BANG! BANG! BANG!
三発の銃弾を曲芸のようにかわしたサンタナだったが、両手を失った影響か、着地の際に体はよろめき、バランスを失う。
すかさずマウンテン・ティムは距離を詰める。至近距離から首輪を狙おうと銃を構えるが、数歩進んだところで飛びのいた。
サンタナの右蹴りがティムを蹴り殺さんと横薙ぎで迫っていたのだ。大きく後ろに飛ぶと、再びサンタナの脚の届かない安全圏へと退避する。
互いに間合いを取った状況、息をつける僅かなこの瞬間。保安官はカサカサに乾いた唇を一舐めした。

戦いは均衡していた。戦況はどちらに大きく傾くでもなく、主導権をどちらが握るでもなく。
両手を失ってもサンタナは圧倒的であった。今まで以上に荒々しく、そして獰猛にティムの命を狙い、駆けまわる。
リーチを失ったのを運動量で補わんと、狭いスペースを存分に使い、ティムをあらゆる角度から攻めたてる。
ティムもただ攻撃を受け止め続けていたわけではない。柱の男より腕を奪ったロープ&ナイフ戦法、そして首輪を狙った射撃。
二つの戦術を軸に、彼は粘り強くサンタナの隙を伺っていた。カウンター一番、後ほんの少しというところまで何度も迫ったが、その後少しが遠い。

時間だけが淡々と過ぎていった。ティムがそれを実感したのは、微かに明るくなり始めた空と、見慣れない街並みに車両がさしかかったことからだ。
それは落胆すべきことではない。時間稼ぎが彼の仕事であるならば、充分以上の働きをティムはしている。
むしろ追い込まれ始めているのはサンタナのほう。時期に夜が明ければ彼らの天敵、太陽が顔を出す。
サンタナから逃げ切ることができた。そうなってしまえば、この勝負、人間たちの勝利だ。

「俺はお前に近づかない」

投げ縄の要領で、ロープを回転させるティム。ヒュンヒュンヒュン……と鳴く風切り音が耳に心地よい。
車両が起こす風を切り裂かんとばかりに、サンタナ目掛けて放たれた縄。怪物は身体を捻り、関節を外し、これを避ける。
そして人間には不可能な体勢から、あり得ないほどの跳躍力で宙より迫らんとする。
マウンテン・ティム、前転で相手の下に潜り込む。同時に首輪目掛け、天へと銃弾を放つ。狙いをろくすっぽ確認せずに放ったが牽制には充分だったようだ。
サンタナ、着地と同時に反転、ティムに接近する。引き戻したロープを構え、保安官の左手に構えたナイフが鈍く光を放った。
何度となく繰り返された交錯。サンタナの脚がティムの腕を狙う。
カウンターは無理だ、そう判断したマウンテン・ティムは、『オー! ロンサム・ミ―』を発動。身体を分解すると、相手の攻めをいなし、ゆるりと暴力の嵐をすり抜けた。
元通り、位置も変わらず、戦力を失ったわけでもない。繰り返す、何度も、何度も。ティムはこれを繰り返す。
もう少しの辛抱だ。夜明けが先か、噴上が仗助を見つけるのが先か。あるいは三人の男たちが何かしらの突破口を見つけるということもあり得るかもしれない。
勝利が近づいても決して気を抜いてはいけない。滝のように流れ落ちる汗をぬぐい、ティムはそれまで以上に神経を張り詰める。

呼吸を整えろ。武器を構え、神経を張り詰めろ。
全身でサンタナを感じるのだ。見るのではなく、観るんだ。聞くのでなく、聴くんだ。
夜明け前の薄暗さの中に立つ化け物へと視線を向ける。焦るべきは俺ではなく、ヤツのほうだ。無策無思考、人間であるならば、考えろ、マウンテン・ティム!

立ちすくむサンタナを前にロープを握り、銃のグリップへと手を伸ばす。
何もしない、この時ですら不気味さを感じる。表情のない化け物を相手取るのは予想以上に、彼の神経を消耗させていた。
そんな時だった。車両が街の街灯の脇をすり抜け、灯りがサンタナの横顔を、一瞬だけ照らした時だった。


(……笑っ―――!?)


奇術や魔術、波紋やスタンド、近代兵器に車という最新機器。恐るべきは柱の男たちの対応力。そしてあくなき好奇心と向上力。
欺き、欺かれる。騙し、騙される。そのたびに彼らはそこから何かしらを学び、取り込んでいく。
自分なりに咀嚼し、消化しきったものを、自ら実践するのだ。さながら柱の男たちの食事方法かのように。
サンタナは学んだ。ジョセフ・ジョースターの奇襲戦法、マウンテン・ティムの博打殺法。
そして人間の勇気! 人間のしぶとさと、弱さから生まれる、知力そのものを!

「これは……ッ!?」

マウンテン・ティムの集中力が裏目に出た。いや、サンタナが自身に注意を引かせるような動きをしていたからこそなのかもしれない。
切り落としたはずの腕は地面に落ちたのではなかった! 落とされる瞬間、車両にひっかけるようにサンタナがコントロールしていたのだ。
今、まさにティムの脚を喰らっているのは、彼が落としたと思っていた腕のうちの一本! そして、それはティムを喰らい、ダメージを与えるには充分すぎるほど!

マウンテン・ティムは知らなかった。切り落とした腕だろうが、爆破して木っ端みじんになった肉片だろうが、柱の男たちは肉体を再構築できることを。
マウンテン・ティムは知らなかった。時間を稼いでいたのは人間たちでなく、柱の男のほうだったのだ!

「……ッ」
『マウンテン……、ティム………………』

地獄の底からゾッとするような声が聞こえてきた。サンタナの深く、喜びに溢れた声に身体中の毛が恐怖で逆立った。
瞬間的にティムは無傷でこの場を切り抜けることを諦めた。腰に刺していたナイフを抜き、『オー! ロンサム・ミ―』を発動させる。
足を諦め、切り落とす。その判断は間違っていない。むしろ、この緊急事態にその素早く、勇敢な対応は称賛されるべきもの。
だがロープ上に逃げようとスタンド発動させた彼は、今までのように素早い身のこなしを奪われていた。
この対応もサンタナの計算内。再度切り落とされかけた腕はそれに抵抗するかのように『憎き肉片』でティムに食らいつく。
逃がしてはなるものか、そんな怨念が込められた一粒一粒がティムの動きを鈍くする。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

同時にサンタナ本体自身も動いていた。足を取られ、スタンドで逃げることも叶わない。保安官が遂に死神の手にかかってしまった。
体全身で喰らう、その特徴を最大限に生かした体当たり。足元から肉片が喰らい、本体は腕からティムを身体に取り込まんとしている。ティムの断末魔のような叫びが空気を震わす。何とか逃れんと彼は手にもつ武器を必死で振り回す。

現実はいつだって唐突に降りかかる。困難な選択肢は、時間制限があるからこそ、その難易度をさらに上昇させる。
ティムの脳裏に浮かんだ一つの天秤。取るべきはどちらか。自らの命か、仲間の命か。信じるはどちらか。現状からの一発逆転か、安全な妥協策か。
選択肢は二つだ。スタンドを何とか発動させ、身体の内無事な部分だけでもサンタナの捕食より逃れる。しかしこれは消極策だ。逃れたところでどうする、そんな難問が待ち構えているのだから。
もうひとつは、よりシンプル。今やサンタナと一体化したこの身体ごと……タンクローリーより身を投げる。こうすれば、仲間三人の安全は保証できる。犠牲になるのは、マウンテン・ティム一人のみ。
思考に時間を割く時間はほとんどない。躊躇っていてはその身、余すことなく喰らいつくされる。
保安官マウンテン・ティムとして、男マウンテン・ティムとして。
そして少年たちにその生きざまを見せるべき、大人として! 彼は選ぶ。彼の選択は…………!


「…………え?」


しかし彼が決断を下すまでもなかった。二人が一つに一体化した身体は誰に支えられるでもなく、タンクローリーの上に転がっているのみ。
いとも簡単に彼らは地に落ちる。足で蹴落とされたサンタナとティムの体は宙にふわりと浮かび、重力にひっぱられていく。
スローモーションのようにコマ切れで回る世界。地が迫り、車体が離れ、空が地面に、星が道路に。
回転する視界の中、マウンテン・ティムは確かに見た。タンクローリーの上で、こちらを見下ろす影と傍らに立つスタンド。

「……―――すまねェ、ティム」

ふわりと揺れる首元のスカーフ。この舞台で保安官が初めて会った青年の声が聞こえた。
同時に、大地に叩きつけられた衝撃が襲う。轟音とともに瞬く間に車体が遠ざかっていくのが見え……車は闇へと消えていった。









地面を転がる事、四、五回。大地に叩きつけられること、幾度となく。
慣性の法則にしたがっていた二人の一つの身体は、いつの間にか元の一人一人に別れていた。
流石のサンタナも時速数十キロの衝撃に耐えきれなかったのか。或いは唐突すぎる突き落としにさしずめ柱の男も動揺したのか。
もしかしたら百戦錬磨の保安官、マウンテン・ティムがスタンド能力を行使したのかもしれない。

結果から述べよう。サンタナとティムはそれぞれ自由を取り戻し、道路上数十メートルの距離をとって互いに倒れ伏している。
しかしながらその後の対応は実に対照的。サンタナは即座に起き上がると、辺りを見渡し、現状を分析する。
獣のごとく鋭い眼光は追撃者を伺い、芸術作品に匹敵する肉体はどこから襲いかかれようと対応できるよう臨戦体制。
一部の隙も見当たらない、今しがたタンクローリーから突き落とされたとはとても思えない、万全に近い状態だった。

一方、マウンテン・ティム。仰向けのまま、指一本動かさず、満点の空を眺め続けるのみ。
サンタナから離れることができたとはいえ、その体はつい先ほどまで捕食されていたのだ。
半身は火傷のように肉が爛れ、ぴかぴかに磨かれていたブーツは足ごとミンチのようにひきつぶされていた。
そんな状態でも、彼は笑っていた。痛みが全身に走り、身体も動かせない状況でマウンテン・ティムは笑った。自虐と自嘲、諦めと情けなさで彼は思わず笑みをこぼしてしまった。

幽霊のように、ゆらりと立ち上がる。足は震え、視界が歪む。少し離れた位置に立っていたサンタナがこちらを向いた。
今の自分の状態、この何の遮蔽物のない道路という状況。一瞬でかたはつく。柱の男対正義の味方保安官の戦いは、そろそろ最終ラウンドへ向かおうとしていた。
いや、最終ラウンドとは語弊があるな、そうティムは自嘲する。今からここで起こるのは、一方的嬲り殺し。虐殺だ。

ロープ&ナイフ作戦は無効だとヤツに身をもって知らされた。平地では切った先から、元の本体に融合されてしまうに違いない。
銃撃にしたって、あの狭い空間ですら首輪に直撃させることができなかったのだ。この道路という、横幅・立て幅・高さを存分に生かせる立体的空間で高速移動するサンタナの、さらにごく小さな首輪をピンポイントで打ち抜くなど、できるわけが、ない。
そして肉弾戦。これに至っては論じるまでもない。瞬時にヤツのごちそうとなるだけ。最初から抵抗しようというのが間違いだ。

車両という狭いスペースがあったからこそ、ここまでは対等までわたりあえていたのだ。
スタンドという未知なる力があったからこそ、のらりくらりとやり過ごせていたのだ。
種明かしが終われば、マジシャンは舞台を去らなければいけない。
誰よりも、一戦交えた彼だからこそわかってしまう、この現実。絶望的なまでの現状が導く結論は一つ。それは、彼の死だ。
ゆっくりと、だが確実にこちらを目指し歩きだしたサンタナを前にティムは、ただ立ちつくすことしか、できなかった。

揺れる視界の中で確かに大きくなるサンタナの影。一歩、また一歩、怪物は近づいてくる。
油断も隙もなく、ただ一心にマウンテン・ティムに死をもたらそうと、彼へと近づいていく死神。

ティムは笑う。クックックッ……と低く、茶化すように喉を震わし、笑う。食われかけた左頬が筋肉の痙攣を起こしたように突っ張り、痛みが走る。
それでもマウンテン・ティムは笑い続けた。自らの愚かさを嘲笑い、迫りくる死神を前に諦めの笑みを浮かべていた。

「やれやれ……」

噴上に突き落とされ迄もなく、彼はこうする予定だった。頼まれるでもなく、彼には自らを犠牲に三人を救う覚悟があった。
いや、ティムは頭を振るうと自らを否定する。醜い自分はこう囁いたはずだ。臆病な自分は悪魔の誘惑になびいたはずだ。
もしかしたら、三人が助けに来てくれるのではないか。もしやすると、スタンドを上手く使えば自分だけタンクローリーの上から脱出できたのではないか。
一瞬でも、一時でもそんな考えが浮かんでないと誓えるだろうか。合衆国旗を前に、正々堂々宣言できるだろうか。

(いいや、できない)

ふとすれば消し飛びそうな勇気をありったけ集めて、ティムは化け物の前に立ち続けた。それは一人の人間としては称賛されるべき、勇気ある行動だ。
だが、しかし! 保安官マウンテン・ティムであるならば! 彼自身が目指すべき男、という存在であるならば!
最後の最後、決断を迫られた時、迷わずタンクローリーの下に身を投げたはずだ。サンタナを道連れできる、そう思い嬉々として化け物と一緒に時速数十キロの地獄に飛び込んだはずだ。

そして、なにより! もしも、もうほんの少しだけ、ティムの判断が早ければ!
噴上裕也という少年に十字架を背負わせずに済んだはずだ。自分たちの命を優先するために、一人を切って捨てる。そんな辛い選択を少年に強いたのは、ティム自身の不甲斐なさゆえだ。
ティムは、噴上は間違っていないと思っている。彼は正しい選択をした。だが、それを迫った自分が情けない。まだ青さが残る少年に、辛い選択をさせてしまった自分に呆れかえるほどだ。

(これは、俺への天罰だ)

数メートルとまで二人の距離が詰まった時だろうか。サンタナが低く姿勢をとった。太ももが爆発的加速を前に、ミシミシと音を立てて筋肉を膨張させる。
どうせなら一思いにやって欲しい。いや、散々苦しんで、自分は死ぬべきだろう。こんな不甲斐ない、威厳もない、保安官失格のクソッたれにはそれが相応しい末路だろう。
ロープもナイフも、マシンガンも。全てを手放すと大きく腕を広げる。サンタナを受け止めるかのように、堂々と待ちかまえる。
貫くならば、心の臓を。へし折るならば、心の魂を。後は死を待つのみ。ティムは目をつぶると、最期の言葉を呟いた。



「ベッドの上で死ぬなんて期待してなかったさ。俺はカウボーイだからな…………」


その瞬間、サンタナが動いた。巻き起こった風が頬を打つ。砂と泥が舞い上がり、鼻を震わす土の香り。サンタナの脚が大地を蹴る音が聞こえた。




「そうかい、じゃあお前といるときはいつもベッドを担いでねェーとなァー!」
「!?」




耳を打ったのは自らの肉体が抉り飛ばされる音でも、喰らいつくされる音でもなかった。
少し斜めに構えた、捻くれ者の青年の声。拳と拳がぶつかり合う、鈍い打撃音。
ティムは信じられない思いで眼を開く。視界にうつったのはサンタナと渡り合う一つのスタンド像。
噴上裕也のスタンド、『ハイウェイ・スター』がティムを庇うようにそこにはいた! 柱の男を相手に一歩も引かず、激戦を繰り広げていた!

「おもしれェ、体そのものが消化器官だって? くいしん坊野郎が、かかってこいよ、オラ!」

見知らぬスタンド乱入に、当初は慎重だったサンタナ、次第に調子を上げて攻め立てる。そんな柱の男に負けまいと、ハイウェイ・スターも押し返す。
だが無情なまでに戦力差は大きかった。気持ちだけで勝利は得られない。圧倒的なまでに有利なのはサンタナ、ぶつかり合った先からスタンドの肉体を喰らい始める。
手を、腕を、足を、脚を。突きを、拳を、蹴りを、投げを。攻防一体の鎧は残酷なまでに少年に現実をつきつける。血が飛び、肉が飛び、骨を喰らわれる。

だが、それでも! 決して噴上裕也の気持ちが折れることはなかった!
スタンド勝負は精神の勝負。噴上裕也は砕けない。噴上裕也は砕けない!

「吸収対決といこうか、エエ?」

サンタナの両手首を抑え、ハイウェイ・スターがその能力を発揮する。肉体が喰らわれるのを意に介さず、サンタナのエネルギーを吸い上げる。自らの体に訪れた違和感に、柱の男の顔に驚きの色が走った。
肉体が喰らわれようと、ハイウェイ・スターは手を離さない。サンタナによる強烈なけりが腹を揺らそうと、脳天切り裂く頭突きを見舞われようと、決してその手を離さない。
血を流し、意識が飛びそうになるのをこらえながら、それでも青年は戦い続ける。かつて一人、タンクローリーの上で戦い続けた男かのように。気高く、孤高に、化け物相手に食らいつく。

「待たせたな、噴上ィイイイ―――――ッ! 俺が来た以上、ここから先は任せろォオオオオオ―――ッ!」

闇夜を切り裂く叫び声と同時に、ハイウェイ・スターが脇に飛びのいた。入れ替わりにティムの前に躍り出たのは軍服に身を包んだ一人の“兵器”。
ゲルマン魂の叡智の結晶、シュトロハイム大佐、ここに見参。サンタナへと飛びかかると、化け物相手に一歩も引かない力比べ。
手と手を合わせて、真正面からの力勝負。二人の足場が、力のあまり削れていくほどに。

「この時をまっていたぞ、サンタナァアアアア―――ッ! リベンジマッチ、貴様に吹き飛ばされた肉体が疼きよるわ―――――ッ!
 尤も、今となってはこの最高にして偉大なるドイツの科学力によってェエエエエエ、この俺の肉体はァアアアアア!
 貴様以上のものへと、大変身を果たしたのだァアアア! その力、とくと体に刻みこんでやるわァアアアアア―――――ッ!」

本日何度目だろうか、サンタナの目に驚愕が灯ったのは。削れた足場に沿うように、サンタナが押されていく。一歩、そしてまた一歩。
距離にすればほんの数センチずつなのかもしれない。しかし、サンタナからすれば予想もできないことだ。この柱の男が、人間から化け物扱いされていた生物が、人間相手に力負けをしている……ッ?!
その顔色の変化を読み取ったのだろう、ニヤリと笑みを浮かべるシュトロハイム。さらなる隠し玉、とっておきを彼は持っていた。
サンタナが気づいた時には既に遅し。シュトロハイムの右目が怪しく輝く。

「紫外線照射装置発動!」
「HUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――ッ!」
「ふはは、ゲルマンの叡智を思い知ったかッ わがドイツ軍の科学力は世界一ィイイイイイイ―――!」
「おい、シュトロハイムッ! さっさとどけ!」

顔を覆い、苦悶の叫びをあげるサンタナ。シュトロハイムはその場を逃れるように大きく飛び跳ねた。
その場を退くように指示を出した張本人はいつのまにであろうか、ティムの傍らに立っていた。
ティムに負けず劣らずの満身創痍。ボロボロの肉体に鞭打ち、彼はティムを抱きかかえるとシュトロハイムと同じようにサンタナから距離をとる。
噴上裕也、いつもの小奇麗な身なりはどこへやら。スタンドのフィードバックもあってだろう、身体中傷だらけの泥だらけ。
だがその眼は、だがその眼はだけは。いつも以上に光輝いていた。

「あとは頼んだぞ、康一ッ!」
「どいて、どいて―――ッ!」

悲鳴に近い声、重なるように聞こえるダイヤの摩擦音。
マウンテン・ティムは噴上裕也に支えられたまま、なんとか首だけを動かし声のほうを見る。すると、眼を疑いたくなるような光景が飛び込んできた。
広瀬康一がフロントガラスよりちょこんと顔を覗かし、タンクローリーを運転していたのだ。呆気にとられるティム。無免許運転だの、道路交通法違反なんぞそんなチャチなものでは断じてない。
なんとも奇妙で、滑稽な。時が時ならば笑ってしまいそうになる、そんなシュールな光景。しかし運転している本人は真剣そのものだ。それが一層、滑稽さを引きたてている。

凄まじい速度でタンクローリーが進んでいく。目指すは柱の男、サンタナだ。
サンタナへと向かい、一直線。脇目も振らず、どんどん速度を増し、化け物を引き殺さんばかりに迫っていく! タンクローリーが牙をむいて、死神へと襲いかかるッ!
だがッ!

「何だと!?」
「かわされたッ」

ティムの叫びと、噴上の怒号が重なり合う。よろけながらも、正気を取り戻したサンタナは紙一重のところで横っ跳び、タンクローリーをさけたのだ!
康一を乗せた車体は無情にも通り過ぎていく。ブレーキ―なしの暴走列車が、勢いそのまま駆け抜けていく。
最悪の状況だ、そう保安官は思った。噴上たちの計画は泡となって消えた。それどころか今や状況は悪化している。
危機的状況が二か所、それも同時に。化け物サンタナを殺す方法が消え、暴走列車に乗っているのは頼る相手を失った広瀬康一のみ。
一体どうするのだ。どちらから対処すべきだ。化け物か、康一の救助か。
判断しかねるティムは視線を傍らの青年へと向ける。すると、驚くべき事に青年は笑顔を浮かべていた。

「やれ、康一ッ!」

噴上の言葉と同時に聞こえたのは『キキィイイ……―――――ッ!』という甲高いブレーキ音。
そう、聞こえるはずのない、壊れたはずのブレーキ音が確かに聞こえたのだ。ティムは我が耳を疑い、我が目を疑う。それはサンタナも一緒だった。
通り抜けていったタンクローリーが帰ってきた! その巨大な車体をそびやかし、再びものすごい勢いでタンクローリーが、サンタナ目掛けてつっこんできた!

柱の男に迫られた選択。いや、それは選択ではなかった。サンタナは腰を落とし、手を広げると肺一杯に空気をため込む。
ティムは悟った。あの化け物、真正面から受け止める気だ。さきほどシュトロハイムに跳ね飛ばされたのとは違い、真っ向勝負で、タンクローリーとぶつかり合う気だ!
そして同時にこうも思った。あの化け物ならば、もしかしたら。あの脅威の肉体ならば下手すれば、タンクローリーでさえ。
はたして勝負はここに極めり。サンタナにぶつかる直前、康一が運転席から外へと飛び出す。
それを待ちかまえるように並走していたシュトロハイム、ナイスキャッチで彼を受け止める。そして一目散に、ティムと噴上の元へ。

スローモーション。
シュトロハイムが走る。その後ろでタンクローリーも走る。
シュトロハイムが駆ける。むんずり掴まれ、脇に抱えられた康一が喚き立てる。その背景でサンタナがタンクローリーの前で仁王立ち。
シュトロハイムが跳んだ。康一を庇うように、抱きかかえるように、数メートルの大ジャンプ。サンタナの背中の筋肉が盛り上がる。いざ、尋常にとタンクローリーとがっぷり組みあう。
その時、ティムの視界の端でちらつく物体が。サンタナの背後にふわりと浮かぶ、謎の物体が。
緑色の昆虫のような、蛹のような、不思議な生命体が宙に浮かんでいた。サンタナも気づいていない。それもそうだろう、今柱の男は車につきっきりだ。
するとその昆虫が尻尾をこねくり回し、まるで粘土細工を練り直すかのようなしぐさをとり始めた。時間にしてそれは数秒もかからなかっただろう。だが今のティムには全てがスローモーションのように見えた。

そして次の瞬間、彼ははっきりと見た。昆虫が作り出した『ボカァアアアアン』の文字を。そして、それをサンタナの背後から、ヤツの首輪へと放り投げた瞬間を。
そして―――――




腹の底に響くような大爆発。首輪の爆破はタンクローリーのガスに引火。辺りは一瞬で黒煙と熱風、そして耳が壊れるほどの音の嵐に包まれる。
暴風と熱風で眼が開けられない。凄まじい熱気、凄まじい轟音。
マウンテン・ティムは必死で墳上裕也につかまる。シュトロハイムと広瀬康一の叫び声が微かに聞こえた。
数秒の間、世界の終わりを迎えたかのような時が過ぎていく。やがて、舞い上がった砂埃が落ち始めたころ、ようやく視界が元に戻った。
ティムはゆっくりと目を開く。見ると、隣でシュトロハイムが頭から地面につっこんでいる。康一は無事なようだが、音と光に目を白黒させグロッキー。
そして何より、噴上裕也。なんとこんな状況でありなが彼は、身だしなみをただしていた。
いつもと同じように、何があるわけでもないのに不満げな表情で、スカーフをいじりながらポケットより手鏡を出す。
髪形を整えながら、誰に言うわけでもない不満を口にしていた噴上。横目でティムの意識がはっきりしていることに気づいた彼は、あたかも興味がないかのように、こう言った。

「生きてるか、ティム」
「……ああ、生きてるとも」

カウボーイハットをかぶり直す。すこし深めに被ったのは表情を見られたくなかったからだ。
尤も、顔中広がったニンマリ笑顔はどうやっても隠しきれないだろうがな、そうティムは思った。

情けない。自分は何も成し遂げられなかった。守るはずがいつの間にか、守られていた。
だが、それは喜ぶべき事でもあった。なんてことはない、どうやら彼は少年たち二人を甘く見ていたようだ。
逞しく、頼りがいのある少年たちだ。いや、もはや少年と呼ぶのが相応しくないほどだ。
彼らは男だ。一人前の男。マウンテン・ティムの窮地を救った、英雄(ヒーロー)たちだ。

「なぁ、ティム」
「なんだ?」
「その……本当にすまねェ」

予期せぬ謝罪に、マウンテン・ティムは目をパチクリさせる。
噴上は視線を逸らし、ぼそぼそと言葉を続けた。

「俺はあんたみたいな英雄(ヒーロー)にはなれなかった。俺はアンタが戦ってる時も助けに入ることはできなったし、作戦があったとはいえ、一時はアンタを切り捨てて一番の貧乏くじをひかせちまった」

本当にすまねェ、そう繰り返された謝罪の言葉。しかし、言葉の途中からマウンテン・ティムはそれを聞いていなかった。
全身に広がる安堵感。自分が許されたという開放感。職務を全うできた達成感。
全てが電流のように彼の中を駆け巡り、感情を揺さぶっていく。
どうすることもできず、何を言うわけにもいかず。最後に彼がひねり出したのは笑い声だった。
腹を抱え、傷だらけの身体を捻りまわし笑う。最初は突っかかるように噛みついていた噴上だったが、その内つられるように笑い始める。

パチパチと火花を散らし、タンクローリーの破片と思しきものが音を立てる。
静寂の中でやけに響く火の音を聞きながら、ティムと噴上はいつまでも、いつまでも笑い続けていた。










「おい、なんなんだよ、これ……」

ドサリ、と腰が抜けたように仗助はその場に崩れ落ちた。膝を地面に落とし、目の前の光景を呆然と見つめる。
噴上は笑いながら仗助の元へと駆けよっていく。彼の後ろに見えるのは三人の男たち。いずれも満身創痍、傷だらけのボロボロだ。
大げさで仰々しいとわかっていながらも噴上はあえて舞台の一コマかのように、手を広げ声を張り上げた。

「なんなんだって? これが一体なんなのかわからないっていうのかよ、仗助よォ?」

表情を変え、噴上は自戒を込めたさびしそうな笑顔を浮かべた。
助け起こすように差し出した手をぼんやり見つめたまま動かない仗助。そんな彼を見て、噴上はその手をひっこめた。
その代り、彼と同じ目線まで姿勢を低くすると、強い目つきで彼の瞳を覗きこむ。

「英雄ごっこはお終いだ、ってことさ」

両肩に手を置き、一言一言語りかけるように。仗助の瞳が揺れる。彼は焦点の薄れた眼で噴上を見あげると、かすれた声で問いかけた。

「俺は、また……間に合わなかったのか?」
「いいや、間にあったぜ。その証拠に、ここには誰一人、死んだ奴はいねェからな」

呆然としたままの東方仗助。瞬きを何度か繰り返した後に、彼は俯くと、それっきり黙りこんでしまった。
噴上は下唇をかむと、次の言葉を探し、しばらくの間黙りこんだ。
言うべき言葉が見当たらない。どんな言葉をかければいいのか、わからない。それでも彼は口を開いた。

「仗助、お前は今泣いていいんだ。言っただろ、英雄ごっこはお終いだって」

いつの間にか彼の仲間が傍らに並んでいた。一番重症のマウンテン・ティムはシュトロハイムに肩を担がれ、足を引きずるようにして近づいてきた。
仗助の心許せる友、広瀬康一はすぐそばに腰かけると、背中に手を回し、彼を落ち着かせるように優しく撫でる。
噴上がもう一度口を開いた。その声は優しかった。

「何でもかんでも一人で抱え込むことねェよ。そりゃ俺たち、そんなに仲良しじゃねェってのはわかってる。
 気が合う友達、気が許せる仲間っていうのもなんか違う気がする。
 それでもよ、俺たちは英雄(ヒーロー)じゃねェんだから。
 誰でも彼でも救えるようなスーパーマンじゃねェから。苦しいし、キツイし、やっぱずるしたくなっちまうんだよ、俺たちは」

語りの最中、仗助の眼から大粒の涙がこぼれおちる。康一はポケットからハンカチを取り出すと、黙ってそれを手渡してやった。

「だからさ、力を合わせようぜ。辛さは分け合おうぜ。
 俺も一人じゃなんもできなかっただろうさ。逃げて、逃げて、逃げ回ってたにきまってる。
 逃げたっていいじゃねーか。泣いたっていいじゃねーか。
 今はそう言えるぜ。なんせ逃げても帰ってくる場所を守ってくれる男たちがいる。泣いても励ましてくれる友達がいる」

抑えきれない涙声が、仗助の口からあふれ出る。拭っても拭っても、滴り落ちる涙の数々。
四人はそんな仗助を優しく見つめる。二人の男は少年の成長と挫折を前に凛々しい面構えで。二人の少年は友の嘆きと苦しみを和らげようと慈愛に溢れた表情で。


「泣け、泣いちまえ。それで、落ち着いたら……億泰の墓を立ててやろう、な?」


ハッピーエンドじゃ終われない。
全ての物語が笑顔で終演を迎えられるとは限らない。

堪え切れなくなった仗助は、人目もはばからず大声を出し、泣きじゃくる。康一は傍らに座り、仗助を優しく抱いた。彼の目にも涙が浮かんでいた。

空は漆黒の闇から、ほの暗い暁の紺へと色を変えていた。
五人の頭上、遥か天高くより、いくつもの星が堕ちていく。
友の死を弔うかのよに、一際輝いた大きな星は、やがてその輝きを失い、闇へと消えていった。






                    ◆




【サンタナ 死亡】

【残り 92人】







【C-5 北西 コルソ通り/一日目 早朝(放送前)】

【チーム名:HEROES】

【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → 『エコーズ act2』
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(小)、精神ダメージ(小)、膝上より右足切断
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
0.仗助が落ち着いた後、億泰を埋葬してやる。その後、治療と情報交換。
1.各施設を回り、協力者を集める。

【ルドル・フォン・シュトロハイム】
[スタンド]:なし
[時間軸]:JOJOとカーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:大量消耗(小)、全身ダメージ(小)
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:基本支給品、ドルドのライフル(5/5、予備弾薬20発)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊。
0.仗助が落ち着いた後、億泰を埋葬してやる。その後、治療と情報交換。
1.各施設を回り、協力者を集める。

【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:ブラックモアに『上』に立たれた直後
[状態]:左半身喰われかけ、左脇腹消失、右足ミンチ、右腿消失、全身ダメージ(大)、体力消耗(大)
[装備]:ポコロコの投げ縄、ローパーのチェーンソー、琢馬の投げナイフ×2本、トンプソン機関銃(残弾数 90%)
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
0.仗助が落ち着いた後、億泰を埋葬してやる。その後、治療と情報交換。
1.各施設を回り、協力者を集める。

【噴上裕也】
[スタンド]:『ハイウェイ・スター』
[時間軸]:四部終了後
[状態]:両手ダメージ(大)、全身ダメージ(中)、体力消耗(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて杜王町に帰るため、打倒主催を目指す。
0.仗助が落ち着いた後、億泰を埋葬してやる。その後、治療と情報交換。
1.各施設を回り、協力者を集める。

【東方仗助】
[時間軸]:JC47巻、第4部終了後
[スタンド]: 『クレイジー・ダイヤモンド』
[状態]:左前腕貫通傷、深い悲しみ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ナイフ一本、不明支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気はない。このゲームをぶっ潰す!
0.落ち着いた後、億泰を埋葬してやる。その後、治療と情報交換。
1.各施設を回り、協力者を集める。
2.リンゴォの今後に期待。
3.承太郎さんと……身内? の二人が死んだ、のか?



【備考】
タンクローリーの移動経路:F-5→G-6→G-7→F-7 / (ここまで前SS)コロッセオの左を通って E-6→E-5→D-5→C-5
仗助の北上ルートは以下の通りです:D-4→D-5→C-5→B-5
タンクローリーが爆発した音が響きました。もしかしたら他の参加者に聞こえたかもしれませんし、聞こえなかったかもしれません。
C-5北西のコルソ通りで火の手が上がっています。今は鎮火していますが、もしかしたら誰か見てたかもしれません。
タンクローリーは完全に爆破しました。破片や瓦礫、残りかすがそこら辺に転がっています。
億泰の死体はクレイジー・ダイヤモンドによって綺麗にされ、仗助に運ばれて、B-5の民家に安置されています。
サンタナの参戦時期はジョセフと一緒に井戸に落ちた瞬間でした。




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前話 登場キャラクター 次話
080:披露 ルドル・フォン・シュトロハイム 106:男たちの挽歌
037:GO,HEROES! GO! サンタナ GAME OVER
047:憤怒 東方仗助 106:男たちの挽歌
080:披露 広瀬康一 106:男たちの挽歌
080:披露 噴上裕也 106:男たちの挽歌
080:披露 マウンテン・ティム 106:男たちの挽歌

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最終更新:2012年12月09日 02:25