日からの自分の名前になる。
 この先ずっと、高町ヴィヴィオは聖王ヴィヴィオ・T・ベルカとなるのだ。
 少女は、これまでの日々を捨てなければならない。
 
 そしてなにより――――。
 
 侍女の真直ぐな瞳。
 かつて自分が浴びてきた嫌悪でも、軽蔑でも、媚びへつらうでもない瞳。
 ――純粋な憧憬。
 彼女の瞳を見てしまったとき、少女は気付いてしまった。
 今更になって、愚かにも少女は気付いてしまった。
 
 ――自分の願いは、彼らを利用することで成り立つのだ、と。
 ――自分の願いは、多くの人の犠牲の上に成り立つのだ、と。
 
 そんなことに、今更になって気付いてしまったのだ。
 
 
 震える身体を両手で抱きしめる。
 そんな少女の抵抗を嘲笑うかのように、身を切るような寒風が吹く。
 蔑まれることも、軽蔑されることにも耐えられるはずだった。
 だが明日から少女が行うことは、彼女に向けられる純粋な好意を利用することなのだ。
 自分の願いのために、関係無い騎士たちを戦地へ向かわせる。
 数百の騎士が傷つき、数千の騎士たちの家族や大切な人が悲しむ。
 そして、少なくない数の人間が帰ってこない。
 自らの家に帰ってこれない人々を、帰ってこない人を待ち続ける人々を生む。
 
 『あの人たち』の音信が途絶えたのは三日前。
 音信が途絶えても、『あの人たち』がいる次元世界では未だ戦闘が止まない。
 次元世界間紛争。政治闘争に翻弄され、無力な難民たちを抱えながら戦火に巻き込まれている『あの人たち』に、もはや一刻の猶予も無い。
 誰もが彼女らの救出を諦めたミッドチルダで、『あの人たち』を助けられるのは今現在自分しかいない。
 今度こそ『あの人たち』の力になるのだ――その少女の誓いは。
 少女に避けようのない犠牲の選択を強いていた。
 
 大切な『あの人たち』か、それとも悪意無い憧憬を向けてくる名も知らぬ人々か。
 
 その選択こそ、
 ヴィヴィオの少女期の終わりを知らせる鐘の音だった。

 

 少女の震えは止まらない。
 自らが傷つく覚悟をしていた少女に、誰かを傷つける覚悟は無い。
 ――命を取捨選択する覚悟は無い。
 彼女自身が選択せずとも、やがてヴィヴィオの少女期は終わっていただろう。彼女の持つ血統にはそれだけの力がある。
 いつの日にか、これまでの日常を捨てなければならなかっただろう。
 しかし、日常を捨てる選択が少女に担われたのは不幸だったのかもしれない。
 どちらにせよ明確なのは、
 少女は明日までに選択しなければならないことである。
 
 
 少女の震えは止まらない。
 今この瞬間にも『あの人たち』を失うのでないか、という焦燥感と、小さな両肩に乗せられた命の重さ。
 
 喉元へせりあがる嗚咽。
 滲む視界。
 
 満天の星空の下。
 それが、いつの日かの孤独な青空を再現しようとして、
 
 
「――――ここにおられましたか、上官殿」
 
 
 合成音声特有の甲高いようで低い声。
 そのくせどこか優しげな、十年間少女の傍らに在りつづけた優しい声。
 
「上官殿、ここにおられては身体を冷やします。部屋に戻りましょう」
 背後から聞こえてくる重い足音。
 やがて耳朶に届く機械の作動音。
 十年間、少女の傍らに在りつづけた音。
 
「うん。でも、もう少しだけ――――ーね? ヴァルゼルド」
 
 十年間、少女の傍らに在りつづけた機械兵士がいた。
 
「了解しました。上着を取ってきましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ」
 
 潤んだ瞳を見られたくなくて、彼に背を向けたまま星空を見上げ続ける。

「綺麗な夜空でありますな」
「……うん」
「流星の軌道予測を行いましょうか」
「……ううん、今はいいや」
「明日はちょうど満月になりますな」
「…………」
「あー……えっと……そのですね……」

 滲む涙。きっと、そのことに彼は気付いているのだろう。
 自分が泣きそうになると、彼は普段に輪をかけて雄弁になるのだ。
 十年間変わらない、彼の癖だった。

「…………ねえヴァルゼルド」
「はっ、はいであります!」
「ちょっと胸貸してね」
「……は?」

 機械兵士の答えを聞かず、
 少女は涙を見せないように振り返り、機械兵士の無骨な装甲に身を寄せた。
 コツン、と額を彼の胸部装甲に当てる。
 十年経ったが、少女と機械兵士の身長差は未だ遠かった。
 幼き頃はその身長差が気に入らず必死に牛乳を飲んでいたが、今はその身長差が有り難かった。
「じょっ、上官殿!?」
 両手を彼の腰に回す。背中までは流石に届かない。
 抱きしめた機械兵士の身体は、不思議と暖かかった。
 
 星明りと月光で照らされた教会の中庭。
 静寂に満ちた中庭で、機械兵士と少女の影は重なり続けている
 最初は取り乱していた彼だが、少女の身体が震えていることに気付いたのか、先ほどから沈黙を守っている。
 未だ身を切るような風が吹く。だが、不思議と寒くない。
 抱きしめた機械兵士の身体は暖かい。
 擦り寄せた鼻に、鉄とオイルと日向の匂いが届いた。
 
「ヴァルゼルドは暖かいね」
 機械兵士に顔を見せず、彼の装甲に顔を埋めながら呟く。
「稼動時の熱放出のせいであります。本機の外装温度は大体人肌より若干温度が高くなるのです」
 情緒もへったくれも無い彼の言葉に、ヴィヴィオは頬を膨らませながらようやく顔を上げ抗議する。
「むう、駄目だよヴァルゼルド。こういう時はもっと気を利かせた言葉にしないと。じゃないと女の子に嫌われちゃうよ?」
 怒ったような、からかうような抗議に彼はしばらく逡巡し、
 ――ポスン、と少女の頭に手をのせた。
 無骨な鋼鉄の掌で、不器用ながらも優しげに少女の柔らかな金髪を撫でる。
「…………うん」
 少女はくすぐったそうに瞳を細め、再び機械兵士の胸元へ顔を埋める。
 
 ――――満点じゃないけど及第点で合格、かな。
 
 静かな時間が過ぎる。
 少女の震えは止まっていた。
 
 
「――――ねえヴァルゼルド?」
「はい、なんでありましょうか上官どの」
 さっきと同じような受け答え。
 違うのは二人の距離と少女の涙。
「ちょっと弱音吐いてもいい?」
「――――自分でよろしければ」
 
「あのね…………決めたはずだったの。
 今度こそ、私がママたちを助けるんだって……決心したはずなの」
 幾ばくかの躊躇。
「――でもね、気づいちゃったんだ
 ここに来てから会った人たち。メイドのお姉さんや騎士のお兄さんたち、教会に来た私を助けてくれた人たち。
 私の願いは――その人たちを裏切るものなんだって、助けてくれた人たちを傷つけるものなんだって…………そんなことに、今更気づいちゃったんだ」
 機械兵士は無言で少女の髪を撫で続ける。
「我慢するはずだったの。
 あの家に帰れなくなることも、『高町』の名前を捨てることにも。
 耐えていくつもりだったの…………なのに……なのにっ」
 少女の小さな身体が震える。

 私のせいで誰かが……ううん、私の願いのせいで誰かを傷つけるのが……怖いの。
 決心したはずなのに……それなのに……どうしようもなく怖くて……」
 震える声。
「……ねえヴァルゼルド。私はいったい……どうすればよかったのかなっ……!」

 ポタリ、ポタリと水滴が彼の装甲に落ちる。
 静寂。
 少女の嗚咽が響くなか、

「それは――酷く難しい問題であります」
 不意に、彼が言葉を上げた。

「犠牲が生じない戦闘はありません。それに、空尉殿たちを取り巻く情勢は複雑です」
「――…………っ」
 機械兵士は言外に『選択をしなければならない』、そう少女に伝えていた。
 少女の身が強張る。
 だが、
 
「ですが――――貴女は守りたいのでしょう?
 今度は自分がみんなを守る――貴女はそう、誓ったのでしょう?」
 
「ならば、その誓いを貫くべきであります。貴女を支えてきた人たちのためにも。
 ――――その願いは、間違えてはいないのですから」
「ヴァルゼルド……」
 思わず顔を上げた少女の瞳に機械仕掛けの、ライトグリーンの瞳が映る。
 
「それに――――」
「……それに?」
 僅かな逡巡。
「それに、自分もいます。微力ではありますが、自分が上官殿の力になります。
 可能な限り、貴女が悲しまぬ結末にしてみせます。――いえ、絶対にしてみせます」
 篭められた機械兵士の決意。

「――――……うんっ……うんっ!」
 向けられた優しい瞳に、少女は涙で濡れた瞳で懸命に頷きかえした。
 
 
 数分か、数十分か、彼と彼女の間に幾ばくかの時間が流れる。
 少女は無言で彼の装甲に顔を寄せ。
 彼もまた無言で少女の髪を撫で続ける。
 静寂が、穏やかな静寂が流れる。
 
 ――結局のところ、自分には選択するしか道はないのだ。
 大切な人か、ここで出会った優しい人たちか、それとも見知らぬ人たちか。
 誰のために戦うのか、自身は選択しなければならない。
 選択するものは、きっとどれもが正しくて、どれもが間違っている。
 当たり前だ。
 選択するということはつまり、他のなにかを捨てることなのだから。
 それでも選択しなければならない。
 選択しなければ、きっと自分は後悔する。一番大切なものを失ってしまう。
 
「――――うん、もう大丈夫だよヴァルゼルド」

 

自分は明日、選択する。
 大切な人たちを選び、見知らぬ人々を切り捨てる。
 ――だけど。
 
 彼の腕が下ろされる。
 彼の装甲から身体を離す。
 失われる暖かさが惜しかったけど、それ以上は未練になるので思い切って離れる。
 
 ――きっと大丈夫。
 
 大切なものを一杯抱え込んで、失わないよう精一杯抱きしめても。
 それでも毀れるものがあるだろう。それでも失ってしまうものがあるだろう。
 だけど――
 ――捨ててしまったものを、毀れてしまったものを拾い上げてくれる人がいる。
 ――小さな身体がよろめかないよう支えてくれる人がいる。
 ――ずっと、少女の傍らにいてくれた『彼』がいる。
 
 ――だから、きっと大丈夫。
 
 ――――さあ行こう。暖かな日々を、明日も続けるために。
 日々を、明後日も明々後日も続けるために。
 この先ずっと、みんなで笑い合えるために。
 
 ――――虚勢でもいいから笑顔でいこう。笑顔で、大切な人たちを助けにいくんだ。
 
 
 教会宿舎へ向かって歩く。
 機械兵士は何も言わない。
 宿舎に入り口にたどり着いたところで、少女は彼に振り返る。

「おやすみなさいヴァルゼルド――――明日からまたよろしくね」
 
「はい、おやすみなさいませ上官殿」
 
 振り返った少女の顔には笑顔。
 ――――花咲くような笑顔があった。
 
 
 静寂が戻った星空の下。
 機械兵士は一人、佇んでいた。
 一人、星空を見上げていた。
 
 少女が今宵、誓いを新たにしたように、
 ――機械兵士も今宵、一つの誓いを立てた。

 

 

 ミッドチルダ北部特有の透明な青空。
 
 冷風の吹く寒空にも関わらず人々は、街並は熱狂の渦にあった。
 大通りを進むパレードを一目見ようと、通りには人で溢れ、通りからあぶれた人々は建物の窓から身を乗り出す。
 ベルカ系住民が多くを占める街は今、御伽噺の再来に湧いていた。
 
 ――――聖王戴冠。
 
 かつてベルカの民を導き、数多の奇蹟を果たした英雄。
 幼少の頃、寝耳物語として語られた御伽噺の王。
 その証である七色の魔力光、碧と紅の瞳。
 それを備えた少女の登場に、ベルカの街はこれまでに類を見ないほど熱狂していた。
 
 これまでは少女がクローンであることを口さがなく言う者もいた。
 だが、その声もやがて熱狂の声に埋もれていく。
 150年前。辛酸と共にミッドチルダへと移住したベルカの民。
 明日をも知れぬ彼らが語り継いでいった、希望をもたらす王の物語。
 幼き頃より御伽噺に希望を託してきた人々は、伝説の再来に狂喜していた。
 
 
 ――――故に、少女を認められぬ者達がいた。
 
 人々の熱狂の届かぬ下水道。
 街の地下を満遍なく張り巡らされた通路を、音も無く駆け抜ける影が五つ。
 騎士甲冑を着込み、剣・斧・槍と各々の得物を携えた男達。
 ベルカの騎士達が、唯一つの目的のために駆けていた。
 ――聖王となる少女の殺害。
 
 彼らには誇りがあった。
 名門と謳われる家系の騎士である彼ら。
 聖王が崩御しその血統が失われ、国を、世界を失ったベルカの民。
 仇敵に恭順しながら、なお民族の誇りを失わず今日まで自治が許されていたのは、ひとえに残された騎士たちの尽力の賜物であった。
 彼らには150年間国を、民を守り続けた自負があった。
 故に認めることなどできない。
 作られたクローンの、犯罪のために作られた贋作の聖王など。
 戴冠後に他次元世界への介入を主張する小娘など、せいぜい傀儡が関の山だ。
 そんな御伽噺を認めるわけにはいかない。
 
 聖王となる少女の警護は厳重だ。
 テロに備え、地上だけでなく上空も多くの空戦魔導騎士によって守られている。
 ――だが、その程度だ。
 平和な時代、気位だけが高くなった騎士などに地下まで気が回るはずがない。
 彼らにはそれが口惜しかった。
 守り続けてきた自負と、腑抜けとなった組織への憤怒。鬱積された感情が、今回を契機に少女への憎悪として爆発した。
 少女を乗せたパレードが、あるポイントに達した瞬間少女は街路もろとも粉砕される。

 駆け抜け続ける騎士達。
 もはや少女を乗せたパレードの位置まであと僅かとなった瞬間。
 ――耳鳴りのような音波。
「――――っ!」
 ――AMF(アンチ・マギリング・フィールド)。
 騎士たちが立ち止まる。
 
「ヘイケン、対AMFフィールドを」
 先頭に立つ壮年の男。
 風格に満ちた指揮官が、部下へ取り乱すことなく指示を出す。
「了解…………フィールド設置完了。ですが隊長、こいつは厄介ですよ。魔導出力28%低下、防ぎきれません」
「バリアジャケットの魔導出力を下げろ、火力だけは維持するんだ。どちらにせよ機会は一度のみだ」
『了解』
 地下に響く男達の声。
 
「隊長、自分が探索して発生装置を解除しましょうか?」
 一人の若い騎士が前に出て、壮年の男に申し出る。
「止めておけ、下手に壊せば気取られるだけだ。それに――――もう無駄だ」
 
 壮年の男が通路の先を見る。
 薄暗い下水道。
 汚水が流れる音しかしない空間で、
 ――ガチャン、ガチャン。
 鈍い足音が響いた。
 
『――――っ!!?』
 
 下水道を照らす裸電球。
 その僅かな光源の範囲に『ソレ』は現れた。
 
 2メートル近い長身。
 電球に照らされ鈍い光を放つ重厚な装甲。
 蒼と黒の装甲。
 
 ――――『守護機兵』
 
 ――――『ガーディアン』
 
 彼らが命を狙う少女が、これまでその特殊な境遇ゆえに遭遇した事件。
 その全ての事件において少女を狙う魔手から、ことごとく少女を守り続けたソレが。
 なんら誇張することの無い異名を持つ――機械兵士がいた。

 機械兵士が姿を現したその直後。
 
 輝く魔力光。
 翻る魔力弾。
 ――そして爆音。
 
 騎士達が名乗ることなく、躊躇することなく放った五つの魔力弾は、違えることなく全弾機械兵士に命中した。
 地下通路が黒煙で満ち、光源が破壊されたことにより通路の暗闇が広がる。
 パラパラと破片が落ちる音以外、物音などしない。
 
「――はっ! 魔力も持たない機械人形風情が」
 そう吐き捨てながら、先ほどAMFの破壊を申し出た若い騎士が黒煙に近寄る。
「よせスウェッソン、対象の破壊確認がまだだ」
 壮年の男が止めるのも聞かず、若い騎士は黒煙の傍に寄る。
「避けるスペースの無い通路で射撃魔法を五発同時斉射ですよ? バリアジャケットも持たないガラクタが相手じゃ、破片すら残るかどうか――――」
 言葉を続けようとして、彼は見た。
 
 眼前の黒煙。
 ユラリ、と黒煙が揺れる。
 騎士の目の前、頭上に現れる蒼い鋼腕。
 そして騎士の視界が、
 
 ――――鋼鉄の拳で塞がれた。
 
 
 打撃音と呼ぶにはあまりにも鈍過ぎる音。
 騎士の頭上から、叩きつけるように振り下ろされた鋼拳。
 その丸太のような一撃に、騎士は汚水の川に沈む。
 
 黒煙から現れたのは、装甲を煤けさせただけの機械兵士。
 
 ジャキジャキッ!
 一斉に向けられるアームドデバイス。
 条件反射でなく、明確な敵意と戦意を以って向けられる刃。
 それに機械兵士がうろたえることはない。
 
「このっ――――大義もない機械人形風情がぁぁぁ!!!!」
 汚水に沈められた男と同年代の騎士。
 男の友人だったのだろう、未だ年若い騎士が怒号と共に機械兵士へ斬りかかる。
 閃光を放つ騎士の片手剣。
「――っっっ!?」
 しかし、その剣戟は機械兵士の装甲に届かない。
 騎士の剣は、機械兵士が差し出した右腕によって止められる。
 ギュィィィンという甲高い稼動音。
 振り抜かれた刃と機械の穂先が激突している。
 機械兵士のドリルが、機械仕掛けの槍が、騎士の剣と拮抗していた。
 驚愕は拮抗されている騎士だけのものではない。
 
 百年に渡り練磨され続けてきたベルカの魔導。
 その刃に対し、
 魔導の力などカケラも持たない鉄塊が、完璧なまでに拮抗を果たしていた。
 その事実に、騎士達は息を呑む。
 
 そして、騎士達が予想もしていなかった声が地下に響く。
 
「そうだ、自分に大義などない――――だが」
 
 機械兵士の声が。
 少女の守護機兵の、低い声が響き始めた。

 

 ――His pride, His oath, His hope.
 
「このっ――――大義もない機械人形風情がぁぁぁ!!!!」
 
 怒号と共に繰り出された刃を、右腕の固有兵装で迎撃する。
 ――激突音。
 己の視界センサーの視野全てに火花が映る。
 金属刃同士の衝突と、溢れた魔力光が地下通路を照らす。
 
「――っっっ!?」
 目の前の騎士から発せられる驚愕。
 だが、そんなことに興味は無い。
 本来は敵性対象と会話する行為に意味は無い。
 機械兵士は無意味な行為をしない。
 戦闘は常に合理的に行われる。
 しかし、今日は言うべきことがあった。
 
 宣言すべきことがある。
 昨夜、星空の下で誓ったことがある。
 
 この十年で得たものがある。
 常に己の傍らにいてくれた少女から、与えられたものがある。
 
 ――少女の苦悩の具現である騎士たちに向け、宣言すべきことがある。
 
 
「――――そうだ、本機に大義などない」
 
 
 機械に大義などない。
 機械に正義などない。
 
 あるのは鋼鉄の装甲と、敵を討つための重厚な火器だけ。
 
 機械には――大義も、正義も、悪も、理想も、堕落も、何も無い。
 あるのは機能だけ。
 破壊することだけを求められて創られた機械兵士に、そんなものは何一つない。
 
 望まれたのは、壊すことと殺すことだけ。
 
 ――だけど。
 
 
「だが――――」
 
 
 だけど――。
 
 そんな機械兵士を救ってくれた人がいた。
 そんな機械兵士に笑いかけてくれた人がいた。
 そんな機械兵士を家族と言ってくれた人がいた。
 
 壊すことしか、殺すことしか能が無い機械兵士を――抱き締めてくれた人がいた。

 

「機械にも――――ー」
 
 
 一歩、前へ踏み込む。
 衝突音がさらに激しく、悲鳴じみた音を上げる。
 バキン!
 甲高い金属音と共に、騎士の剣が罅割れる。
 
 
 彼方の昔、彼方の地で誓ったことがある。
 十年前、廃墟の街並で誓ったことがある。
 十年間、少女の傍らで誓い続けたものがある。
 
 ――――その誓いを守ることこそが。
 
 
 さらに一歩、前へ踏み込む。
 騎士の剣が、さらに崩壊する。
 
 
「機械にも――――――誇りがあるっっ!!!」
 
 

 昨夜、機械兵士は誓ったのだ。

 守られるだけだった少女。
 無力だった少女は今。
 誰かを守るために前へ進もうとしていた。
 否、少女は既に戦っている。
 
 自身の足で前へ歩み始めた少女。
 己が、その背で少女を守る必要は無くなっていた。
 
 だから、機械兵士は誓ったのだ。
 星空の下で誓ったのだ。
 
 前を進む少女の、その小さな背中を守ろう。
 少女を傷つける銃弾から、その身を守ろう。
 少女が守りたいと願ったものを守ろう。
 
 十年前、孤独だった機械兵士を救ってくれた少女を。
 ――――彼女の笑顔を守ろう、と。
 
 そう、誓ったのだ。
 鋼鉄の装甲と重厚な火器はそのためにある。
 
 それこそが彼の誓い。
 それを貫くことこそが、彼の誇りだった。

 

 さらに一歩、前へ――。
 
「機械にも――――――守りたい人がいるっっっ!!!」
 
 
 甲高い金属音。
 騎士の剣が砕ける。
 半ばから折れた刃が天井へ突き刺さる。
 神秘や魔導の力などカケラも持たない機械兵士が、正面から魔導の刃を粉砕した。
 
 自身の誇りとも言える剣を砕かれ、唖然とする騎士。
 騎士に迫るは機械仕掛けの槍――ーではなく鋼鉄の豪腕。
 踏み込んだ勢いをそのままに、機械兵士の鋼腕が騎士を薙ぎ倒す。
 トラックに轢かれたような衝撃を受け、騎士は下水道の壁に叩き付けられる。
 叩きつけられた壁はコンクリートが崩れ、騎士は座り込むようにして意識を失う。
 
 
 残る騎士は三人。
 
 不意に壮年の男が、前に一歩進み出る。
 油断無く向けられる機械兵士の右腕。
 だが、かけられた声は不思議と静かなものだった。
 
「侮っていたことを詫びよう、鋼鉄の騎士よ」
 
 言葉と同じように、静かに槍を構える男。
 同時に、残る二人の騎士が武器を下ろす。
 一対一。
 それがベルカ騎士が最大の力を発揮する場であり。
 彼らが敵手へ送る、最大の敬意。
 
 
「問題ない、本機には早急に果たすべき任務がある」
 
 ――機械兵士には願いがある。
 
 彼には、この十年で得たものがある。
 暖かい人たち。
 暖かい居場所。
 ――少女の花咲くような笑顔
  
 彼には、ヴァルゼルドには願いがある。
 
 ――――あの、暖かな日々に帰るんだ。
 ――――皆で笑い合える日々に帰るんだ。
 
 あの子の元へ――――必ず帰るのだ。

 

日の光も、人々の熱狂も届かぬ地の下で。
 ベルカの騎士と機械仕掛けの騎士が、互いの武器を構える。
 
 誰にも知られることのない戦い。誰にも語られることのない戦い。
 されども気高き決闘。賭けるは互いの誇り。賭けるは互いの存在意義。
 
 彼らの誇りが、閃光となり、火花となり、
 薄暗い地下道に、透き通った剣戟の音を響かせた――――。
 
 
 新暦86年冬の月。
 後世、多くの歴史学者が様々な論文を記すこととなる激動の年。
 その決定的な日に、ある決闘があったことを知る者はいない。
 彼らの誇りを、語る者はいない。
 
 
 
 
 キャラクター説明(著しくネタバレ注意)
 
 ヴァルゼルド:SRPG「サモンナイト3」にて登場する機械兵士。サブイベントを攻略することにより仲間にすることが可能。
 本ゲーム舞台の『島』にあるスクラップ廃棄場で、スクラップの山に埋まっているところを主人公に救助される。
 発見当時、ヴァルゼルドは戦闘による損傷によって身動きが取れない状態であり、彼は主人公に修理部品の調達を依頼する。
 依頼された部品は電子頭脳。主人公は部品調達のため『島』を奔走することとなる。
 電子頭脳を手に入れたヴァルゼルドは適合作業のためスリープモードへ移行。
 数日後、ヴァルゼルドの様子を見に行った主人公を待っていたのは、自身に向けられるヴァルゼルドの銃口だった――。
 
 無感情・無機質が特徴の機械兵士でありながら、家庭教師である主人公を「教官殿」という独特のネーミングで慕ったり寝言を言ったりする彼の、あまりにも人間臭い言動に多くの機械兵士スキーが虜となった。
 
 しかし、その人間臭い人格は、電子頭脳が戦闘時に損傷した際発生したバグ――「在り得ざる人格」だった。
 『ヴァルゼルド』という重大なバグを抱えたまま行われた適合作業はエラー・暴走を引き起こし、彼は近くにいた主人公へ攻撃してしまったのである。
 主人公に取り押さえられ、意識を取り戻したヴァルゼルドは、主人公へ残りの電子頭脳の装着を求める。
 それは他ならぬ『ヴァルゼルド』という人格の消滅を意味していた。
 そんなことはできない。と拒否する主人公に対し、ヴァルゼルドは「教官殿を傷つけたくない」「恩人である貴方を守りたいのです」と、自我が消えるのを承知で主人公の守護を願い出た。
 
 ――その後『島』を警護する機械兵士の姿があったが、そこにあの人間臭い『彼』の姿は何処にもなかった。
 
 
 前作「サモンナイト2」で大活躍した機械兵士もあって、無骨なボディの機械兵士には多くの期待が寄せられたが、
 会話イベント全3回、サブイベントの結末、固有エンディング無し。という末路は多くの機械兵士スキーたちを阿鼻叫喚の渦へと叩き込んだ。
 ちなみに彼の寝言「猫は~~」は作中の名言の一つ。ググレば出る。
 本SSではポンコツ度50%、ロリコン度が200%増量されて登場。

 

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最終更新:2008年02月02日 09:22