「うっ……うっ…… どうして、あの人が…… うっ……ううう……」

 ファニー・ヴァレンタイン第23代アメリカ合衆国大統領は、ジョニィ・ジョースターの手でこの世界から消えた。
 わたしはその瞬間を、この目で見届けた。
 レースは終盤となり、あとはわたしが大統領によって呼び出された、別の世界のディエゴ・ブランドーと決着をつけるだけだった。
 覚悟と共に抱えていたはずの彼の生首。
 あと少しで取り戻せた、夫婦の平穏な時間。

「なのに………どうして、あの人が………うっ……うぅ……」


 トリニティ教会でディエゴ・ブランドーを早朝から待ち受けていたルーシー・スティールが気がつくと、そこは見知らぬ場所だった。
 明るく照らされたステージ。その中央に立っていた人物。
 響きわたった愛おしい人の声。
 たくさんの人が溢れかえり、蠢いていたホール。
 三つの爆発音。
 花火かなにかのように飛び散った血肉。
 絶叫。怒号。
 あの人は、わたしのことを見ようともしなかった……。

「どうして………」

 ただ無惨な殺し合いを面白がるような人では決してなかった。
 スティール・ボール・ラン・レースは確かに死傷者をたくさん出した。
 レースの選手だけじゃない。たくさんの人が亡くなった。
 わたしを庇ってくれたマウンテン・ティムも、H・Pも……。
 けれどそれはあの人が望んだことじゃなかった。
 夢見る少年のようだったあの人を利用したのは、アメリカ合衆国大統領ファニー・ヴァレンタイン。

(あの人がただの殺し合いを望むなんて、絶対に、ありえない……)

 最愛の夫のため。
 ただそれだけのため、恐怖に耐え、無力さに涙しながら、少女は戦い続けてきた。
 彼女の心を支えていたものは、夫への愛情。
 報われる直前に訪れたそれは、他ならぬ夫の裏切り。気丈な少女の心を折るに足る悲劇だった。


「君……」

「うっ……うぅ……しくしくしく……」

「君ッ!! 後ろだ!!」




 どこからか男の声が聞こえ、『気のせい』かとなんとなく無視した瞬間に再び向けられた張りつめた声色。
 自分が泣きながら、わき目もふらずに歩き続けていたことにようやく思い至り、振り返る。

 『それ』は飛ぶように駆けてきていた。
 例えるなら、夜行性の真っ黒な獣。
 ルーシーのように混乱した少女でなくても、正しく認識できるものは少ないだろう。
 生い茂った樹木が作り出した深い闇は、彼ら『屍生人』の独擅場なのだから。


「お前もか……お前も……、夜遅くまで遊んでいる、堕落した女かァーッ!!」

「ひっ…」

 半歩後ずさることにどれほど意味があるだろう。
 悲鳴をあげるヒマもない。一瞬だった。
 拡大した闇と闇の境界線。
 人のかたちをした、すでに人ではない者の濁った双眸。
 三日月のように裂けた口から牙ともつかない鋭利な物がのぞき……


「きゃ………        !?」


「シ……、あまり大きな声を出さないでくれ」


 口元に当てられていたのは、無骨な『人間』の手だった。
 羽交い締めにされ、口元を押さえられている。
 ボダボダボダっと、重量のあるものが地面に落ちる音が聞こえ、それきり物音が途絶えた。
 吐き気を催すような腐臭だけがプンと漂ってくる。

(誰………?)
(他に敵がいないことを確認したら、この手を離してやるから、もう少し待ってくれ)

 目線を上げると、白い顎の線が、ついで、揺れる黒髪の先端が見えた。
 自分の心臓の鼓動がやけに大きく鳴り響いているような気がする。

(男の人…、よね…)

 背中に当たっている胸の硬さ、骨張った手や腕の感じ。
 男の手の冷たさが、急に火照った頬に気持ちよく、少しずつ気分が落ち着いてくるのを感じていた。

「………もう、いいだろう
 すまなかったな、突然羽交い締めにしたりして」
「いいえ……、あの、助けてくれたんですよね」

 チラリと地面を一瞥した男の視線を追い、ルーシーは後悔した。
 驚愕の表情を残したまま絶命した、人間崩れの化け物。
 その『奇妙』な切断面。

「ああ、もっと早く気付けば良かったんだろうが、
 俺が君に気付いたときには、すぐそばまで迫っていた。怪我はないか?」
「大丈夫です。ありがとう……」

 どうやってその化け物を殺したの? とは、おぞましくて、聞けなかった。
 ジョニィ・ジョースターや、大統領の持っていた『スタンド』による力の行使なのではないかと、なんとなく察しがついたけれど。




「俺はブローノ・ブチャラティだ。君は?」
「わたしは、ルーシー…………」
「?」
「……ルーシーです」

 『ルーシー・スティール』とは、名乗れなかった。

「君も、この『ゲーム』に巻き込まれたのか?」
「『ゲーム』………」



    『このホールにいる君たち全員、今から参加者としてゲームボードに立ってもらい思う存分、殺し合ってもらうッ』



「うっ………、ううう………」

 少年のように純粋で夢見がちなスティーブン・スティール。
 わたしの前だけでは弱さをさらけ出していたスティーブン・スティール。
 何人いたかもわからないほど、たくさんの人に殺し合いを強要して、3人の男性を殺したスティーブン・スティール。
 ………わたしの夫。

 この人が助けてくれなければ、わたしも殺されていた。
 本当に、殺し合わなければ、死んでしまうの…?

「うう……ああ………」
「参ったな……、少し落ち着けるところで話をしようか」

 肩を押され歩き出す。
 バラバラになった死体が見えないように、青年は気を使ってくれた。
 それが、優しかった夫の思い出に重なり、ルーシー・スティールは、泣いた。




【ジャック・ザ・リパー 死亡】

【残り 147人】




【F-2 ジャニコロの丘/1日目 深夜】

【ブローノ・ブチャラティ】
[スタンド]:『スティッキィ・フィンガーズ』
[時間軸]:サルディニア島でボスのデスマスクを確認した後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、不明支給品1~2(未確認)、ジャック・ザ・リパーの不明支給品1~2(未確認)
[思考・状況] 基本行動方針:主催者を倒し、ゲームから脱出する
1.落ち着ける場所でルーシーと現状の確認と情報交換。
2.ジョルノが、なぜ、どうやって…?
3.出来れば自分の知り合いと、そうでなければ信用できる人物と知り合いたい。



【ルーシー・スティール】
[時間軸]:SBRレースゴール地点のトリニティ教会でディエゴを待っていたところ
[状態]:健康・混乱
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
1.うう…ううぅ…(現状が信じられない)

【備考】
ジャック・ザ・リパーの参戦時期はジョナサン一行襲撃前でした





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最終更新:2012年12月29日 18:18