―――C-5、北東部。
スペイン階段にトリトーネの泉と、奇妙な会場の中において比較的ローマの面影が残っているこの一帯を歩く人影があった。
人影はかなり大柄な男性のものであり、周囲を確認しつつ緩やかに歩を進めているだけだったが、その屈強な肉体と裸に近い珍妙な格好は一目見たら忘れ難いものであった。
この男の名はカーズ。
『柱の男』と呼ばれる存在の一人で、彼らの中でも特に高い知能を持つ男である。

「人間どもの気配が感じられん……われらを恐れて一斉に逃げ出したか、あるいはこの殺し合いとやらの影響か……」

周囲を確認しているとはいっても、カーズは敵を警戒しているというわけではない―――正確にいえば最小限の警戒しか行っていない。
柱の男は不老不死であり、さらに宿敵である波紋の一族は二千年前にすでに自分達の手で滅ぼした。
加えて先程の『異形』―――生物兵器『バオー』との戦闘も、多少驚きはしたが苦戦といえるような場面は何一つ無かった。
そのため、好敵手となるような存在がいるならば、むしろ見てみたいというほどの興味と自信があったのである。
ではなぜカーズは辺りを見ながらゆっくりと進んでいるのか、それは主に二つの『目的』のためであった。
その一つとして、似合わない表現であるが彼は街を『見学』していたのである。

なぜならば、彼はまだ眠りから目覚めたばかりなのだから。

―――殺し合いが始まる直前、カーズは一足先に目覚めていたワムウの声を聞き、遺跡の壁から全身を外に出した瞬間にどことも知れないホールへと移動させられていた。
周囲を見渡すと共に眠りについていたエシディシとワムウも同じようにその場におり、さらに西の果ての大陸においてきたはずの最後の一人の姿も確認できた。
そして殺し合いの宣言がなされ、カーズは『地上』のどこかへと飛ばされることになる。
だが彼は現在、積極的に殺し合いに参加する気はまるでなかった。

「このカーズにとっては殺し合いなどどうでもよいことよ。優勝者には望む物を与えるなどとほざいていたが、たかが人間にわれわれの望みは到底かなえられまい」

最初に戦った『異形』はともかく、一緒にいた人間は何もできない単なる虫けらだった。
さらに『異形』も妙な力を持ってはいたが欠点だらけの弱い存在、わざわざ殺す気にもならなかった。
優勝商品にしても主催者が人間の時点で興味はない。
しいていうなら『エイジャの赤石』の在り処について知りたくはあるが、そんなことならわざわざ優勝するまでもなく、ほかの人間から聞き出せばよいことである。
となれば、『殺し合い』などという結果が見えている児戯に付き合う理由はなく、人間世界の変化ぶりをその目で見て確認することの方が重要と考えたのだった。

……ただ、唯一懸念すべきだったのは『首輪』の存在。
最初に実演されたような爆発で自分達が死ぬとは到底思えなかったが、それは首輪の機能が『爆発』だけに限られる場合である。
眠っている間に人間がどのような『発明』をしたかわからない以上、迂闊に外してしまうのは危険であるとカーズの本能が警鐘を鳴らしていた。
だからこそ、最初に見かけた二人の男を襲い、首輪を解析するためのサンプルを手に入れることにしたのだった。

「とはいえ、この首輪の他にもわれらを一瞬で移動させた方法など、わからぬことはあるが……まあ、考えるのは後でもよかろう」

後数時間もしないうちに太陽が昇ることは理解しているが、既にカーズは地面に手を付くことで温度差を読み取り、地下空間の存在を認識していた。
加えて地面は土だろうが石だろうが簡単に穴を開けることができ、地下まで到達するのはたやすいこと。
同じく地下に潜るか、建造物にでも身を隠すだろう仲間達との合流や首輪の解析などは太陽が昇ってからでも遅くはない。
ならばその前に地上の様子をできるだけ調べておき、あわよくば首輪のサンプルを集めておいた方がよいと考えたのだ。

「眠っている間に人間がどれほど進化したか……こうして見る限りでは二千年前から相当変化している…………が」

本来あるべきものがなく、代わりにないはずのものが存在する歪な会場。
とはいえ、そのことを知らないカーズは特に違和感を感じることも無く、何もかもが新鮮な人間世界の様子を調べていく。


―――道。
戦闘を行った場所の近くでは昔と同じく草に覆われていたり地面がむき出しになっているところがほとんどだったが、しばらく歩くと地面の様子が明らかに変わった。
石や砂利を固めて作られたと思われる、他よりは少しだけ頑丈な道。
ちなみに、本来道にあるべき自動車が一台も無いためやけに広く感じられ、それがカーズにとっては滑稽に思えていた。

「道をここまで頑丈にする必要性が感じられん。人間は一体何を考えているのか……
 大体この道の広さはなんだ? 人間はそんなに数を増やしていたというのか……?」

もちろん、カーズにとって道の材質や広さなどどうでもよいこと。
深く考える必要もないと判断し、さっさと進む。


―――街灯。
道のいたるところに並んでいる、光を発する金属の柱。
そのうち一本に近づき中を調べてみると、見たこともない機械と配線が詰まっていた。

「くだらん……夜間に活動するわれらへの対策かとも思ったが、このつくられた光は『太陽』と違いわれらの身体になんら影響を与えることは無い。
 闇夜の明かりとして火を焚く仕組みを置き換えただけの、貧弱な発明よ」

本来闇に生きる『柱の男』にとって明かりにしかならない光など、毒にも薬にもならない。
中の機械にも興味を示すことなく、カーズはさらに進む。


―――建造物。
一軒一軒色や形が違ってはいるが、ほとんどは石や木、砂利などで出来ている家屋。
中を覗き込んでみても生物の姿は無く、眠りにつく前には見られなかった道具が数多く存在している。
カーズは適当な建物の壁に触れて温度や強度を確かめると、入り口から中へと入っていった。

「壁の強度は話にならん。それに、武器といえそうな物も見当たらぬ。われらの眠っていた地のすぐ上にもかかわらず、こんな粗末な備えとはな……
 最も、本気でわれらに対抗するつもりならば、そのような武器をこんなところに隠しておくはずも無いが」

家の中を一通り見て回り、家具や美術品を眺め、戸棚を開けて中を確認する。
用途不明の道具については自身の持つ高度な知能を活用し、その素材や内部構造、置いてある場所から使用方法を割り出していった。

「フン……見てくれだけは二千年前からずいぶん変化しているが、本質的な部分は結局何一つ変わっておらんではないか。
 かと思えばあのような蟲を発明していたりと、まったく人間は妙な方向に進化したものよ……
 もっとも、その発明もこのカーズには到底及ばぬものであったが」

建物の中を大方調べ終わったところでカーズは呆れたようにつぶやく。
家を作って雨風を防ぎ、動植物を蓄えて食料とし、夜間は明かりをともす……
彼からしてみれば使う道具が変わっただけで、現代の生活空間も原始人の生活と大差なかった。
……ただ、これは電話などカーズの知らない『機械』が使用不能の状態になっており、用途が理解できなかったという理由もあるのだが。

なおも家の中の捜索を続けるカーズの目に留まったのは洋服ダンス。
開けてみるとコートやズボン、帽子など一通りの衣服が揃っていた。

「服か……まあ、ちょうどよかろう」

カーズはしばし考えると、先程切断されたターバンの代わりに適当な布を巻いて触角を隠すとその上から帽子をかぶり、続いて服を身に着けていく。
彼にオシャレなどという概念はないためサイズがどうにか合う服を適当に着ると、輝彩滑刀を出したときに切断してしまわないよう袖をまくる。
最後にブーツを履き、カーズの『着替え』は完了した。

「……フム、こんなものか。これで『人間』に見えるはずだ」

着替え終わった姿を鏡で確認し、カーズはニヤリと笑う。
その姿はかなり大柄でどこか妙な点はあるものの、確かに外から見た限り『人間』とほぼ同じだった。

柱の男は体の構成からして人間とは異なる。少なくとも地球上の気候による寒暖の差はほとんど影響しないし、昆虫などの外敵から皮膚を守る必要もない。
場合によっては形式的なものとして装束を身につけることもあるが、普段は衣服などむしろ邪魔な存在といっても過言ではない。
だが、カーズ個人にしてみれば衣服には利用価値があった。
普通、生物というものは自分と同じ姿をしているものには警戒が緩むものである。
そして、目覚めてからこれまで目にしてきた人間達の格好からして、その『外見』は二千年前からたいして変わっていない。
つまり、衣服を身に纏うことによって人間に『化ける』ことが出来るというわけだ。

(これで人間どもから『エイジャの赤石』の行方について聞き出しやすくなるというものだ……
 それに相手が油断して背中でも向けてくれれば労せず勝利し、首輪を手に入れることができるだろう。
 無論、まともに戦って負ける気など微塵もないが、できるだけ汗をかかずに勝てるならそれに越したことはなかろうよ……
 どんな手を使おうが、最終的に勝てばよかろうなのだ)

柱の男、カーズ。
彼は『目的』を達成するのに手段を選ばない性格である。
石仮面などの人知を超えた道具を作り出し、赤石を使った応用を思いつく柔軟な思考を持つ一方、戦いにおいては『美学』を持たないリアリストなのであった。

「そろそろ日が昇る時刻か……『放送』とやらももうすぐだな……」

窓から外を見ると、うっすらと空が明るくなり始めていた。
時間切れだ、と判断したカーズは床に穴を開け、地下のトンネルへと潜っていく……


―――と思いきや、カーズは一度家の外に出ると、唐突にある一点へと視線を向けて口を開いた。

「さて、聞こえているかどうかは知らんがこのカーズはこれから地下へと潜る。
 虫けらをわざわざ殺してまわる気はないが、きさまがいつまでも姿を見せずにこちらを見続けているのは不愉快だ。
 これ以上付きまとう気ならば、先程の人間と同じ運命を辿ることになると覚えておくがよい」

(―――!!)

カーズの言葉に答える者はいない。
だが見つめていた先……カーズの位置からは死角であるはずの、人が隠れられるはずもないわずかな隙間には微かに動くもの―――手足の生えたトランプが『いた』。

これがカーズのもう一つの『目的』である。
自分を監視する小さな『紙』のような存在が現れたことに、カーズは『異形』との戦闘中―――すなわち『紙』が最初に現れた時点でとっくに気がついていた。
始めは妙な生き物としか思っていなかったが、戦いの後付かず離れずで正確に自分を追って来る動作からまぎれもなく人為的なものだと理解できた。
そして首輪がついていないことから主催者側が監視を行っているのかとも考えたが、それならばスタート直後に監視の目がなかったのは不自然。
他の人間の姿が見えない以上、原理はわからないが会場にいる『参加者』の仕業ということになる。
こうして人間でも追いつけるほどゆっくり移動し、人気のない場所に来てみれば何らかの形で接触してくると思っていたのだが、そんな様子は全くない。
そうなると、自分に害を与える存在ではなくとも、虫けらがしつこく周りを飛びまわっているというのはあまりいい気分ではなかった。
ゆえにカーズは『警告』を行ったのである。

「………………」

(やはり無視するか……まあよい、あくまでも付きまとうのならば『始末』すればよいこと。
 実力差も見抜けず、言葉にされても分からぬ愚か者ならば生きている価値もなかろうよ……)

トランプは何も答えない。
カーズも元より、このような手段をとる相手が素直に答えを返すなどとは思っていない。
大して待つこともせず、さっさときびすを返すと今度こそ穴の中へと消えていった。


こうして、傍から見れば単なる空き巣まがいに過ぎない事を行い、カーズは去っていった。
強大な力を持ち、野望も大きい割にやっていることは小さいなどと言ってはいけない。
われわれは知っているはずである。
実際に小細工を弄し、積み重ねることによってサンタナを、エシディシを、ワムウを、そして他ならぬカーズを打ち破った男がいることを。
小さな伏線が何につながるかわからない―――それが『バトル・ロワイアル』なのだから……



【C-5 北東部 / 1日目 早朝】


【カーズ】
[能力]:『光の流法』
[時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後
[状態]:健康
[装備]:服一式
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品2~4、首輪(億泰)
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。
1.柱の男と合流。
2.首輪を集めて解析。
3.エイジャの赤石の行方について調べる。

※地下のトンネル内に潜りました。この後どこへ向かうかは次の書き手さんにおまかせします。
※『オール・アロング・ウォッチタワー』の監視に気がついていました。
  監視を煩わしく思っていますが、相手がこれ以上付いてこないならわざわざ始末する気はありません。


[備考]
  • カーズの現在の格好はJC9巻で犬を助けたときのものとほぼ同じです。



投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
069:手――(ザ・ハンド) カーズ 106:男たちの挽歌

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年11月29日 23:41