「? なんだろう……これ」

キャロ・ル・ルシエがそれを発見したのは『引越し準備の偶然』だった。
どんな人間でも遭遇しうるありきたりなイベントにより、彼女はそれを見つける事になる。
必要な物をまとめ、要らない物を整理していた時に荷物が詰まっていた古い箱の底から。
金色の大きな輪とその中にデフォルトされた一つ目が刻まれた三角形。
輪からは数個の楔が垂れており、全てが埃の中で確かに輝く金色をしている。
紐がついているコトから首に提げて使うと言う事も理解できた。

「何か大切な物なのかな……」

少なくともキャロ自身の私物ではない事は直ぐに解る。
何せ新しいものが少なく物持ちが良い小さな集落、この生まれた頃に彼女に与えられた箱も何世代も前から使われる骨董品だ。
ならばその神聖な雰囲気から村に伝わる祭具か何かだろうか?

「なんだか不思議な感じだし……お祭りか何かで使ってたのかも……」

お祭り……外界との交わりが少ないこの村では誰もが愛するイベント。
もちろん遊びたい盛りであるキャロも大好きだった。そう……過去形。
もうこの村の全てに関われない。もう直ぐこの村を出て行くのだから。
白き竜を従えた事、強すぎる力を獲たこと。
理由としては充分なものなのだと、どこか子供ながらに達観しているキャロは考える。
だけどソレは必死に自分を納得させるための言い訳。

「ちょっと位……着けてみても良いよね?」

重要な祭具は選ばれた者だけが、儀式の時にのみつける事を許される。
それが埃を被っていたものだろうと勝手に付ける等、普通のキャロならば考えられない事。
しかし今夜限りだと思えば、気も緩む。村に居た最後の記念に……少し位なら……

「っ!?」

首に掛けた件の物体を瞬間、異変は起きた。
中央の目が眩い光を放ち、輪から垂れる楔が意思を持ったように揺れた。
傍らですやすやと眠っていた白竜フリードリヒが異変に気がついて飛び起きる。
数秒で光は収まり、静寂が戻る。だが子供とは言え竜の本能が、背を向けたまま静止している主に異変を感じ取った。

「キュウ……」

トコトコと歩み寄り、心配そうに見上げた先。フリードは首をかしげる。
『あれ? 私の主人はこんなに怖い顔をしていたか?』と

「クックックッ……ヒャーハッハハ!!」
「キャウン!?」

不意にキャロが上げた気政治見た笑い声にフリードは動転。荷物をまとめていたカバンに飛び込む。
そんな愛竜の様子など目にも入らないと言いたげに、キャロは顔を上げ自分の姿をまるで他人のもののように見渡す。

「おいおい、随分と可愛らしくなっちまったな~このバクラ様がよ!!」

自分をバクラと表現したのはキャロが身につけた『千年リング』に宿りし邪悪なる意思。
大邪神ゾークの欠片であり、三千年前古代エジプトで暴れていた盗賊の魂。それが今のキャロの体を動かしている。

「まったく……三千年の因縁が気に喰わない形とは言え決着したってのに。オレ様は冥界にも行けないってか!?」

怠惰さを感じさせながらも戦闘態勢を保つ姿勢、闇を切り裂く鋭い目つき、世界の愚かさを知っている皮肉った笑み。
キレイに整っていた桃色の髪はボサボサと掻き揚げ、作り置きしてあったビスケット状の保存食数枚を一気に口に放り込んでボリボリと咀嚼。
完全に粗暴な盗賊の雰囲気を纏った主人にどう対応して良いのか?とフリードがカバンの中で困り顔。

「盗賊に安寧の地獄は相応しくないってか……なら最悪の天国で楽しく遊ばせてもらうとするぜ」

自分が置かれた状況と言うのは強制的に眠ってもらった宿主 キャロの記憶から与えられた知識で容易くバクラには理解できた。
しかもこの宿主の力は前のソレを軽く凌駕する。体が子供という事で些か不満があるが、彼にとってそれを補って余りある魅力。

「そうだな……まずは宿主様に恩返しでもさせてもらうとするか?」


「グハッ!? 貴様……何者だ……」
「見てわかんねえか長老様よ~キャロ・ル・ルシエさ」

長老の居住で行われているその事態を冷静に説明できるものなど居ないだろう。
『村の長老が追放を言い渡した小娘に足蹴にされている』
余りにも異様だ。だが確かに発生している音に誰かが反応する気配も無い。
部屋を覆う夜以外に闇がそれを妨げているのだろうと長老はおぼろげにも理解した。

「キャロであるはずが無かろう……その邪悪な気配」
「邪悪だぁ? テメエに何が解るんだよ、このガキを村から放り出すテメエによ~」

嗜虐の快楽に歪むその顔は決して十歳には見えない。
奇妙で奇抜な表情はそれだけで既に『魔』として認識できそうな存在感。
首から提げた千年リングが黄金の光を放つが、ソレは闇を増す邪悪な光。
もう一度長老の腹を蹴り上げ、キャロの体でバクラは嗤う。

「ほんとにお優しい宿主だぜ、この嬢ちゃんは。
急に僅かな金と荷物持たせて『村を出て行け!』で文句一つ言わないんだもんなぁ~
だからテメエも安心して送り出せるわけだが……腹の中じゃどう思ってるかねぇ?」

「クッ! だがそれは村の平和に過ぎた力は……『ふざけんじゃねえ!!』…グフォッ!?」

「過ぎた力? 強大な力? 大いに結構なことだぜ!
 問題はよ~その力を恐れるテメエの心の闇なんじゃねえか?」

『いつか手に負えなくなるのではないか?』
ソレは長老が積み重ねてきた努力を簡単にひっくり返す存在に対する解り易い恐怖だ。
後はただ村の昔の風習にでも習って理論付ければいいだけ。
痛い沈黙は肯定を意味する。鉄壁な聖者など数えるほども世界には居ない。
黙った老人の様子にバクラが浮かべるのは勝利の笑みだ。

「まっ! いまさら出て行かなくて良いとか詰まらない事は言わなくて良い。
 だがよ? やっぱ……罰ゲームは必要だぜ!」

一気に光を増す千年リング、そして突きつけられる人差し指。

「罰ゲー…あぁ? 何で宿主の意思が……ちっ! 解ったよ……宿主の力が多いのも困りモノだぜ……」

だが長老が恐怖した瞬間は訪れなかった。何かと話しているらしい邪悪なものが残念そうに掲げた指を下ろす。
光も薄れ、同時に緊張の糸が解けて掻き消える意識の向こう、何時ものキャロが言った。

「ご迷惑をおかけしました」

朝に意識を取り戻して、長老が最初にしたのは後悔だった。


『あ~ぁ……せっかく自由に過ごせるかと思ったら宿主に押さえ込まれるなんてな……』

「勝手に寄生しておいてソレはヒドイです……」

「キャウ?」

あの後急遽村を飛び出してきたキャロとフリードが丘の上で一息ついていた。
そしてキャロの胸で揺れているのは千年リング。そこに居る姿無きバクラ。
基本的に彼の声は表に出ている状態でなければ、キャロ以外には届かない。
独り言を呟く主にフリードは生まれて間もない頭脳を必死に捻るが、答えが出る筈もない。
故にフリードは『主は優しい時と猛烈に恐ろしい時がある』と認識をしてたりする。

『でも良いのか? 千年リングを捨てちまわなくて』

「貴方を呼び覚ましたのも、寄生されているのも私の心の弱さ……闇だと思うんです。
 ソレに対する戒めとして……残しておこうかな~なんて……」

正直な話、キャロはそこまで自分に厳しく捉えているのではない。逆に甘さ故の行動。単純に言えば『話をする相手』が欲しかったのだ。
近くの村まで子供の足で三日ほどかかる。その間は物言わぬ仔竜と森の中で過ごす。その先も知り合いも居ない見知らぬ土地で過ごすことになる。
今までも経験が無かったわけではない野宿や旅だが、それは帰る村が在ったからこそ耐えられたのだ。

「心の闇……そこまで解ってるなら気を抜くなよ。闇に食い殺されるか、闇を従えるか?
 油断してると乗っ取っちまうぜ、宿主さん?」

「はいっ! 精進します!!……あの~出来れば名前で読んで欲しいんですけど……」

「あん?」

『理解できない小娘だ』とバクラは内心で首をかしげる。
こちらの力の行使すら止めて見せる力在るにもかかわらず、孤独を紛らわす存在を極悪な盗賊に求めた。
闇の力を恐れながらも、それを真摯に見て理解し、従える心意気を持っている。

「キャ……」

言いかけてバクラは猛烈に恥ずかしい感情に襲われる。
全く馬鹿らしい時を過ごして来た精神には考えられない初心な一面。
断ろうかとも思うが、流石にずっと宿主と言うのも味気ない。
浮かんだのは憎き宿敵、『王様』が宿主を呼ぶときの言葉だった。

「……まあ、よろしく頼むぜ? 相棒!」

「相棒……なんかちょっと……」

「相棒は世間知らず丸出しだからな……オレ様が生きる術を教えてやるぜ。とりあえず『盗掘』からやっとくか?」

「やりません!!」

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最終更新:2008年01月30日 09:06