契り



川中島の戦いを終え、山に帰ってきた影母衣衆は新兵を集め調練に入っていた。今回の戦いで一番大きな収穫というのが忍びの繋がりであった。深山の忍び達は甲賀や伊賀とはまったく異質のものであり、ほかのお抱え忍び達とは出会うことがほとんどなかったのである。唯一、昔からの繋がりで真田忍者と少しの情報交換はしていた。今回の戦で武田忍者との繋がりができ必要ならば情報交換できるように取り付けるという信玄からのお墨付きをもらったのである。忍びの棟梁である楓はまだ若い。楓の父である厳朴がまだ存命であれば楓が棟梁となることもなかったであろう。厳朴は忍びであり、部隊をまとめる武将でもあった。そして戦の中で死んでいった。その頃、楓はまだ子供であったが現在も楓の片腕となって働く虎次が代理として務めていた。楓が二十歳になった頃棟梁になり現在に至っている。深山の忍びは世襲制であり、忍び達も楓の一族のみで構成されている。虎次は厳朴の弟であり、楓の叔父にあたるものである。
「虎次叔父、忍びの数をもっと増やそうと思いまするがどうでござりまするか?」
「現在、忍び40名われらの里の動きを考えると十分であろうと思うがの。」
「これより深山の一族ももっと外で働くことが多くなってくるのではないかと思うのでござりまする。それによってわたしらの仕事も増えるのではないかと。」
「そうでござるな。雲心様に一度相談なさるのがよろしいかと存ずるが。」
何度かの戦を経て影母衣衆もどんどん大きくなっていくそれに伴って戦場も増えていき忍びの働く場所も広くなっていく。
「忍びの数をのう。そちの一族で増やすことは可能なのか?」
「いえわたしら一族はもうほとんどのものが忍びでござりますゆえ外からのものとなりまする。」
「外からのものではのう。われらは外のものを信用できぬ。」
「そうでござりまするな。では前々から交流がある真田のものたちと交渉しては?」
「真田ならよいかもしれぬ。」
「ではそう進めてよろしいですか?」
「うむ。幸隆殿に書状を書いておこう。」
楓は新しく忍びの里を作りたいと考えていた。自分が子を宿し、その子も忍びとなるのであればわが子を棟梁とした別の忍び衆を。
「楓」
「あっ」
「風心様、今、お帰りでござりまするか。」
楓は一瞬目を合わせただけですぐに目を伏せなにか考えてるようなふりをした。
「そうじゃ。調練が終わった帰りじゃ。」
風心と楓は同じ24歳である。小さい頃から一緒に育ち子供の頃はよく遊んだ。楓も風心もお互いの気持ちには気づいている。しかし楓にとって風心は主人である。自分は忍びであり、あってはならぬことと心で決めてしまっている。風心はいつか楓が心を開いてくれるであろうと思いを抱えたままである。
「あ。そうそう。風心様近々真田のほうへ参ることになりまして。」
「ほう。なにようじゃ?」
「少し忍び衆を増やすのに幸隆様に相談に。」
「忍びを増やすのか。それは大変じゃな。」
たわいもない話を少しして二人は別れた。
翌日、風心が書状を持って現れた。
「風心様その格好は?」
「ん?おぬしと一緒に真田へ向かうのじゃ。」
「父上の代理で少し幸隆殿とも交流を深めるためにな。」
「そうでござりまするか。真田の里はそれほどまでに遠くはないので何日もかかりませんね。」
「そうじゃな。楓は支度できとるのか?すぐいくぞ。」
「はい。すぐに参ります。荷物をとってまいります。」
そして二人は深山を後にし真田への旅路にでたのである。
山を下り、川を越え、普通のものであれば途中で迷ってしまうような道であっても二人にとっては散歩しているようなものである。
あたりが暗くなってきた頃
「楓、今日はこの辺で休むとするか。」
「はい。では薪を拾ってまいります。」
「うむ。頼む。」
赤々と燃える焚き火で鍋に米やら野菜やらが煮立ってあたりにはいい匂いがたちこめている。
「そろそろできておるな。食べようぞ。」
「あ。わたくしが。」
「よいよい。久々に二人でこんな時間過ごせるのじゃ。子供のときのように気にするな。」
「はい。ありがとうござりまする。」
二人は昔話などしながら楽しい時間を過ごした。
「楓、一緒にならぬか。」
「え?なにをおっしゃいます。」
「わたくしは忍びでございます。風心様は仕える主人でございます。」
「実はの、父上は知っておる。わしらのことを。子供の頃からずっとみておるんじゃ。じゃからわしを今回真田に使わした。」
「え・・・」
「少し考える時間をくださいませ。」
「そうか。父上は好きにせいと言うた。後は楓の気持ちしだいか。」
「はい。わかり申した。少しだけお時間を。」
「うむ。そういうことじゃ。寝るとするか。」
風心は横になったかと思うとすぐいびきをかきだした。
楓は焚き火のゆらゆら揺れる炎を見つめながら夢のような心地であった。
翌日、真田幸隆の砥石城に到着した。
「雲心殿の倅と楓殿ではないか。」
「はっ。先ほどの戦ではお世話になり申した。こちらのほうを。」
風心は懐から雲心からの書状を出し幸隆に手渡した。
「うむ。忍びの同盟ですかな。よろしい。では又五郎がもうすぐ来るじゃろうから楓殿は話すがよい。」
「それとわたくしの婚礼のご挨拶をと。」
「そうか風心殿もやっと嫁を娶られるのか。してどこの女性じゃな?」
「この楓でござりまする。」
「なんと。楓殿か。いい器量持ちでよろしいの。」
「風心様そのお話は少しお時間をと・・・。」
「そうでござったかのう。はっはっはっ。」
楓はどうしていいかわからず困っていたのだがはっと顔をあげると。
「幸隆様なにぶん未熟な私どもでありまするがどうかご指導のほどを。」
「これはめでたい。めでたい。今日は宴席を用意させよう。」
小姓を呼びなにやら命じたようである。
その夜、真田の屋敷では盛大な宴会が行われた。
「風心様にしてやられましたわ。」
「こうでもせぬと楓は心を決めてはくれぬ。」
一番楽しそうなのは幸隆であった。楓は真田忍びの棟梁壺屋又五郎との話はまとまったらしく真田忍びとの連携をとる同盟を結んで深山に帰るのである。
最終更新:2008年09月19日 02:03